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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
中央町の生活

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53話「衛兵の事情と取り残されたオークたち」


「もう行くのかい?」

 日暮れ時に、戦闘の準備をした荷物を小さいリュックに詰めていたら、クイネさんが心配そうに聞いてきた。


「夜の方が襲撃しやすいんだと思いますよ。オークたちの場所もだいたい位置がわかっているみたいですし」

「そうなんだ。でも、あんたたちは学生なんだし後方部隊なんだろ?」

「どうでしょう……?」


 リザード村までやってきた衛兵は3名だけ。オークの群れと戦うには心もとない。だからこそ、依頼を出したのだろう。酒蔵の中年リザードマンたちも来るが、ほとんど馬車の回収要員だ。


「作戦はあるんだろ?」

「もちろん、あります。回避率の上がるベストも使わせてもらいますよ」

「なら、いいか。一応、そのベストはまじないがかかっているから、裏返しに着ると効果は反転するから覚えておきなよ。どこで使うか知らないけれど」

「あ、そうなんですか」


 回避が反転するということは攻撃が集中するということか。こっちの方が使えるような気がする。リオはすでに『見切り』というスキルを取得したらしい。


「俺も『投擲』スキルを取ったよ」

 ロサリオは毒も砂も投げるので、取っておいた方が命中率が上がる。

 俺もまだまだスキルを取得できるはずだが、仕事で使えるスキル以外を取るのは迷ってしまう。



 出発して、日が暮れる直前。ようやく事件現場に辿り着いた。


「あ! あれだ!」

「日が暮れる前に運んじまおう!」


 リザードマンたちが馬車を見つけ、全員でひっくり返った馬車を戻した。


「馬はどこに行ったんだ?」

「オークたちに食われちまっているよ」

「くそっ」


 リザードマンたちは悪態を吐きながら、村に運んでいく。サイクロプスやオークを襲撃する気はさらさらないようだ。それは衛兵たちの仕事と思っているのか。


「さて、暗いな。明日にするか」

「え?」

 衛兵もオークの群れを追うつもりはないらしい。


「オークの拠点に行かなくていいんですか?」

 さすがに場所くらいは見つけておいた方がいいだろう。


「君たちは中央から来たんだろう? 暗い森の中で動くと方向もわからなくなる。どうせ場所はわかっているんだ。明け方に様子を見に行った方がいいだろう」

「俺、『もの探し』のスキルがあるんで、もしオークの持ち物があれば、方向はわかりますよ。もちろん、村にも戻れます」


 リオがオークが落とした布切れらしきものを見せてきた。これで居場所は追える。

 衛兵たちは困ったように空を見上げた。村に帰っていくリザードマンたちの姿が見えなくなるのを待っているようにも見える。


「我々の仕事は治安維持だ。名目上、オーク討伐とは言っているが、数日村とこの道を警備するのが仕事さ。深追いすれば何が起こるかわからないからな」

「建前ってことですか……」


 前の世界で建前を続けていった結果、後にすべてのしわ寄せがやってくるニュースを何度も目にしていたため、ものすごく拒否反応がある。


「不満げな顔だな」

「失礼しました。でも、実体のない仕事をすると後々しわ寄せがやってきて、誰かを失うことにもなりかねません。精神、病みますよ」


 後悔しないように、ちゃんとやれるだけの仕事はした方がいい。報酬が出ない時に文句を言えるように。


「もう病んでいるんだ。この件の前に、大森林の奥地で大型のキマイラが出てな。同僚を失った。少し休ませてくれ」

 治安維持が目的なら、オークの群れをとっとと討伐した方がいい。しかし、衛兵の隊長はすでに心が折れてしまっている。


「自分が行きますよ。奥地でそれほど動けませんでしたし、なるべく早めに対処した方がいいのは確かですからね。これから中央の学生たちもスカウトしないといけませんし」

 衛兵の新人らしきウェアウルフが隊長に提案していた。


「わかった。ただし、深入りはするなよ。自分たちで責任を取れる範囲でな」


 衛兵の隊長は部下を一人連れて村へと戻っていく。


「さ。俺たちは仕事をしよう」


 衛兵の新人は、道に広がったワインに砂をかけていた。


「いいんですか? 俺たちなんかの御守をしていて。疲れてるんじゃ……」

「いいの、いいの」


 新人のウェアウルフはあっけらかんと言った。


「でも、同僚がキマイラの犠牲になったって……」

「あれは何というか、仕方がないというか……。実力のない衛兵が出世と報奨金のために囮役を買って出て失敗したんだ。当然だよ」

「そうなんですか」


 俺もそうだが、リオもロサリオもなんと返していいかわからないでいる。


「衛兵になるとさ、誰が討伐したのかが重要で、結局誰を救っているのかわからなくなってくる。バカバカしいだろう? 組織ってのは序列がはっきりしている。学はあった方がいいぞ。スタートラインも全然変わってくるから」


