59話「夜の3人」
下半身が獣ではなくてもフードさえ被っていれば特に人間だとは気づかれない。
広場には雑貨屋や屋台が立ち並ぶ。ケバブのような肉を挟んだパンを食べながら雑貨屋を物色。直接的な戦闘ではなく、相手を仕留められるかどうかの基準で言えば、壺だって樽だって使える。立ち向かってくる相手の行動を制限すると考えると、持ち運びやすくすぐに使えるものがいいだろう。
「やっぱり俺も『投擲』スキルを取った方がいいか」
ただ、俺の場合は投げることに特化させるよりも、正確に罠を仕掛けられるかとか、的中させられるかを鍛えた方がいいと思う。
「あ、『的当て』スキルというのがあるな。これにしよう」
スキルポイントは余っているので、道端でスキルを取得。これで、買う雑貨の種類が決まってくる。
防犯グッズとしてカラーボールのようなものを見つけた。中にアラクネの糸が入っていて、対象にぶつかると蜘蛛の巣が広がり、足に絡むらしい。
「こういうのが欲しかった!」
大量に買いこみ、自分でも作れないか後で試す。
他にもマキビシも買った。忍者が使うのは知っていたが、普通に水草として生えていて、こちらの世界では盗賊などが侵入しないよう窓際に仕掛けておくのだとか。
まじない屋にも行ってみた。店は占いの館のような見た目だが、中にはお札やまじないがかかったアクセサリーなどが揃っている。
クイネさんが作った服などで効果は立証されているので、札や指輪、腕輪などを買っていく。どの店もそうだが、お金だけでなく魔石で買わせてくれるところがいい。
それから園芸店にも行く。害獣駆除や害虫駆除用の毒を探した。ただ、そういう毒は少なく、酢や唐辛子などがほとんど。
「毒は結局天然由来のものが効くからね」
店員のミノタウロスの女の子は、薬学も知っているようで詳しく教えてくれた。
ビッグモスという蛾の魔物の痺れ粉や毒キノコの幻覚剤、毒沼にいるスライムの粘液など、探せばあるらしい。周辺にいる毒を持つ魔物を聞いてリストを作った。
依頼を貼りだしている酒場に行ってみると、ロサリオが一人でミルクを飲んでいた。
「どうした? 振られたか?」
「いや、それがさ……」
声をかけたラミアの女の子に宿の部屋に連れていかれ、話すだけ話したが、急に叱られて外に追い出されたのだとか。
「別にお金や魔石を取られていないんだけど、狐につままれたような気分さ」
「なんの話をしていたんだ?」
「魔王法典の読み方についてだったと思う。俺も読んではいたけれど、解釈がどうのと言われても……」
「妙な新興宗教なのかもしれない。あまり関わらない方がいいんじゃないか」
「そうだな。話はできても気が合わないことってのがあるんだな」
恋の哲学者は難しい顔をしながらミルクを飲み、新たな魔物に声をかけられていた。ロサリオは顔もいいし、サテュロスなのに渋い雰囲気を醸し出しているので普通にしているだけでモテる。しかも女子に話を合わせられるし、聞き役もできる。自分の考えもあるから、騙されるという要素は少ない。
あとは会話の経験だけだ。健闘を祈る。
「このビッグモスの討伐ってまだやってますか?」
マスターのゴブリンに聞いてみた。
「ああ、やってるけど、請けるのか?」
「一応、中央のレギュラーなんですけど……、請けれます?」
旅の前に作ったカードを見せた。
「大丈夫だぞ……。ちょっと待て、お前、噂の人間か?」
「そうです」
「請けてくれるなら請けてくれ。他にも依頼はたんまり溜まってる。種族間の対立になりかねないのが多いから、こっちも請けてくれるとありがたいんだけどな」
家出ハーピーの捜索や盗まれたペンダントの奪取など掲示板に貼ってない依頼まで紹介してきた。
「盗まれたペンダントはこれ場所がわかってるなら、自分で取り返せないんですか?」
「それが出来れば苦労しないのよ」
「こういうのは、俺も難しいですよ。家出ハーピーは、持ち物があればわかりますけどね」
「あ、じゃあ、頼む。これ、彼女の腕輪だ」
金色の腕輪を見せてきた。メッキだろうか。『もの探し』スキルを使うと、光が目線の高さで停まった。ものすごく近場にいるようだ。
