54話「夜の戦場」
油を塗った枝を屋敷に放り投げる。一本や二本ではなく、何本も扉に当てて音が出るようにぶん投げた。やはり『投擲』スキル持ちのロサリオは、かなり上手い。
大きめの薪のような枝も放り投げて、何かが叩いていることを中に報せた。
10本ほど投げた後、ようやく屋敷から顔に古傷を付けたオークが出てきた。
「ロサリオ、出番だ」
「よし、来た」
尖った枝をオークに投げつける。
サクッ。
オークの肩に突き刺さった。スキルの恩恵なのか命中率が高く、威力も申し分ない。
俺たちはわざと藪から出て、あざ笑った。
オークは自分の肩から枝を引き抜き、何でもないことのようにこん棒を持ってこちらに向かってきた。坂道で勢いがついている。
パッサ。
オークの目に砂が舞った。
一瞬目をつぶったオークにリオが駆け寄る。
スパンッ。
オークの胴と首が切り離され、頭が屋敷の入り口まで転がる。
ゴンッ。
どうかしたのかと他のオークが出てきた。
リオは剣の血を払い、布で拭き取る。
「ギィイアアア!」
ドラゴン族の雄叫びが夜空に響いた。
それを合図にサイクロプスや武器を持ったオークたちが続々と扉から出てくる。
ズボッ。
オークたちが仕掛けた落とし穴に落ちる。
俺たちは未だに藪から出て笑っていた。
ウォオオオ!!
サイクロプスが雄たけびを上げながら、坂道をドスドスと音を立てて仕掛けた罠の紐を切り、欠けた壺を破壊しながら駆け下りてきた。
パサッ。
砂がサイクロプスの唯一の目に当たる。目は剥き出しの器官だ。細かい粒でも当たれば、取り払おうと、目をつぶり手で取ろうともがく。
もがいて地団駄を踏んだ先には、落とし穴。足を取られて、サイクロプスが倒れた。
バターンッ。
その隙をリオが見逃すはずもなく、背中を切った。
ぐぅああああっ!
サイクロプスがのけぞって痛がるのを見て、ロサリオが胸を即席の槍で突いた。
カッと見開かれたサイクロプスの目は充血し、歯を食いしばっている。大きな腕が地面を叩き、立ち上がろうとした。
『忍び足』で近づいていた俺は、足のアキレス腱をナイフで切った。目がひとつということは見えている光景も一つ。
膝をついてこちらを睨みつけるサイクロプスだったが、後ろから飛び乗ったリオの剣が深々と鎖骨と首の間から心臓に向けて突き刺さっていた。
精密さ、タイミングを作り出すための連携が取れれば、相手が大きな魔物であろうと効果は絶大だ。
「なんだ、これは?」
リオが振り返ると、オークたちが転がっている。
「壺に仕掛けていたスライムの粘液だ。血と混ざって滑りやすくなっているから気をつけてくれ」
この村には欠けた壺しかなかったが、罠を仕掛けるには十分だった。屋敷の周囲はぬるぬると滑る地面と落とし穴がいくつも空いている。
落とし穴の底に仕掛けられた杭で、足に穴が空いたオークたちが立ち上がろうとして滑って転んでいる。
「後は投げた枝に火をつけてくれればいい」
「了解」
リオは大きく息を吸って肺を膨らませた。
ブゥウウウウ!