 衛兵の大変さを教えてくれた。


「で、オークを追ってもいいんですかね?」

 助けるのは周辺の村の魔物たちと、交易路の安全確保と仕事ははっきりしている。俺たちとしては衛兵に所属しているわけではないので、依頼を達成したい。


「ああ、やれるだけやってみな。自分は後ろから見てるから、危なくなったら逃げよう」

「じゃ、その辺は適時止めてください」


 俺はリオが拾ってきた布に『もの探し』のスキルを使う。

 黄色い光が頭上まで上がった。方向は森の奥深く。サイクロプスが逃げていった方角だ。


「サイクロプスの足跡を追っても行けそうだ」


 俺たちは躊躇なく森の中に入っていった。


「魔石ランプも松明もないのに大丈夫かい?」

 衛兵の新人が心配していた。


「全然、大丈夫です」

「先日、真夜中に沼を渡り切ったので、この程度は明るいくらいですよ」


 鍛えたくて鍛えたわけじゃないのに、俺たち3人は夜目が効くようになっていた。


 藪をかき分け、枯れ葉が積もる坂を上る。荷物も少ないのでどんどん進んでしまうが、付いてくる衛兵の速度が遅い。


「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だぁ。臭いで追えるから先に行ってていいよ」


 ウェアウルフは鼻が利くから探索には向いている。


「わかりました」

 許可も出たので一気に丘を駆け上がり、頂上で周囲を見渡した。


「あそこだ」

 リオが東に廃村を見つけた。微かに明りのようなものが見える。

 サイクロプスの足跡も東へ向かっていた。


「これだけ足跡をつけてオークたちは追われないと思ってるのか?」

「罠があるかもしれない。解除して張り直していくから、ここからは慎重に行こう」

「そうだったな。コタローは罠師か」


 俺が先頭になって、丘を下りながら罠を探す。


「おかしい。罠がない。山賊だって少しは罠を仕掛けるだろ?」

「それだけ野生に戻っちまってるってことさ」

 リオは呆れていた。


「いや、もう廃村の入口が目の前だ」

 昔の門があったらしいが、今は柱だけしか残っていなかった。

 村の中も建物はほぼ倒壊し、苔が生えた箪笥が倒れていた。壊れた樽や壺も多い。


「これ薬箪笥だ。ほら……」

 ロサリオがたくさん引き出しがある箪笥を見ていた。


「オークは、かつて回復役として優秀だったからな」

「そうなのか?」

「コタローは知らないか。独自の再生スキルを持っていたから、アンデッド系の魔物ともかかわりが深かったはずだ。だよな?」

 リオがロサリオに確認を取っていた。


「そう。魔物は昔、人間の薬草も使えなかったから、結構重要な種族だったんだ」

 ロサリオも知っているらしい。


「戦いが少なくなって怪我をする魔物が減ったらお払い箱になったってこと?」

「そうかもな。同情できるか?」

「同情はするけど、もっとやりようはあっただろう。病人や怪我人がいなくなることはない。時代に取り残される前に、恐れずに動かないとな」

「そうだな」

「俺たちは動こう」


 廃村には唯一明かりが灯っている屋敷跡があった。周囲に廃材が柵のように置かれている。中から、オークの声が聞こえてくる。奪った酒で酒盛りの最中か。


「罠は仕掛けられないのに、柵は作れるのか?」

「棲み処ってことだろう」

「落とし穴を仕掛けていくから、作戦通りやっていこう」

「これ、なんだと思う?」

 ロサリオが地面に模様を見つけた。


「なんだ? これ。ちょっとした溝に見えるけど……」

 屋敷を囲むように模様を施した溝がある。

「雨が降った時用の側溝じゃないのか?」

「側溝にしてはこんな模様があるのは変だ。そもそもここは下水道が通っているのか?」

「確かに、中央ならまだしもこんなところで……」

「まじないか? それとも魔法陣か……?」


 俺たちは警戒しながら、屋敷周辺に罠を仕掛けていった。逃げる時用に屋敷の西にある森にもアラクネの紐や丸太罠なども仕掛けておく。


「相手は酒を飲んでいるとはいえ、サイクロプスみたいな巨人も従えている。油断するなよ」

「わかってるよ」

「やるか」

 

 後ろを振り返ってみたが、衛兵はまだ来ない。

 月が東の丘から昇ってきていた。


「さぁ、いこう!」


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