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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
旅の後半戦

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57話「働く服」


「これで、だいぶ仕事がしやすくなる」

 アラクネ隊長は町中を歩きながら言った。


「俺にやらせたかったことは、当たってましたか?」

「ああ。我々が言いたかったことを全部言ってくれたよ」

「余計な仕事を振られることになりませんかね?」

「それも致し方ない。今まで高レベルの者や議員の不正を上の指示で見逃さないといけなかったから、情報局のアラクネの間で不満が溜まっていたんだ。あのままいってたら情報局ごとなくなってる」

 ガス抜きが出来たならよかった。


「俺には何のことかよくわからなかったぞ」

 リオは正直だった。

「俺にもわからなかったけど、情報局は努力を認められる場所ではなかったってことか?」

「いや、そういうことじゃない。例えば、今、魔物の国がどこかの国と戦争をしているなら、情報を制限することって重要だと思うんだ。敵に武器を知られたり位置を知られたら、暗殺されちゃうだろ? 戦争にすらならない」

「確かに」

「だから上官がいて情報を制限するのはいいけど、経済とか商売に関しては公平さがないと、まともな市場競争ができなくなって、上官に都合のいい会社だけが儲かるなんてこともできるだろ?」

「そうか。船の積み荷を独占することもできるってことか」

 ロサリオはバカじゃない。

「その通り。高レベルの者や議員が上官に金を渡すだけで有益な情報を貰えるって、経済にとっては健全じゃないから部下たちに不満は溜まるよ。情報に関してだけはどこでも公平に知らされた方がいい。誰だって明日崩れる家買わされたり、効果もないのに金持ちになれる壺なんて買いたくない」

「しかもそれが命に関わることなら、絶対に知らされるべきだ。誰かの手柄のために、盗賊をみすみす見逃すなんて衛兵の沽券にかかわる」

 アラクネ隊長は悔しそうな顔をしていた。真面目な衛兵なのだろう。


「だから、情報局は、私腹を肥やしたりや地位のために努力するのではなく、普通に仕事のために努力をした方がいい場所なんだよ。ましてやあれだけ働いている者たちがいて予算がないのは、さすがに方向性が間違っているとしか思えなかった」

「努力の方向性か」

「長く同じ場所にいると目標を見失うものなのか」

「で、これって今、どこに向かってるんです?」


 先頭のクイネさんに声をかけた。


「織物工房だよ。『影隠しのマント』を返しに行くんだろ?」

「そうでした」


 坂の上にある崖に織物工房はあった。情報局の件は終わったはずだが、まだアラクネ隊長たちは付いてきている。


「仕事はいいんですか?」

「私たちの任務は、コタローたちの護衛と案内だ。最重要人物だからな」


 宿まで付いてくるのかな。


「ごめんくださーい!」

 クイネさんが扉を開けて入っていく。鍵が閉まっているわけではないから、中に誰かいるのだろう。


 中に入ると、大きな吹き抜けの玄関ホールだった。表の建物は普通の工房のようにしているが、中は大きな工場のようだ。建物の地図が壁に張られていたが、崖をくりぬいて増築しているらしい。


「すげぇ」

「今はほとんど閉鎖されている。動いているのは一部だけだよ」


 いつの間にか老女のアラクネが俺の後ろに立っていた。見上げれば一本の糸が高い天井まで伸びている。老女は天井から下りて来たのか。


「こ、こんにちは……」

「こんにちは」

「工房長! お久しぶりです」

 クイネさんが頭を下げて挨拶していた。老女は工房長だったのか。


「ああ、今はクイネだったかい? 元気でやってるならいい。それで、これが例の人間かい?」

「そうです」

「コタローと申します。『影隠しのマント』を返しにまいりました」

「アラク婆さんの頼みを聞いてきたということか。まぁ、いい。孫娘にはなんか言われなかったかい?」

「お孫さんも俺のことを何か言ってましたか?」

 誰のことだ。

「辺境の町で一緒に会社を作ったって聞いているけど……」

「アラクネさんのお祖母さんですか!?」

「なんだ? 教えてなかったのかい。あれも抜けてるところがあるからなぁ。クイネ、お客を適当に案内してやんな。古巣なんだから場所くらいはわかってるだろ」

「はい」

 クイネさんもこの工房の元従業員だったのか。『影隠しのマント』を返すついでに工房内を見てみよう。


「コタローと言ったね。お前さんはこっちだ。大丈夫。人間だからって食いやしないよ」

「あ、はい」


 俺は一人だけ、工房長に呼ばれて、階段を上って二階の部屋まで連れていかれた。

 書類棚が並び、奥には金庫が見える。経理の部屋だろうか。

 工房長は俺から『影隠しのマント』を受け取ると、普通に洋服ダンスの中にしまっていた。アラクネの宝というわけではないのか。


「アラクは妹でね。マントを盗まれた時は、随分大騒ぎになったけど、そんなものがなくても工房は守っていけるって、思ってたんだけど……。家宝のマントよりも、もっと注意深く見ないといけないものがあったんだね」

