61話「レベルとスキルの正体」
「なにがわかったんだ?」
リオが遺跡からの帰りに聞いてきた。
「レベルとスキルさ」
「あの魔王の句がレベルとスキルについて書いているっていうのかい?」
ロサリオも聞いたことがない説らしい。
「御身は身体だろ? 御業は技術。レベルが上がって、リオは脱皮したし、ロサリオは筋肉質になった。俺だって変わったけど種族的にそれほど変わらない。ただ、全員腹が減っていたよな」
「確かに」
「身体の変化に食事で対応していたんだ。レベルが上がると身体が変化する。筋肉量は骨格に比例する。行きつく先を考えると巨人だ」
「スキルは?」
「技術って本来、長い年月をかけて磨いていくようなものだろう? でも、スキルポイントを使えばあっさりと手に入れられてしまう。努力を否定しているようなものだ。こんなもの神や精霊が与えるか? 悪魔の仕業だよ」
「だから、身につけた御業か……」
「そう考えると、魔王が奈落に行って帰ってきた時に尻尾が生えていたというのは、巨人の力によって体を作り変えたということか?」
ロサリオは魔王の石像を思い出しているのかもしれない。
「ああ、そうかもしれないな」
「じゃあ、レベルを上げるっていうのは……、身体を作り変えるってことか?」
「前の世界ではボディメイクという考え方があった。均整の取れた体を手に入れようとする運動のことだけれど、魔物だと本当に姿かたちを変えられたり、鰓呼吸ができたり、角が生えたりできるんじゃないか?」
「それはドラゴン族だけなんじゃ……」
ロサリオがリオを見たが、本人は考え事をしていた。
「大丈夫か?」
「いや、全然大丈夫じゃない。故郷のレベルが高いドラゴンについて思い出していたんだ。言われてみると、高レベルの爺さんたちは、巨体だった。中年期に自分の武器を見つけ身体を作り変えることがある。正直、今俺のレベルが中年ドラゴンと同じくらいだと考えると……」
「そろそろ身体を作り変えないとレベルが伸びないってことか?」
「レベル30からの伸びが悪いというのは、身体の変化率に起因しているのかもな」
正直、角が生えたり尻尾を生やしてでもレベルを上げるかと問われると、ちょっと待ってくれと言いたくはなる。
「スキルは何を取ればいいんだ? なるべく悪魔の手助けを借りない方がいいんじゃないか?」
「ええ!? そんなことできるかい?」
ロサリオはスキルを取らないという選択肢はないだろう。楽器職人で演奏家だ。単純に身につけたスキルが技術を上げるガイドラインにもなる。
「だから、魔王はあの句を詠んだんじゃないか。変化した身体を呪わないこと、身につけたスキルに後悔するな、と。変化した身体も、悪魔の手を借りて身につけたスキルも全部自分だ。自分を肯定しろっていうポジティブな句だ」
「なるほど……。でも、これから意識して自分の身体を作り変えようとしたり、スキルを取らないといけなくなったな」
「確かに、自分が目指すべきレベルやスキルをどうやって決めればいいんだろうね」
「最適解を考えると、時代とともに変わるだろう? 戦争が起きている時代と文化が成熟して言っている時代とでは、食べているものも違うし、取るべきスキルも違う」
「時代か……」
「時代の最適解を目指すのか?」
「単純に魔王が奈落から帰ってきて、各地の文化を保護した理由を考えるとそこにこそヒントがあるような気がする。これは、よく考えた方がいいな。狩りや戦いにおいて、俺たちは身体とスキルだけで仕留めているのかどうか、戦闘が生涯にとってどれくらいの割合を持つのか」
「そうか。そうだよな! 戦いに特化した生活をしているのはこの旅だけか」
「生涯なんてタイムスケジュールで自分を考えたことないよ!」
俺も今生は少し考えないといけない。うっかり死んでいる場合じゃない。世話になったアラクネさんだけは幸せにしないとやりきれないだろう。
「朝の見回りは終わったかい?」
クイネさんが宿舎で待っていてくれた。料理を作ってくれていたようだ。
「おいおい、そんなぼーっとして大丈夫か? これからが訓練だぞ」
一回りしてきたアラクネ隊長は元気だ。
「ああ、訓練は大丈夫です」
「なんかあった?」
「いや、コタローが魔王の句を読み解いてしまって……」
「この先の生涯について考えざるを得なくなってしまって……」
「とりあえず、訓練に参加しよう」
「そうだな」
人生設計を考えるのは身体を動かした後でもいいかもしれない。
