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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家
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5話「ヒモ生活は穏やかに」


 翌朝は、魔物は狩らずに獣の罠を仕掛けに向かう。

 レベルが上がったからか、作業の速度も飛躍的に上がった。仕事を覚えたとも言う。


 家庭菜園の方も順調に畑を広げ、骨粉を撒いて種を植えていった。魔物の骸骨ではなく、ちゃんと猪の骨を砕いたものだ。


 料理も洗濯も、なぜかアラクネさんが「大丈夫。私がやるから」とやってくれるので、昼までには家の仕事はすべて終えてしまっていた。


 昨日はナイフだったが、今日は錆びた剣で『もの探し』スキルを使ってみることにした。


「検証するの? だったら私も見たい」

 アラクネさんは肉を塩とハーブで漬け込んだものを準備だけして、俺についてきた。

 なんとなく『もの探し』は二人の趣味みたいになってきているので、夕飯前の楽しみとしてはほどよい。


 錆びた剣にスキルを使ってみると、持ち主はやはり坑道跡にいるらしい。ただし、持ち主は前に粉々に砕いた骸骨ではなく、坑道の中にいるようだ。


「もちろん、つるはしは準備してあるわよ」


 アラクネさんはいつでも用意がいい。

 アラクネさんでも入れるような大きさに穴を広げた。体力だけはバカみたいについていたおかげで、一気に掘り進められる。採掘スキルを取れば、もっと楽だというが、素材集めでそれほど他の人と差が出るとは思えないので、一旦保留した。

 未だに、どんなスキルにポイントを使うのか悩んでいるが、あまり自分のために使うのは今の時代に向いていないような気がしてならない。魔物を倒して、名誉や誇りを求めるよりも、人と魔物を結ぶ懸け橋のような役割をしたい。

 これを真面目に言うと、アラクネさんは笑っていた。


「コタローらしいけどね」

「そうかな。あ、ほら、これくらいで通れそう?」

「うん」

 アラクネさんがランプに火を灯し、暗い洞窟の中を照らす。

 坑道はかなり奥の方まで続いているが、途中の脇道では崩落の跡があったり、死体が転がっていたりして危険な香りがする。


『もの探し』スキルで伸びていった光る紐の先には、冒険者の死体があった。骸骨がこの死体から奪ったものだろう。ひとまず、冒険者が持っていた荷物も含めてすべて外に運び出した。


「死ねば皆、仏になるっていう宗教があってね」

 手を合わせてから、着ている物を脱がせていく。インナーの服はすでに血でボロボロになっていたが、鉄の胸当ては錆を落として使えそうだ。革のリュックの中には衣類やわずかな食料の他に、恋人に買ったと思われる指輪が入っていた。


「こっちの世界でも結婚と婚約の時には指輪を贈るの?」

「さあ? 私は人間じゃないからね。喋れる魔物界隈だと、アクセサリーよりも服が主流だね。相手のために仕立てるっていうのが思いがこもっているからさ」


 俺はアラクネさんに服を贈る日が来るのだろうか。

 遺体はしっかりと焼いて埋めておく。墓らしい墓は作れないが、胴体くらいのサイズの岩を置いて、名前を彫っておく。悪いことをしているわけではないので祟られることもないだろう。


 塞がっていた元坑道で亡くなった冒険者が見つかるのは珍しいだろうと、金品や冒険者カードと呼ばれるドッグタグ、胸当てや指輪を持って、再び辺境の町の冒険者ギルドへと向かう。

 冒険者ギルドは相変わらず混んでいる割に、依頼は少ない。再試験を受けるのは、当分先のようだ。


「ドッグタグは受け取りますが、他のものは拾った方が持っていって構いませんよ。もしよろしければ、鎧や装備はこちらで処分しておきますが……」

 ギルドの職員は、ドライに説明してくれる。指輪だけ、なにか捨てられずに『もの探し』を使ってみた。


 光る紐は天井まで届かず、案外近いことがわかった。

 紐を辿ってみると、広場近くの薬屋の中に向けられている。


 カランとドアベルを鳴らして中に入る。夕方だからかお客はいない。


「ごめんください。ここにサイモンという冒険者の知り合いの方はいらっしゃいませんか?」


 カウンターには店員もいなかったので奥に声をかけてみる。サイモンというのが、ドッグタグに彫られていた名前だ。


 しばらく待って、誰も出てこなかったら帰ろうと思っていたのだが、中年のエルフの女性が出てきた。薬を作っていたのか、すごい臭いがするエプロンを付けていた。


「いらっしゃい。なにかお困りで?」

 スキルで見える光る紐は完全に彼女の指に結ばれている。

「ええ、サイモンという冒険者に心当たりはありませんか」

「……ないね」

「そうですか。こちら、あなたへの贈り物としてサイモンが持っていた指輪です。受け取ってはもらえませんかね?」

「そんなもの貰っても迷惑なだけさ」

「そうですか。わかりました」


 断られる場合もあるか。結べない縁というのもあるだろう。こればかりは人間関係だ仕方がない。


 俺はドアを開けて立ち去ろうとしたら、エルフの薬屋が声をかけてきた。


「ちょっと、ちなみにその冒険者はどこにいるんだい?」

「森の古い坑道跡で見つけました。今はうちの庭に墓の下です」

「そうかい」


 エルフは何か言いたげだったが、俺たちはドアを閉めて出た。


「知り合いだったんじゃない?」

「たぶんね」

「話を聞かなくていいの?」

「大事な人を失った時は、現実を受け止めたくなくて、時間がかかるんだ。話は、いつかあの女性が話をしたくなったらでいいじゃないか」

「そうね」


 エルフの薬屋が家に来たのは、それから数日後のことだった。

 俺たちが家庭菜園で雑草を抜いているときに、何も言わずに現れワインの瓶を持って墓にお参りをしていった。


「あんたたち、私とサイモンの関係をどこで知ったんだい?」

「俺の『もの探し』というスキルで。落とし物の持ち主を探すのに持って来いのスキルで、ゆかりのある人に紐が伸びていくんですよ。探知スキルの下位互換らしいんですけど、気に入って使ってるんです」

「そうかい。珍しいスキルを握りしめてるね。大事にしな」

「はい」

「まだ、あの指輪は持っているのかい?」

「ええ」


 俺はいつでも渡せるようにポケットに入れていた。


「やっぱり、この指輪の縁は、どうしてもあなたのもとに伸びているんですけどね。受け取ってはもらえませんか」

「仕方ないね。あんたたちが持っていても迷惑だろうから、貰っておくよ」


 エルフの薬屋は、指輪を受け取って左の薬指に嵌めていた。サイズはぴったりで、白い肌に金の指輪がよく似合っていた。


「お礼と言っちゃあなんだけど、これ、毒消しのお茶の種だ。よかったら、菜園の隅にでも植えてみておくれ。虫除けにもなるだろうから」

「ありがとうございます」


 お礼を言うと、エルフは小さく頷いて、森の坂道を下って町へと帰っていった。


「恋人だったのかな?」

「どうなんだろうね。でも、大事な人だったことは確かでしょ」

「コタローの『もの探し』は不思議なスキルね」

「なかなかこの紐はお金に結びつかないんだけどね」

「また獣でも狩らないとね」


 金の切れ目が縁の切れ目だというが、俺とアラクネさんは切れ目だらけだ。

 相変わらず、俺のヒモ生活は続いているのに、捨てられないものばかりが溜まっていくような気がしている。




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