口から炎のブレスが飛び出し、屋敷の周囲に転がっている油の付いた枝が燃え始める。
木造の柵は一度火が付くと勢いは止まらない。それを知っているからか、落とし穴に嵌っているオークたちが火を消そうと慎重に立ち上がる。
背を向けて足元もおぼつかない敵をそのままにしておくほど俺たちも甘くない。靴底に布を巻き、落ちていたこん棒でオークたちの頭をぶっ叩いていった。
パチパチパチ……。
枝が燃え始め、柵が徐々に燃えていった。
「よし、一通り動けるオークはいないかな?」
「ああ、一旦退こう。主力が登場するまで待ちだ」
俺たちは一度、西の森へと身を隠した。
「おいおい、なんだこりゃ」
村の入り口に、ようやく衛兵の新人が現れた。
「不味いぞ。あそこに罠仕掛けてる。ちょっと行ってくるわ」
ここから先に屋敷から出てくるオークは、倒れているオークよりも強いはず。力も弱い俺たちにとってはタイミングがすべてだ。予想外の者は、戦場から出てもらうしかない。
「ああ」
身代わりにクイネさんの服を着せた丸太をリオたちに預け、『忍び足』で森をかき分けて入口に向かった。
衛兵の新人は、倒れたオークや死んでいるサイクロプスを見て立ち尽くしていた。
「そこにアラクネの紐を仕掛けてます」
衛兵の新人の肩を叩いて、アラクネの紐を弾いて月明りでも見えるようにした。
「あ!」
「お静かに……」
「これは君たちがやったのか?」
「そうです。まだ討伐の最中ですから、東の森に隠れておいてください。西の森は罠だらけですから」
衛兵の新人は頷くと、東の森で身をかがめて潜んだ。あまりに遅いので、オークたちとのつながりも疑ったが、単純に疲労で遅れていたようだ。
俺は再び『忍び足』で元にいた位置まで戻った。
「無事だったか?」
「ああ、裏切り者というわけじゃなさそうだ」
「ようやく火が燃え広がってきたぞ」
ロサリオが言うように、すでに柵の一部が焦げ火の柱になっていた。
「よし。丸太罠の後ろまで下がろう」
俺は、身代わりの服を着た丸太を明かりを灯した魔石ランプと一緒に木の枝からぶら下げる。
「一瞬でも注意が逸れた瞬間を狙うぞ」
「作戦通りに」
「おう」
俺たちは拳を突き合せて、時が来るのを待つ。
火が盛大に燃えて一気に柵に燃え広がった。
グゥオオオオ!!
中から雄叫びが聞こえたかと思ったら、扉がすっ飛んでいった。
「やっぱりハイオークがいた」
ロサリオが小さくつぶやいた。
オークよりも一回り大きく鉄の胸当てを身に纏ったハイオークが大槌を持って現れた。
ズルリと滑る地面に足を取られたが、仲間の倒れたオークの背中を踏んでどうにか倒れずに済んでいた。
ガシッ、ブンッ。
中からもう一人、ハイオークが出てきた。
「二匹。マジか」
すぐに状況を把握したハイオークは倒れているオークで地面を拭いて側溝に捨てていた。
ハイオークの配下なのか潜んでいたオークも大量に出てくる。
「この量を罠で対応できるか?」
「アラクネの紐ならな」
リオの不安を一蹴するが、俺にもここから先はどうなるかわからない。
配下のオークが東の森の中を指さした。魔石ランプに気が付いたらしい。
ハイオークは二人でこちらに走ってくる。配下のオークたちも遅れてくるが、足は遅い。
ブンッ。
魔石ランプ目掛けて振った大槌が空を切る。
ブンッ、ブンッ!
