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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
中央町の生活

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46話「馬屋のケンタウロスの娘」


 大森林に入ったら、町なんかないのかと思ったが、そんなことはなく街道は続いているし、危険な山道に入らなければ民家もところどころあるようだ。

 当然、宿場町もあり、俺たちは安い宿の大部屋に泊まることにした。

 ふと馬小屋に、若いケンタウロスが目に入った。


「え!? ケンタウロスって魔物じゃないの?」

 汚れてはいるが服も着ているので、家畜扱いは酷いんじゃないか。

「ああ、たぶん輸送業者に売られていくんだよ」

 ロサリオは簡単に予想していた


「ん? でもコミュニケーションは取れるだろ?」

「人間の国でも奴隷っていう制度くらいあるだろう。きっとそれと同じだ」

 人身売買のようなものか。

「でも、若すぎないか? 犯罪奴隷ならまだわかるけど……」

「家に借金があったりすると仕方ないさ。飢饉があったりするとなおさら、働ける娘や男手は売られる」

「中央でも、時々いるだろ? 鎖でつながれている魔物を」

「いや、それは罪を犯した魔物が衛兵に繋がれているのは見かけたことがあるけど……、ああいうのは見たことがなかった。そうか」

「そんなにショックか?」

「ああ。前にいた世界では人権があることが当たり前だった。つまり職業選択の自由や人格を否定されないことや財産の保有なんかは権利としてすべての人間にあったし、国の教育は義務だったんだ」

「それは随分優しい国に住んでいたんだな」

 リオは驚いていた。


「それで成り立つのか?」

「少なくとも俺が生きているうちは成り立っていた。いや、ほころびもあったと思うけれど、少なくとも表だって、人を商品として売買するようなことはほとんどなかったんじゃないかな」

「娼館は?」

「あれは立派なサービス業として成り立っていた」

「へぇ~」

「でも、人権って難しい上に厄介だって社会学者が言ってたな」

「社会に学者がいるのか!?」

 ロサリオは変なところに驚いていた。


「社会がどうやったらよくなるのかとか考えている人たちだよ。働き方とか、子育て、教育なんかも考えていたんじゃないかな」

「範囲が広いな。で、コタローはどうするんだ? あのケンタウロスの娘を買うのか?」

「いや、買わないよ。というか、買えるのか?」

「魔物売買の業者次第じゃないか」

「ええ、そうなの~」

 買えてしまう場合、どうやって自分の良心の呵責と折り合いを付ければいいのかわからなくなる。


「聞いてみればいいんだよ」


 ロサリオは、「自分が聞いてみる」と馬屋のケンタウロスに声をかけに行った。俺は思わず肩を掴んで止めてしまった。


「なんだよ」

「いや、もしかしたら親御さんに売られて寂しい思いをしている最中かもしれない娘に、『君っていくらで売られたんだい?』って聞くのか? やめておいた方がいいぞ」

「でも、どう見ても売り物だしさ……」

「気持ちを斟酌してやる必要はない、か……」

「でも、泣き出したり、蹴られたりする可能性は高いぜ」

 リオも止めた。


「じゃ、どうする? 見なかったことにするのか?」

 見てしまった以上、先行きは気になってしまっている。

「いや、持ち主に聞いてみるのがいいんじゃないか?」

「そうだな」

「なんだ、お前たち。ワシのケンタウロスになんか用か?」


 鳥の羽にでっぷりと太った腹のハーピーが声をかけてきた。このハーピーのおっさんは、どうやってももう飛べそうにない。


「あのケンタウロスに買い手は決まってるんですか?」

「まだだ。これから中央の市場に行って、聞いてみるところだが、まぁ、配達業をやっている店にでも売ろうかと思ってる。あの小ささじゃまだ農家の助けにはならんし、馬車を牽くにも力が足りない」

 配達業なら倉庫で雇えるかもしれない。

「いくらで売るつもり?」

「そりゃあ、相場を見てだな。まぁ、銀貨15枚以下で売るつもりはないが……」

 銀貨15枚なら、払えてしまうじゃないか。どうすればいいんだ。

 このハーピーは魔物を売買することで生計を立てているわけで、人攫い、いや魔物攫いのような職業をしているわけではないのだろう。


「お、どうする? お前たちが買うか? 見たところ旅の者だろう? 少しなら荷運びはできるぞ」

「んん、ちょっと考えさせてくれ」

「ああ、明日までには考えておいてくれ。明日の朝には中央へ出発するから」

 ハーピーはそう言って、買ってきたワインを片手に宿に入っていった。


「どうするんだ?」

 ロサリオが大きめの声で聞いてきた。


「あんたたちに買われても、私は役に立たないよ」

 話が聞こえていたのか馬屋の彼女が直接話しかけてきた。


「そうなの?」

「さっき宿を取った旅の者だろ? あんな大きな荷物は運べない。よっこいしょ」


 ケンタウロスの彼女は、掛け声とともに立ち上がった。すらっとした脚が馬の足とは思えないくらい細い。


「栄養不足でね。足の病気さ。だから重い荷物での旅は無理よ」

「脚気か」

「なに? この病気のことを知ってるの?」

「脚気なら対処法はわかる。実家は金持ちだった?」

「そうね。でも、ついこの前、潰れちゃった。だから行く当てはないわ」

「そう。足が治れば、配達くらいはできるか?」

「まぁ、できるけど……」

「他にスキルは?」

「算学はそれなりにできるとは思う。元は庄屋の娘だから、記憶力も悪くないとは思うけど……」

「このまま、中央で一生を終えるつもりでいるかい?」

「中央に行けば足の病気を治せる者もいるだろうし、可能性があるんじゃないかと思って?」

「足は、ナッツとほうれん草を食べて休んでいれば治るんじゃないかな。肉とか食べる?」

「肉は苦手だけど、食べろと言われれば食べられるよ」

「じゃ、これ干した猪肉ね」


 ケンタウロスの娘に渡すとぺろりと食べていた。食欲不振と言うわけではないなら、治るだろう。何より、見ず知らずの俺から貰った物を素直に食べている。人間を信用するなとは言わないが、もう少し警戒心がないと中央でやっていけるのか心配だ。