「近いですよ」
「本当か」
光の方向を指さす。
「向こうに何かありますか?」
「娼館街があるなぁ……。マジか。結構、レベルの高いハーピーの娘さんなんだが……」
「親から逃げている娘さんはいますから。とりあえず、ビッグモスからやります」
「おう」
俺が酒場から出ようとしたら、ロサリオがついてきた。
「依頼だろ? 俺も行くよ」
「いいのか? 女の子を待たせていて」
一緒に飲んでいたアラクネはまだカウンターで飲んでいるようだ。
「女性なら誰でもいいんじゃないかと思っていたんだけど、そういうことじゃないな」
「どういうことなんだ?」
「どこかしら尊敬できるところが見えてこないと、話を聞いていても辛くなってくる」
「女性に何かを求め始めてしまったか」
「いけないか?」
「いろんなメガネで見ると逆にチャンスを失うぞ。俺たちはいろんなことを頭で判断している。でも、見ている情報ってめちゃくちゃ多いだろ。すべて処理しきれていないのさ。だから、話していて楽しいとか一緒にいても苦にならないみたいな感覚で付き合った方がうまくいくことが多いんだよ。たぶんな」
「そうか。じゃあ、何を言ってるのかわからない女性とは会話をしない方がいい?」
「ああ、まぁ、そうかも。でも、一応、今まで喋っていたんなら、ちょっと用事が出来たと言っておいた方がいい。そのまま去ったら心配するかもしれないからな」
「そうだな」
ロサリオは「ちょっと待っててくれ」と酒場に戻り、魔石で女性の分まで払って出てきた。
「今まで使ってなかった頭を使うから、なんか疲れたよ」
「そうか」
ちょっとした仕草や会話でも気を遣い始めたのだろう。
「依頼に行こう。リオは?」
「闘技場を探しているはずだ。今頃、出場してるんじゃないか」
そう思ってたら、町の出口にリオが立って森を見つめていた。
「何をやってるんだ?」
「ああ! お前たち、どうした?」
「毒の採取でビッグモスの討伐」
「俺は、女子との会話に疲れたからついていくだけさ」
「リオは? てっきり闘技場を探しに行ったと思ってた。なかったか?」
「いや、闘技場は見つかったんだけど、今夜の出場枠は埋まってた」
「見学でもいいじゃないか」
「ああ、見てたんだけど……、あまり参考にならないっていうか。剣闘士たちはスキルを見せたいんだろうな。それでたぶん警備の仕事とかにスカウトされるんだ。スキルを準備している間に倒せばいいと思ってしまうんだが……」
「それだと盛り上がらないからなぁ」
「そうなんだろうな。とりあえず刀の切れ味を試したくて森に入ろうかと思ってたんだけど、暗いだろ?」
「一緒に行くか?」
「ああ」
「リオは暗いと怖いのか?」
ロサリオがふざけていた。
「いや、危ないという話だ。町に近ければ罠を仕掛けているかもしれない。特にこんなにアラクネがいる町なんだからな。コタローがいればと思ったら、後ろから来たんだ」
「タイミングがぴったりだったな」
「そうだ」
「せっかくバラバラになって夜を楽しもうとしてたのに、結局3人一緒に森に入るとは」
気が合うというのはこういうことを言うんだろう。
山道を登り、森の中に入っていく。リオが予想した通り、野生の魔物が町に入ってこないよう罠はたくさん仕掛けられていた。
「ロサリオ、ビッグモスってのはどんな魔物なんだ?」
「大きい蛾だ。鱗粉に麻痺効果がある。群れると厄介な魔物だな」
ロサリオがリオに説明していた。
「近年では、外敵のグリフォンが少なくなっていて夏場に大発生することがあるらしい。光に寄ってくる習性もある」
「コタロー、詳しいな」
「中央の図書館で調べたんだ。植物の葉が好物のはずだから、大森林には必ずいる。よし、ここら辺でいいか」
十分町から離れていることを確認。俺はアラクネの白い布を取り出して、両側を枝に結び突き刺す。スクリーンのようなものだ。そこに魔石ランプの明かりを当てると、虫が寄ってくる。
「あんまり当てすぎると集まり過ぎるから、少し光を弱めるんだ」
「よくそんなことを知っているな」
「来たぞ」
言ってるそばからビッグモスが現れた。