「なんです?」

「生活さ。魔物がどうやって生活をしているのか、ここ10年でもすっかり変わってしまった。羊毛も船で流通するようになったし、絹なんてものまで出てきたら、アラクネの糸の出番がないよ」

「そうですか? 罠にも使えるし、俺は重宝してますけど」

「今は罠を張るような仕事もなくなってきた。森もずいぶん減ってきたからね」

「そうなんですか……」

 ということは野生の魔物が密集しているのかな。狩りをする者からすれば狙い時だ。


「アラクが、テーブルクロスを売り始めたと言っていた。孫娘は学校を優秀な成績で卒業したはずなのになぜか辺境で倉庫業をやっているなんて言う。どういうことか教えてくれるかい?」

「ああ、はい……」


 俺は洗いやすいテーブルクロスと物流倉庫としての倉庫業について説明した。


「ただ、倉庫の奥に『奈落の遺跡』があるので、レベル50以上にするレベル上げツアーを開催して、攻略しようとしているんです」

「なるほど、言っている意味は分からないけど、できると思って動いているんだろう?」

「そうですね。いまのところ自分で29まで上げました。ここから上がらなくなるらしいですから、どうしようかと考えているところです」

「目指さなければ、頂きも見えないか」

「そういうことです」

「この工房は古くからアラクネたちが働く織物工房でね。元は仕事に困っていたアラクネたちが始めた工房さ。でも、時代と共にアラクネたちは外に行くようになって、仕事の依頼も減った。素材も高いし、使い勝手が悪いらしい。今さら魔王が持ち帰ったマントがあったところで、どこを目指していいやらわからなくなってしまってね。どうすればいいと思う?」

「いや、仕事をすればいいだけなのでは……」

 今度は俺が意味が分からなくなった。


「それがわかれば苦労はしない」

「営業をかけたらいいじゃないですか」

「衣類業界じゃ見向きもされなくなった」

「んん?」

 俺は思わず腕組みをしてしまった。

「狩りの業界に進出しようかとも思ったんだけど、まるで相手にはされない。細々としたインナーのシャツを作るくらいさ」

「それは何か間違えてませんか?」

「何をだい?」

「アラクネの布を見せてもらえますか?」

「ほら、どこにでもあるような布だろ?」

 真っ白な布を見せてくれた。


「特徴は丈夫で長持ち、洗うと汚れはすぐに落ちる」

「でも汗の吸収率は悪いよ」

「つまり撥水性が高いってことですよね? だったら雨の日用に傘や合羽を作るのはどうです? レインコートです」

「雨の日はほとんど外に出ないからねぇ。川が増水したら危険だろ? ハーピーたちは羽が濡れるから外には出ないし、私たちも体が冷えるから家に籠ってる」

「でも、荷物を運んだり毒の沼地で働く魔物にはレインコートは売れると思いますよ。寒かったら内側に綿の布を張ればいいだけですし、汗が気になるなら脇パットも一緒に発売すればいいんです」

「そうか……。大渓谷の生活基準に合わせなくてもいいのか」

「川で交易しているんですから、別に魔物の国全土、いや辺境にも送ってくださいよ。人間にも売れますから」

「そうだね」

「もしかして働く魔物用の服ってあまり考えられていないんじゃないですか?」

「働く魔物用なんて衣類のジャンルはないよ」

「作ればいいじゃないですか。工事現場や農作業をやっていれば泥は付きますから、すぐ洗えて乾くアラクネの布は優秀な素材ですよ」

「そうだろうか……?」

「エプロンを作ったことは?」

「昔あるけど……。一時期流行ったけど、それから売れなくなったね。丈夫だから、何度も買わないのさ」

 優秀がゆえの悩みだ。買い替える必要がない。


「職業別のエプロンを作ってみてはどうです? 肉屋、魚屋は必要でしょう。花屋だってきっと必要だ。それから鍛冶屋に薬屋だったら消耗すると思いますよ。あと手袋はきっと必要になってきます。油仕事だってあるし、危険な薬品から保護するためにもあった方がいい」

「生活の中でも仕事に特化したものを売ればいいのか」

「そうです。少なくとも仕事をしている人は報酬を貰っていますから、大量に発注が来てもちゃんと払ってくれると思いますし、似たような仕事はどこの地域でもあるんじゃないですか?」

「ちょっと考えてみるよ。ちなみに、おすすめはあるかい?」

「クイネさんってまじないを使えるじゃないですか。涼しい風が出るまじないがあれば、服に仕込んで貰ったらいいです。暑い日に着ていく用の作業服は飛ぶように売れますよ」

「本当かね? まぁ、考えてみるよ。しかし、皆が言ってた通り、コタローは何でも商売に変えられるんだね?」

「いえ、俺は異世界人なんで、前の世界にあった便利なものを紹介しているだけです。それで産業が発展して、うちの倉庫が儲かればいいだけですから。作ったら、ちゃんと辺境にも卸してくださいね」

「わかった。辺境のアラクネ商会には優先的に卸すよ」


 契約は取れた。


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