50話「アフロヘアのクイネさん」
岸で焚火をしながら服を乾かしていたら、森の奥から、誰かがこちらに向かってくる音がした。
追手かと思い、3人とも自分の得物を手にいつでも飛び出せる準備をした。相手が単独なら、まだ戦える可能性は高い。もしかしたら野生の魔物かもしれない。
ただ、その魔物は追手でもなく野生の魔物でもなかった。
「あいたたた……。枝が刺さっちまったよ」
もじゃもじゃとしたアフロヘアのアラクネが藪をかき分けて出てきた。服はアラクネの布で作った独特の蜘蛛の巣模様。別に敵対するつもりはなさそうだが、片手斧を手にしている。枝を払っていたのか。
「焚火が見えたから何かと思ったら、あんたたち何をしているんだい?」
「あの、対岸の村から逃げて来たんです」
「小屋に火を点けられて殺されそうになったので……」
「そうか……。そりゃあ、大変だったね。そこで寝ていると風邪ひくし、衛兵にも言わないといけないから、とりあえずうちに来な。なぁに、うちは私一人しか住んでないから、危険じゃないよ」
襲撃にあったばかりなので、信じていいのかわからない。
「あ、ただ私の家の周辺は罠だらけだからね。まぁ、ここで寝ててもいいけど、注意したほうがいいよ」
わざわざ罠があることを教えてくれるってことは悪い魔物ではないか。
「行きます」
「すみませんが、軒先でいいので雨風をしのげる場所を貸してください」
「部屋は余ってるから好きに使っていいよ。こっちだ」
俺たちは荷物をまとめて、半裸のままアラクネの女性についていった。
「私はクイネだ。あんたたちは?」
「ドラゴン族のリオです」
「サテュロスのロサリオです」
「人間のコタローです」
それぞれ自己紹介すると、やはり人間に驚くようだ。
「それは珍しいね。どこから来たんだい?」
「元々は異世界から転生してきて、辺境でアラクネさんと会社を立ち上げて……」
「アラクネと……!? 辺境は進んでいると聞いていたけど、本当に人間と魔物の町を作ったんだねぇ」
「ええ。まだまだ、作ったばかりですけどね」
「大森林にはどうして?」
「仕事をしていると魔物の種族について知らないといけなくなりまして、中央の学校に通うことになったんです。彼らとは学友で、夏の間、修行も兼ねた旅に出ることになって……」
「社会に出てから学生になったのかぁ。それにしたって運が悪いね。あんな村、行く必要ないだろ?」
「化け猫店主の護衛の仕事をついていってしまって……。俺たちだけ逃げだしちゃって大丈夫ですかね?」
リオはまだ化け猫店主を心配している。
「大丈夫さ。村の住民はオークとかだろう? 馬や猫のスピードにはついていけないよ」
言われてみると確かにそうだ。上手く逃げていてくれるといい。
クイネさんは罠を仕掛けていると言っていたが、本当に周辺の森にはたくさん仕掛けられていた。落とし穴に丸太罠、矢の罠も上手く隠されている。森の罠はこうやって使うというお手本の用だった。
「罠を仕掛けるの上手いですね」
「わかるかい?」
「ええ。『罠設置』のスキルを持っているので」
「へぇ。便利だよね」
「はい。あのスキルがなければ、何度か死んでます」
「わかるわ。私はほらこんな辺鄙なところで一人で暮らしているだろ? 山賊も来れば獣も現れるからね。罠でもないと一々対応できないよ」
「一人だと寂しくはないんですか?」
勇気を振り絞ってロサリオが話しかけていた。
「アラクネには独自のネットワークがあってさ。手紙も来るし、時々、町にも行くからそれほど寂しくはないよ。むしろ、私には町の喧騒の方が煩わしくなっちゃって……。だから、アラクネじゃなく名前もクイネに改名したんだよ」
アラクネの種族は、皆、だいたいアラクネと言う名前で、言い方によって判別している。ただ、クイネさんはアラクネの中でも変わり者の部類だ。
「コタローは随分、アラクネと縁がある男なんですよ。中央でもアラクネの織物屋で下宿をしているんです」
リオがクイネさんに教えていた。
「そうなのかい?」
