48話「スライムの討伐はちょうどいい」
「結局のところ、いくら机上で戦っていても、実戦をしないとわからないことは多いってことだよな」
リオは昨晩の戦術ノートを見ながら、馬車の横を歩いていた。
「その通りだ。周囲の警戒を怠るなよー」
「選択肢が増えたことで、状況判断を速やかにしないといけなくなったってことでもあるんだぞー」
俺もロサリオも周囲の森を警戒していた。魔物は森の中なら幾らでも見つけられる。向こうがこちらに敵意がないというだけで、見逃していることは多々あることもわかった。
不要な戦いは避けるのが自然の掟なのか。
化け猫の店主は集落に辿り着くと、すぐに荷台の幌を開けて店を出す。大森林の奥に行けば行くほど、住人達が持っている金が少なくなっていくから物々交換になるらしく、序盤でお金は稼いでしまうのだとか。
長く続く谷を越えたあたりで、一度休憩を入れた。
「この辺りから、住民たちのルールが変わるんだ」
化け猫店主は煙管タバコの煙を空に向けて吐き出していた。
「商売がしにくくなるってことですか?」
「まぁ、そうだなぁ。村や集落には必ず長がいるが、住民たちはほとんど長の奴隷のように働いている。そうじゃないと生きられないのさ」
村を治めている者が主人ということは、衛兵や国の管理が行き届かないところで好き勝手やっている地域と言うことだ。地域で法が違うようなことか。
「極端に女性が多い場所は、魔王への信仰が強い。ただ、お前さんたちが行きたがっているスライムが大発生していたようなところは、その辺の山賊と変わらないかもしれん。気をつけた方がいい。種族は関係ないからな」
俺とリオは特に注意されていた。人間やドラゴン族への偏見は色濃く残っているのか。
「売られないように注意しないとな」
リオは皮肉っぽく笑っていたが、そういうことは起こり得るってことだ。
休憩を終えて、熊が多いという地域を足早に抜けると、時々山賊を見かけるようになった。普通にオークやコボルトが剣や斧を担いで山の中を見て回っている。
化け猫店主は顔見知りのようで挨拶をしていた。特に何かを取られるわけではないし、嫌な絡まれ方もしない。
「彼らも商売さ。こちらがいなくなると、本当に商人が来なくなると困る。この先にいる長の機嫌を悪くすれば、自分たちがどうなるかも知っているんだよ」
地域の長が、山賊長のようなことまでやっているのか。
丘の頂上まで上がり周囲を見渡すと、大きな沼が現れた。その沼を迂回した先に目的地があるらしい。
すぐ近くでヘドロの臭いがして、水面が盛り上がっている。
「あれがスライムか?」
「そうだ」
リオはしばらくスライムを眺めていた。
「打撃も斬撃も利かない。氷魔法を当てて固めてからじゃないと基本的には攻撃は当たらないと思った方がいい。あとはどうにか鍋の中に入れて焼いてしまうか。どちらにせよ、中にある核の魔石を壊さない限り死なない」
「スライム駆除の依頼があれば受けるんだろ?」
ロサリオは期待した目で俺を見てくる。
「そのつもりだ。沼地全体にいるなら、いろいろ試せるだろ?」
「修行向きの魔物ってことか」
「いや、鍛錬もだろ?」
昨夜考えていたことを全部試してみたい。そう思ったら、俺たち3人のテンションは上がっていた。
スライムの特徴は弱点がわかっているのに、防御力が高く増えると厄介であることだ。ちょうど夏になると沼から上がってきて、畑に侵入されると被害は拡大する。ヘドロまみれになって作物は食べられるし、農具も折られることがあるらしい。
形もバラバラで納屋を飲み込む個体がいたと記録されている。
ロサリオは得意げに説明していた。
「ロサリオは物知りだな」
「これくらいしか楽しみがなかったんだよ! 俺に蘊蓄を語らせろ!」
旅に出て、町での鬱憤を解消しているようだ。
沼を迂回して、小高い山の麓に村はあった。
「鉱山主がこの村長だ。挨拶に行ってくるから、村の中でも見て回っていてくれ」
化け猫店主は馬車を村の奥にあるペンションという名の小屋に停めて、坂道を登っていった。
幸い、ペンションには空きがあるらしい。
夜中まで討伐計画を立てることもあり、化け猫店主には悪いので俺たち3人で一小屋、借りた。
「スライム駆除の依頼ってありますかね?」
ペンションを貸してくれたオークの爺さんに聞いてみた。
「ああ、それは毎日依頼が出てるよ。狩れるものなら狩ってみな」
「わかりました」
「お前さんたちは、どこから来た?」
「中央です」
「こう見えて僕らは学生で、修行の旅をしている最中です」