「よし、じゃあ、買おう」

「買うのか?」

 リオは驚いていた。

「ああ、どっちにしろ誰か雇うつもりだったから」

「え? 私、あんたたちの旅についていくの?」

「いや、そうじゃない。辺境に人間と魔物の町がある。そこにアラクネ商会という倉庫会社があるから、コタローに雇われたと言えば、飯と寝床は用意してくれると思う」

「へ?」

「リオ。ハーピーのおっさんを酔わせて、ちょっとまけられないか交渉してみてくれないか?」

 とりあえず、銀貨を15枚渡しておく。


「言い値じゃなくて、価格を下げさせるのか?」

「そう。それ旅費の半分だから、稼ぎながら旅を続けると言っても、この先、野宿が増えるかもしれない。なるべく安くこの娘を買ってくれ」

「わかった。やってみよう」


 リオは宿に入っていった。


「ロサリオ。俺たちは、ビタミンの確保だ。俺は、ナッツとほうれん草をかき集めてくるから、スープを作ってくれる屋台を探してくれないか?」

「わかった」


 俺たちは宿場町を走り回り、スープづくりに奔走した。

 ナッツ類は乾物屋で袋買いし、ほうれん草は似た野菜を行商に来ていた農家から買い取った。


「おーい、スープ作ってくれるところ見つけたぞー」

「ちょうどよかった。今、野菜を買ったところだ。豚肉はないから猪肉だな」


 肉屋になければ猪を狩ろうかと思ったが、ブロック肉で売っていた。この宿場町は中央に近いので、大森林中から品物が届くそうだ。


 ミネストローネのようなスープを作っている屋台で、特製スープを作ってもらった。


「これ、少し売っていいかい?」

「どうぞ。薬膳スープとして売ってください」

 余った分は売り物にするらしい。


 特製スープをロサリオが持ってきた鍋に入れてもらって、宿に帰る。


「じゃ、これを飲んで」

「いいの!?」

 ケンタウロスの娘はスープを見ながら戸惑っていた。

「大丈夫。変なものは入ってない。屋台でも売ってるくらいだから。後で見に行くといい」

「わかった」


 ケンタウロスの娘が特製スープを飲んでいるのを見ていたら、俺たちも腹が鳴った。


「弁当、頼んで買ってきたんだ」

「お、いいね!」

 馬屋の側で俺とロサリオは弁当を広げた。


「うえーっ……」

 千鳥足になりながら、リオも宿から出てきた。はーぴーのおっさんに酒を飲まされたのか。


「ケンタウロスの娘は銀貨10枚で買い取った」

 かなりまけてもらったようだ。

「酒飲み対決をしたんだけど、俺は酒に弱かったみたいだ……」

「そうか。酔いがさめたら弁当があるからな」

「うん。よく皆、こんなものを飲めるな」

「ドラゴンだから酒には強いのかと思った」

「必要がなければ飲まん。明日は役に立たないかもしれん。あ~気持ちが悪い」

「ほら、ミントだ。噛んでると落ち着く」

 アウラ先生から貰ったハーブだ。

「そうなのか」


 リオは、ミントを噛み始めてすぐに気持ち悪さがなくなったようだ。


「すごいな! 一気に酔いが覚めた。あ、弁当食ってる!」

「リオの分もあるぞ」

「くれ! 腹が減った」

 馬屋の側で、3人がっついて弁当を食べていた。


「え? 私、買われたの?」

 ケンタウロスの娘は、スープを飲みながら戸惑っている。

「ああ、買った。ほら、証明書だ」

 リオが見せた証明書は、俺の懐にしまっておく。


「辺境の町、アラクネ商会、覚えた?」

「覚えたけど……。私が途中で逃げたらどうするの?」

「どうもしないんじゃないか。勉強代だと思うくらいだ。でも中央に潜伏しない方がいいと思うよ」

「俺たち3人から隠れて生きるの面倒だろ?」

「それに、この人間のコタローは、『もの探し』のスキルがあるから、すぐに見つかっちゃうよ」

「え!? 吸血鬼じゃなくて人間なの!?」

 吸血鬼だと思われていたのか。もう少しいい物を食べて血色をよくしよう。


「証明書にも書いてある」


 主人の種族欄には、確かに人間と書かれていた。


「ええ、大丈夫なの?」

「さあ? でも、試しに行ってみるといいよ」

「わかった。あ、私、ターウ。よろしく」

「コタロー。よろしく」


 旅の初日に、ケンタウロスの従業員をスカウトできた。上出来ではあるが、旅費を稼がなくてはいけない。


「ターウ。ケンタウロスの庄屋ってどこにあったの?」

「大森林の北の方。水がきれいで酒どころとして有名だったんだけどね。今は沼から現れたスライムたちにやられて潰れていると思う」


 次の行先は決まった。


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