アラクネ兵たちの訓練は盗賊団を想定した訓練だった。中庭で刺股で相手を抑えつけ、アラクネの糸で戦闘能力を奪う。
夜中、戦っていた俺たちからすると、アラクネ兵たちの動きは立体的であるものの対応できないものではなかった。むしろ動作のテンポが遅く感じた。
リオの居合が一動作でできるところを、アラクネ兵たちは3動作くらいやっている。それでは捕まえられるはずもなく、ただひたすら攻撃を躱し、懐に入っていくを繰り返した。
「糸は撚って紐にした方が効果は高くないですか?」
「確かに、そうだなぁ。なぜか面倒になってしまう」
「やっておきますよ。あと蜘蛛の巣玉の作り方を教えてもらえませんか?」
「構わんが……」
朝飯前にアラクネ隊長に蜘蛛の巣玉の作り方を教えてもらった。
アラクネの糸でボールを作り、表面に縮めた蜘蛛の巣を仕込むだけなのだそうだ。端の方を軽く焼いてくっつければいい。焼きすぎると広がらないので注意。中は空洞なので、別の何かを入れてもいいらしい。便利だ。
「こういうものこそ文化だよなぁ」
「これもだろ?」
リオはすでに朝飯を食べていた。朝飯はコーンスープや肉野菜炒めアラクネ風味付け。
「美味い」
「これだな」
「ああ、これだ」
俺たちは朝から、戦いとは別のライフプランにとって重要なことを探していたが、すぐに見つかった。
「なにがこれなんだい?」
「生活を豊かにするものですよ」
「随分、悩んでいるようだね」
「ええ、選択肢が多すぎて困っているくらいです」
ライフプランを考えながら、目指す身体とスキルを決めていく。時代とともに変わることを考え、自分の可能性を残しながら成長しないとレベル50まで到達しそうにない。柔軟さを残すために、まだ、スキルを上げ過ぎないように注意する。
「学生はいいねぇ」
午前中はアラクネ兵に混ざって、盗賊団の逮捕。午後は、3人で町を散策しながら、戦いとは別の文化を探す。
「やっぱりまじないが多いのかな」
「織物が発展しているからだろう?」
「祭りはないか?」
「混んでいる場所はあるけどな。ほら、古物市だ」
リオの指さす方を見れば、川沿いの広場で古着や骨董品なんかの市場が立っていた。
「楽器を探していいか?」
「もちろんいいよ。俺も古道具でよさそうなものを探そう」
「俺も古いマントが欲しい」
それぞれ市場を物色。人間は道具によって進化した。そう考えると、身体を進化させなくても道具を進化させながら使う方が、一々身体を作り変えなくてもいいから柔軟性はある。
レベル上げが身体の変化と考えると、額に目をつけたり、腕をもう一対つけたりした方がいいのかと思ったが、そもそもドラゴンと違い人間はそれほど急激に変化できない。筋肉量や骨格矯正ぐらいだろう。
この世界の道具を進化させれば、魔王とは別の方法で『奈落の遺跡』を踏破できるかもしれない。そう思いながら、骨董市を回っていると、顕微鏡があった。いや、理科室で見たような顕微鏡ではなく、小さな球体のレンズだけがあるフォールドスコープという呼ばれるようなものだ。
「これは?」
思わず手に取って、アラクネの店員に聞いてみた。
「ああ、光に当てると模様が見えるんだ」
店員は模様だと思っているのか。科学がそれほど発展していないのか。
「これ、買います」
ビッグモスの討伐で資金は十分。これで視点も変えられる。
顕微鏡があるなら望遠鏡もあるんじゃないかと思ったがなかった。
「身体の変化って五感の機能を上げることもできるのか?」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?」
アラクネの糸で編んだマントを買ったリオが声をかけてきた。
「骨や筋肉だけじゃなくて、神経系の機能向上も身体変化の範疇だよな?」
「な、なんだ? また、なにか気づいたな!? ロサリオ!」
リオは、薄い太鼓と笛を買っていたロサリオを呼んだ。
「どうした? また、コタローが何か見つけたか?」
「ああ、また気づいたらしい。レベル上げで五感の機能を上げるんだって」
「へ!?」
「魔力も考えると六感かな……、いや、リズム感や運動神経なんかも上げられるのか……」
考えがまとまらないが、スキルは身体的な向上を目的に振った方がいいのかもしれない。
「とりあえず蟻か蜂の魔物を討伐依頼を請けよう。きっと女王はボスだから」
「わかった」
「結局、コタローは何がわかったんだ?」
「姿かたちを変えなくてもレベルを上げる方法さ」
俺がニッと笑うと、二人ともちょっと引いていた。