リオがにこやかに説明していた。よそ者への視線は痛い。畑にいたゴブリンたちもこちらを睨むように見ていた。
「そうか。学生さんか。まぁ、スライムの討伐は、ここじゃ終わらないから気張らずにやってくれ」
「ありがとうございます」
俺たちは小屋に荷物を置いて、沼へと向かった。
「どう思う?」
「あんまり武器を見せない方がいいのかもな」
「厄介な連中が来たと思われてるだろ?」
「魔物の討伐より、地域社会とのコミュニケーションの方が難しいや」
俺たちはスライムの討伐に集中することにした。
やることは決まっている。初めは実験からだ。
軍手をして、なるべく触らないようにしていた生石灰の袋を取り出す。アウラ先生と一緒に作ったので、効果は実験済み。ただ、実戦で使う者を見たことがないとは言われた。
まぁ、大丈夫だろう。
暑さで沼の岸に上がっているスライムに生石灰を振りかけてみる。気配を覚られないように『忍び足』を使えば、ほとんど動かないスライムには難なく近づけた。
ジュワッ。
水と生石灰が反応して発熱。煙が出てきた。スライムは何が起こったのかわからないまま、体が溶けて萎んでいった。
「溶かしていくはずのスライムが、溶けていくぞ……!」
「表皮も溶けてしまったら、もう元に戻るのは難しいんじゃないか?」
リオとロサリオは声を潜めて興奮していた。
すっかり固いジェル状になったスライムの身体から、核の魔石を取り出して、討伐は完了。粘液ジェルを採取して、残ったぬるぬるは沼に戻しておいた。魚が食べるか、水に溶けていくだろう。
「なんか、あっけなかったな」
「いや、そんな薬でスライムを倒そうとする奴がいなかっただけだ」
リオは生石灰の袋を見て引いている。
「とりあえず生石灰さえあれば倒せることがわかったな」
「この白く残った薬はどうなるんだ?」
「畑にまくと作物が育つ」
「いいことだらけじゃないか?」
「軍手しないとかぶれちゃうくらいか。目に入ったりすると危ない」
「そりゃそうだな」
「じゃ、倒し方がわかったところで、精度とタイミングの鍛錬をしよう」
「よし」
リオが剣を抜き、ロサリオが杖の先にナイフを括り付けた槍を構えた。俺もナイフを取り出した。
先ほど倒したスライムよりも大きな、大型犬くらいのスライムを相手にする。
ボヨンッ!
斬撃も突きもまるで効き目がない。
ブシュッ。
粘液を飛ばしてくることもあるが、警戒していたのでかかることはなかった。粘液が出てくる口も注意深く見ていれば、表面に穴が開いているので見える。ただ、これが大量発生したらと思うとかなり厳しい。
スライムの口に刃物を突っ込んで、表皮を切り裂けば、デロリと粘液が出てくる。修復能力は高く、すぐに切り口は再生されて若干身体が縮んだ。
「繰り返せば倒せるけど、効率が悪いな」
「薬の効果を見てしまうと特にだよ」
「繰り返す、か……」
斬撃も突きも凹みはする。素早く凹ませていけば、核まで到達しないだろうか。
「本来はそうやって核を割るんだよ。だから、スライムの核がきれいな状態で発見される方が珍しい」
ロサリオは俺の持っている核を見て言った。
「でも、凹んだら核も動いてないか?」
半透明のスライムの核は光に透けて見えている。攻撃された時に衝撃から逃げるために移動させているのも見えていた。
「確かに……」
「本来、めちゃくちゃ難しいことをしないと倒せないんじゃないか」
「口の後ろから突くと同時に、口を切ったらどうなる?」
「粘液にかからないように?」
「それこそ精度とタイミングじゃないか」
「鍛錬にはちょうどいい」
学生のいいところは時間だけは有り余っていることだ。
リオが注意を引いて、スライムが口から粘液を出す直前にロサリオが後ろから槍で突く。
ブシャッ!
大量の粘液が飛び出している口を切り裂ければ、核も飛び出るはずなのだが、粘着性が高い粘液に阻まれた。しかも粘液がかかった皮膚は火傷したように痛い。沼で毒の粘液を洗い落としながら、ひたすら繰り返してタイミングを覚えるしかない。
ブシュッ……、ポンッ。
戦っていたスライムの口から核が出てきたのは、日が傾き始めていた頃だった。
「できるもんなんだな」
「もうかなり小さくなっていたからかもしれない」
「でも、討伐できることがわかれば、あとは精度を上げるだけだ。ほら、核の魔石もきれいだよ」
布で拭くと傷一つない魔石が輝いて見える。
「やるか!」
「よし!」
俺たちはこうして連携を取りながら、スライムをひたすら討伐していった。