ただの丸太なのに、まるで当たらない。
「クイネさんのまじないは本物だな」
回避率が上がるという服の効果が出ている。
ピンッ。
大槌が仕掛けていたアラクネの紐を切った。
丸太罠が起動。勢いのついた大きな丸太が、ハイオークに襲い掛かる。
バコンッ。
胸当てを凹ませ、ハイオークを燃える屋敷まで吹っ飛ばした。追いかけていたオークたちの足が止まる。
もう一匹のハイオークが雄たけびを上げようと口を大きく開けた。
タイミングを見計らっていたリオが跳んでいた。いや、初めに動いたのはロサリオだったかもしれない。唐辛子の粉の入った袋を空に向かって投げていた。砂と一緒に仕込んでいたものだ。
俺も遅れて飛び出す。
「俺が相手だ!」
リオが叫び、剣を振るう。
俺はハイオークの指を狙った。少しでも逸れれば、『見切り』スキルを持つリオなら躱せるだろう。
ブンッ。
鼻先三寸を大槌が通り過ぎていく。指は無理だが、手首の腱をナイフで切った手ごたえがあった。
ガキンッ。
リオが振った剣をハイオークが噛みついて止めている。
空に放り投げた袋がハイオークの頭にぶつかって飛び散った。周囲に唐辛子が舞う。
「ギャッ!」
もろに食らったハイオークが苦悶の表情を浮かべた。
のけぞったハイオークの胸に飛び乗ったリオが噛んでいた剣を引き抜く。
ハイオークの手から大槌が離れていた。腹から槍の先が飛び出していた。スライムとの対戦で何度もやった動きだった。
スパンッ。
「ヒュッ……」
リオの剣がハイオークの喉笛を鳴らす。
パアッと血しぶきが舞った。
ズシンッ……。
ハイオーク二体の死にざまを見てオークたちが森の中へと逃げ出した。
次々に仕掛けた矢に射られる音が鳴り、オークたちの悲鳴が響いた。
「終わりか?」
血を払ったリオが周囲を見回す。
「まだみたいだ」
ロサリオは屋敷を見ていた。これ以上、罠はない。ここが逃げ時かもしれない。ただ、なぜか俺たちは屋敷から出てくる魔物を見ずにはいられなかった。
燃える屋敷からローブを身に纏ったオークの老人が出てきた。魔力を纏っているのか、空気が重く感じる。
「オークウィザード……」
つぶやいたロサリオは姿が見えた時には槍を投擲のようにぶん投げていた。
ザシュッ。
オークウィザードの腹に槍が突き刺さる。
「フフフ……」
ローブを伝い血がぼたぼたと地面に零れ広がっていく。
なのに、オークウィザードは歯を見せて笑っていた。
「オイララララ……!」
胃の腑が裏返ったような呪詛の大声が周囲に響き渡る。
一瞬、月の明かりが赤く染まったように感じた。
側溝から赤い煙が立ち上る。青白く光り、周囲に描いた魔法陣が起動した。
『オークはアンデッド系と関係が深く、独自の再生スキルを持っている』
耳の奥で、いつか聞いた誰かの説明が、再生された気がした。
側溝から腕が伸びて、頭が陥没したはずのオークたちが這い出てきた。細胞が修復し、ケガをした箇所が大きく膨らんでいる。筋肉も盛り上がり、こん棒と腕がくっついている個体もいるようだ。
「いや、合体している!?」
リオが言うように、オークたちの群れは腕や腰などで繋がり、どんどん合体して膨らんでいく。
「キマイラだ!」
衛兵の新兵の声が響いた。
ズリュリュンッ!
オークの群れは巨大ミミズのようにのたうちまわり、屋敷の燃えている柵をぶち壊した。 オークウィザードが肉ミミズの頭部あたりに埋まっている。
「キィエエエエ!」
オーク産肉ミミズが闇夜に奇声を発する。ドクンドクンと肉ミミズの身体が膨れたり萎んだりしている。
まだ形状を留めている腕や足には切れ込みが走り、開くと目玉がギョロリとこちらを睨んでいる。合成獣をキマイラと呼ぶのは理解しているつもりだったが、あまりに異様だ。
「どうするんだよ、こんなの……!?」
驚くリオとは裏腹に、俺の頭はフル回転。二人の首根っこを掴んで、東の森に引き戻した。
「こんなの簡単だ。あれはまだ全部、再生しきってないんだろ? だったら血流を上げれば、心臓は破裂する。ロサリオ、テンションの上がる一曲を頼む。リオ、できるだけ挑発してあいつの頭に血を上らせよう」
「よし、きた!」
ロサリオのリュックから平たい太鼓が出てきた。
ドンドンドドン、ドンドンドドン……。
音楽が鳴る中、リオが跳び出した。剣を腰に収め、音に合わせて雄たけびを上げる。肉ミミズの間を飛び跳ねながら挑発。
こん棒を握った無数のオークの腕が襲い掛かっていたが、リオは『見切り』スキルを使い続けている。
オークにも大きさの違いくらいはある。それが合体したところで、心臓がひとつになったわけではない。大きな心臓から、小さな心臓へ高速の血が送り込まれれば、弁が壊れるのは当然だ。
目はギョロギョロと俺たちの姿を捉えているのに、その映像を処理する脳がなければ、ただの弱点でしかない。イカの目と同じだ。
ブシュッ!
