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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家

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6/226

6話「筋書きのないドラマよりも肩書のないヒモ男」


「このままじゃ、小麦粉の袋が空になるね」


 アラクネさんが、少なくなった小麦粉の袋を見せてきた。

「肉は大量にあるから、食料には困らないけど……」

 食糧庫には猪のハムがぶら下がっている。ただ、人間はタンパク質ばかり食べていてもダメだ。

「そんなことを言ってたらコタローの身体も猪みたいになっちゃうよ」

「そうだね」


 ゴンゴン。


 荒っぽいノックの音が聞こえてきた。

 開けてみると、串焼き屋の親父であるミノタウロスさんが困った顔をしている。


「どうしたんです?」

「おお、アラクネ商会、ちょっと聞いてくれよ。困ったことになっていてな」


 ミノタウロスさんはズカズカと家の中に入ってくると、椅子に座って焼けたてのパンをぺろりと食べてしまった。


「それ俺の……!」

「え? あ、悪い。ちょっと小腹が空いてて無意識で食べちまった」

 全く悪びれる様子もなくミノタウロスさんは喋り始めた。魔物は、これが常識なのかもしれない。


 ガコン。


 普通にアラクネさんがミノタウロスさんをお玉で殴っていた。


「人の飯を取ると、殺されるぞ? 私が、コタローのために作ったパンを食うなよ」

 アラクネさんの一言で、感じたことのない殺気が家中に充満した。

「すみません。あとできっちり返します」

 ミノタウロスさんも小さくなって謝っていた。


「いえいえ。それよりも困ったことっていうのは?」

「ああ、それが、商人ギルドの小麦袋がパンパンに詰まった馬車の荷が山賊に盗まれちまってな。広場の屋台にも影響が出始めてるんだ。そんで、衛兵と冒険者たちが山狩りをして、山賊を探したんだけど一向に見つからない。それで、アラクネさんところのコタローに白羽の矢が刺さったわけだ」

「冒険者でも見つけられないのに、俺に見つけられるかな」

 自信はない。


「噂になってるぞ。アラクネさん家のヒモ男は、探し物が上手いって。違うのか?」

「探し物が上手いんじゃなくて、『もの探し』なんだけどな。まぁ、いいか。山賊のナイフとか矢はあるの?」

「ああ、矢が馬の尻に刺さってた」

 俺は上着を来て、出かける用意を始めた。

「行くの?」

 エプロン姿のアラクネさんが聞いてきた。野菜を煮ていた鍋を竈から上げている。帰ってきたら味が染みた煮物が食べられそうだ。


「行こう」

「うん」

 そういうことになった。


「まだ冒険者でもないのに、指名依頼が来るなんてね」

「変だよな」

 アラクネさんと話しながら、町まで行くと、ミノタウロスさんが遅れていた。

「ちょっと早いぞ!」

「残念ながら、ミノタウロスさんの牛歩戦術は俺たちに通用しませんよ」

「牛歩戦術? そんな戦術はしていないぞ」

「ほら、パンの分だけ走って!」

 アラクネさんは、まだ根に持っているようだ。俺のパンだろうに。


 商人ギルドの大きな建物の外に馬車小屋はあった。すでに尻に矢が刺さった馬は治療されて、回復薬を塗られている。匂いは酷いようだが、快方に向かってくれるといい。


「あ、来たか」

 エルフの薬屋が、馬に使う薬を塗りながら待っていた。

「ほれ、矢だ。山賊探しをしてくれ。衛兵と冒険者たちは入口で待っている」

 俺は着いてすぐに矢を渡された。

「了解です」

 急いでいるらしい。小麦がすぐに腐ることはないが、どこでも売りやすいからだろう。


『もの探し』スキルを使うと、紐が高く伸びたもののしっかり方向を示していた。


「行きましょう!」

 俺とアラクネさんは歩き出した。


「状況の説明をしなくてもいいのかい?」

 エルフの薬屋も後を追いかけてきた。

「俺の能力は持ち主を探せるだけですから。でも、一応現場はどんなところなのか聞いてもいいですか?」

「ああ、後で説明はあると思うけど……」

 そう言いながら、エルフの薬屋は歩きながら教えてくれた。


 現場は廃鉱の多い山で、潜伏しようと思えばかなり向いている土地らしい。廃鉱同士が繋がっているため、逃げるのも簡単だとか。さらにこの時期は熊が出てきているため、間違った洞窟に入るととんでもない被害が出る可能性もあるという。


「春先の熊は冬眠明けだから、何でも食べるからね」

「なるほど、あ、彼らが衛兵と冒険者たちですか?」


 町の入り口にある門には、30名ほどの人と魔物が混然一体となった部隊が武器を手に待っていた。全員、衛兵と冒険者たちの中では猛者たちだそうだ。

 人も魔物も、自分たちの食糧が盗まれたからか、殺気だっている。


「お疲れ様です。俺のスキルで矢を放った持ち主は見つけられます。まだ冒険者にもなっていないので拙いところがあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 30名、全員に挨拶はしておく。