「ええ。なぜかわからないですけど縁がありますね」
「糸や紐に関するスキルを持ってたりしない?」
「ああ、『もの探し』って光る紐で、持ち主や由来を特定するスキルを持ってます」
「それも影響しているんだろうね。私も嫌な感じはしない。ああ、ここだ。落とし穴があるからちょっと迂回しておくれ」
いつの間にか森を抜けて、クイネさんの増築を繰り返したような家に辿り着いていた。木造部分の母屋と石造りの塔がある。
「大きいですね」
「ああ。古い砦だったものをレプラコーンって魔物が改築していたんだけど、産業が潰れていってここにも住めなくなったらしい。そこを私がただ同然で引き取ったんだ」
ブラウニーとレプラコーンは屋敷に詳しいと誰かが言ってたな。
「さ、どうぞ。入って」
中もすごく広い。掃除するのが大変そうだが、埃が全然ない。
「きれい好きなんですね」
「私が? ああ、掃除が好きなのはスライムたちさ。小さい魔物なら使役できるから、捕まえてきて掃除をしてもらうんだ。沼にはいくらでもいるからね」
そういうスライムの使い方があるのか。
「寝床はどこの部屋でも使っていいよ。洗濯がしたかったら、塔の下に井戸がある。中庭に干しておけば、朝には乾くさ。シーツは後で出しておくよ」
「なにからなにまでありがとうございます」
「いいんだよ。それより、鹿肉って食べない?」
「食べます!」
3人とも腹が減っていた。
「交易に持って行こうか、ハムにしようか迷ってたんだ。あんたたちで食べてくれたら、こっちもありがたいわ。この時期、若い鹿が多くて大変なんだよ。スライムよりも畑を荒らすからね。あいつらは」
クイネさんは、人付き合いが苦手と言うわけではなく、町が嫌いなだけかもしれない。
ひとまず、俺たちは隣同士の部屋に荷物を置いて、洗濯を済ませた。中庭はいい感じの風が屋根から吹き下ろしてきて、洗濯物もすぐに乾きそうだった。
ふと塔の扉を見ると、少しだけ開いていた。中は幾何学模様が刺繍が施されたタペストリーやいろんなデザインの服が並んでいる。クイネさんは服を研究しているのか。
俺たちは手を洗って、ダイニングへ向かった。
「辛いのが好きだったら、辛子と山椒をかけるといい。肉はたくさんあるから、どんどん食べてね。野菜はうちの畑で採れたものだから、毒は入ってない。罠だらけだから、スライムも鹿も入ってきてないよ」
煮込んだ大きな鹿肉が、木の深皿に乗っかっている。
野菜はサラダボールサイズ。塩やチーズまで用意されていた。普段なら、食べきれるか不安になるところだが、今は腹が減って仕方がない。
「「「頂きます!」」」
「ああ、食べて」
癖があるのかと思った鹿肉は新鮮だったからか、全く臭みもなく、口に入れた途端ほろほろと解れた。肉汁もあふれ出てきて、めちゃくちゃ美味い。
「美味いかい?」
「美味いです」
「なら、よかった」
俺たちは「美味い」「美味い」と言いながら、料理を平らげていった。
「若いってのはすごいね。全部平らげるとは……。お代わりいるかい?」
「大丈夫です」
「「「御馳走様でした」」」
3人とも腹がはちきれんばかりになっていた。
お茶を飲み、3人とも自室へと向かった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
俺は一人、アラク婆さんに言われたミッションを遂行する。『影隠しのマント』を抱えて、台所へと向かった。
「あら、どうした? まだ食べるかい?」
「いえ、クイネさんに尋ねたいことがあって」
「なに? ちょっと待ってな。片付けちゃうから」
「手伝います」
俺はクイネさんが洗った皿を布巾で拭いて棚に戻していった。
「なにが聞きたいんだい?」
「アラク婆さんというアラクネをご存じですか?」
「いや、知らないね。知り合いかい?」
「下宿先の大家さんなんですけど、中央に来る時、故郷からこの『影隠しのマント』を盗んだそうで……」
「これが『影隠しのマント』だっていうの!?」
クイネさんはマントを見て驚いていた。知っているのか。