目に唐辛子の入った袋を投げつければ、血が噴き出してくる。
巨大さも再生能力も、過ぎたるは猶及ばざるが如し。木の枝にぶら下がっていた服を着た丸太を下ろして、裏返しにして着せ直した。
「コタロー、そろそろ限界だ!」
「了解! 逃げろ!」
リオと逃げるタイミングを見計らい、服を着せた丸太を屋敷の中心にぶん投げる。
意思を持った肉ミミズの腕が、一斉に丸太に襲い掛かる。オークウィザードは肉ミミズから抜け出そうと地面を掴み抵抗したが、屋敷の中心へ引きずられていった。
ボコンッ!
屋敷の柱が折れ、倒壊していた。
柵の残り火が酒に引火し、屋敷ごと燃えていく。
ブオッ!
追撃とばかりにリオが炎のブレスで焼いていた。
「やっぱり実戦は大事だな。何が起こるかわからない」
「こんなボスを倒した後に言うセリフがそれかよ。コタロー」
「何でも身につけておくものだな。使わないと思っていた太鼓が役に立つとは」
俺たち3人は、燃える屋敷を見ながら拳を突き合せた。
「お前ら、本当に学生か!?」
騒ぎが収まったからか、衛兵の新人が森から出てきた。
「ええ。疑っているなら、中央の学校に問い合わせてください」
「とりあえず、オークの群れの討伐完了ということでいいですかね?」
「ああ、これで死んでなかったら、誰にも倒せんだろう」
「荷物まとめて帰ろう。ああ、クイネさんの服を燃やしちまったよ。帰り道を教えてもらえますか?」
燃えてしまっては『もの探し』が使えない。
「はぁ、衛兵をやってく気が失せたよ……。こっちだ」
丘を越えて森を進み谷を過ぎて、村に辿り着いたのは明け方になっていた。
「お、ようやく帰ってきたか」
村の入り口でクイネさんが待ち構えていた。
「報告いたします! オークの群れ、及び、ハイオーク二体、オークウィザード一体、サイクロプス一体、すべてこの学生たちによって討伐を完了。さらに、敵は再生しキマイラとなって襲い掛かるも、彼らには及ばず。根城にしていた屋敷ごと燃えたことを確認しました。衛兵の私は、一切の手出しはできませんでした。以上!」
「依頼達成、御苦労!」
衛兵間の報告事項は済んだようだ。
村の住民たちも起きていた者たちがほとんどで、すぐに駆け寄ってきた。
「すみません。服を一枚おしゃかにしてしまいました」
「いいんだよ。それより、コタローを待っている魔物たちがいる。会ってやってくれ」
クイネさんの後ろから、アラクネの集団が待ち構えていた。全員女性で胸当てを着けているので兵士たちに見える。特に知っている顔はいない。
「大渓谷守備隊、及び、諜報隊です。人族、コタローとはあなたのことですか?」
「そうです」
返事をすると、大柄のアラクネがずいっと前に出て、俺に迫ってきた。
「辺境にいる学校主席のアラクネ、中央織物工房主任アラクネ=アラク、そして姿をくらましつい先日、塔の管理者として報告してきたアラクネ=クイネの3名それぞれから、コタローという人族に関して、保護するよう要請があった」
「はぁ……」
「アラクネには独自の情報網がある。1名からの要請では動くはずもないが、3名それぞれとなると話が変わってくる。しかも、それぞれ独自の道を進んだ者たちだ。人族としては異例ではあるが、最重要個体として我らが大渓谷までお連れ致す。よろしいか?」
寝不足でちょっと意味が分からなかった。俺は思わずクイネさんを見て助けを求めた。
「要するにコタローのために、大森林のアラクネ兵が迎えに来たってことさ」
「ああ、大渓谷って大森林の中にあるんですか」
「いかにも」
「じゃ、お願いします。ただ、眠いので今日は休んでも……?」
「どうぞ」
ちょうど朝日が昇り、村に日が差し込んできていた。