「探知スキルでも見つからなかったんだが、わかるのか?」

「一応、矢から光る紐は出てるんで方向くらいはわかると思います」

 どうせ無暗に探しても見つからないし、山賊に逃げられるかもしれないので、結局皆俺についてきた。


 街道をまっすぐ南に行き、山への道に入り、ちょっとした馬車を止めるスペースが開いていた。どうやらそこで馬車が襲われたらしい。


「普段から、こんなスピードで疲れないのか?」

 エルフの薬屋はまだついてきていた。荷物も持っているようなので、もしかしたら副業で冒険者をしているのかもしれない。

「私たちは毎日、森で狩りや菜園作りをしているのでスピードと体力には自信があるんです」

 アラクネさんが答えた。


「あ! 紐が分かれた!?」

 山道を上っている最中に、思わず声が出てしまった。

『もの探し』の光が三又に分かれたのだ。


「どういうことだ?」

 髭面の衛兵がすぐに聞いてきた。

「持ち主が複数いるか。もしくは山賊のアジトには3つの入り口があります。どうしますか?」

「すべての入口に罠を張りましょう。薬屋さん、煙玉のようなものは持っていませんか?」

 アラクネさんが提案してきた。

「閃光煙玉というのがあるよ。洞窟の中に目が眩むほどのまばゆい光を放って、催涙効果のある煙まで出す優れものさ」

「では、それを合図にしましょう。皆さんは3部隊に分かれて、それぞれの入り口の前に潜伏してください。罠に関しては私がやりましょう」

「そんな急に言われてもな。だいたい、なぜアラクネのお前が仕切っているのだ?」


 衛兵がアラクネさんに迫っていた。職務を全うしようとしているのだろう。俺が止めに入る前に、冒険者の魔物たちが衛兵の両肩をがっちりと掴んで止めていた。


「止めておけ。餅は餅屋というだろう。罠を張るのが蜘蛛族の生業だ」

「いいか? 俺たちは山賊狩りの依頼を請けているだけだ。蜘蛛族は生きるために罠を張ってる。彼女に任せておけばいい」

「こんな暗闇の中で、アラクネに迫るアホは魔物にはいねぇよ。俺たちは胴と首を切り離されたくないから3部隊に分かれる」


 なぜかアラクネさんは魔物たちから絶大な信頼がある。


「知り合い?」

「いや、遠い昔、種族争いがあったからね。魔物同士で暗黙の了解があるのよ。じゃ、悪いんだけど、コタローは入口までの案内をお願いね?」

「え? あ、はい」


 そう返事をした瞬間に、アラクネさんは8本の足で木の枝に跳んでいた。上から俺を見下ろして、風の音とともに動いている。忍者のようだ。

 

 俺もアラクネさんの行動が台無しにならないよう慎重に音を立てずにアジトの入口まで案内する。

入り口には見張り役がいたが、俺を見つけて声を上げようと息を吸った瞬間にアラクネさんに樹上へと引っ張り上げられ口を塞がれていた。


 あとはいつもの紐の罠を仕掛けていく。

 見張りがいたのは最初の入り口だけだった。正面口と裏口の違いがあるのかもしれない。


 全員が配置についたことをエルフの薬屋さんから聞いて、自慢の閃光煙玉を投げてもらう。


 洞窟の中がピカッと昼のように明るくなり、入口から煙が出てきた。


「うわぁ!!」

「なんだこれは、カハッ!」

「目がぁ!」

 山賊たちは涙を流しながら、堪らず出てきた。

 出てきた山賊たちは洩れなくアラクネさんの罠にかかり、転がっていく。


「今だ!」

 転がる山賊を衛兵と冒険者たちでこん棒で打ち据えていた。

 やはり食べ物の恨みは怖い。


 気絶した山賊を紐で縛り上げて、洞窟を確認。初動が早かったこともあり、小麦粉はすべて回収できたようだ。


 後日、商人ギルドからは金一封まで貰ってしまった。


「広まってるぞ。アラクネ商会」

 ミノタウロスさんは小麦粉の袋を持ってお礼を言いに来た。

「広まっているって何がです?」

「アラクネさん家のヒモ男が山賊を見つけたって」

「自他共に認めるヒモ男か」

 我がことながら笑ってしまう。

「コタローはヒモじゃないからね! ものすごく働いてるから!」


 アラクネさんはこめかみに青筋を立てて怒っていた。


「でも、そろそろ肩書くらいはあった方がいいのかなぁ」

 

 俺の職業欄には、まだ名前はついていない。



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― 新着の感想 ―
「後日、商人ギルドからは金一封まで貰ってしまった。」 貰ってしまったって、依頼を受けたんだから、初めに対価を確かめないとだめだね。ポランティアじゃないのだから。
[一言] >「行こう」「うん」そういうことになった。 コタローの先祖は源博雅?
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