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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
中央町の生活

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45話「アラク婆さんが盗んだ物」


 旅に行く前日。

 アラク婆さんの部屋に呼ばれた。ダイニングでしか会わないので、アラク婆さんの部屋に入ったのは初めてだ。

 天井に魔石ランプが掲げられていて、オレンジ色がかった光が部屋全体を明るく照らしている。ミシンがありタペストリーが壁には貼ってあるが、箪笥と机しかないきれいに掃除された部屋だった。


「明日から、旅に行くんだろ?」

「行きますよ。部屋は掃除してありますから、別に誰か他の人が使っても構いませんよ」

「そうかい。でも、帰ってくるんだろ?」

「もちろん、帰ってくるつもりですけど……」

「だったら、そのままにしておくよ。話というのは、そのことじゃない。これなんだけどね……」


 アラク婆さんは箪笥から、一枚の大きなタペストリーのように分厚いマントを取り出した。刺繍が施されていて蜘蛛の巣の柄に見えるが、魔法陣のようにも見える。


「かつてアラクネという種族は蜘蛛の器用さと人間の知恵を持っていると言われていた。ただ、今はどうなっているのか私にもわからない。これは影隠しのマントと言ってね。私が生まれ故郷から盗んできた物さ」

「そうなんですか」

「旅のついでに返しにいってくれないか」

 自分で返しに行けば、とも思ったが本人が行くと何かと不都合なのだろう。


「機会があればで構わないから」


 持ってみるとそれほど重くはない。魔石ランプに反射する糸が使われているようだ。荷物の空いたスペースになら入るだろう。


「それを着て影を歩けば、他の魔物から姿は見えにくくなる」

「え!?」

「ほらね」


 アラク婆さんは箪笥の影で、マントを被って自分の身体を隠した。

 すーっとアラク婆さんの存在感がなくなり、いなくなったように感じる。


「すごい! マントは見えているのに、姿が消えたみたいに見える」

「コタローに渡しておくよ。もし、アラクネの棲み処が荒れていたら、持って帰ってきていいから」

「わかりました」

「人間と魔物が一緒に生活をし始めたのは、ごく最近の話だ。敵対してきた歴史の方が長い。中央と違って、魔物の国の田舎は特に人間には厳しいかもしれないからね。気をつけて旅に行っておいで」

「ありがとうございます」



 俺は『影隠しのマント』を大事に畳んで、リュックの底の方にしまった。無事に届けられるといいけど。


 アラク婆さんに言われて気が付いたが、俺は人間で、魔物にとってはかつての敵だ。なんとなく中央では普通に魔物とも交流できているが、他の地域に行くなら変装でもしておいた方がいいだろうか。


 翌朝、2人との待ち合わせ場所の町の外へ行く。弁当を作っているラミアの店主から3つ弁当を受け取り、お礼を言って半人街から出る。


 街道脇で、朝の行商人たちの邪魔にならない草むら。リオとロサリオは眠そうに伸びをしながら俺を待っていてくれた。


「悪い。遅れたか?」

「いや、俺たちも今来たところさ」

「この時間じゃないと混雑するからね」


 二人とも荷物はしっかり持ってきたらしい。一応、二人にも杖を用意したが、疲れてきた時でいいと言われた。俺は『荷物持ち』スキルがあるので、一番荷物が多い。ただ、それほど苦じゃなかった。


 晴れた夏の日。俺たちは街道を東へと向かった。


「川沿いだったら、船旅でもいいんだけどな」

 リオの荷物は少ない。食糧はなるべく途中の森で調達したいそうだ。本人曰くこれも修行だとか。


「俺は楽器作りの修行から解放されて、最高だよ。この時点で最高!」

 ロサリオの家は楽器作りの職人をやっているから、学校があったお陰でどうにか遊んでいられるという。


「俺にとっては教科書が逃げ場所だったんだけど、今日から親公認で旅に行けるなんて……!」

 ロサリオは街道を歩いているだけなのに、めちゃくちゃ喜んでいる。よほど楽器作りが辛いのだろうか。


「そんなに好きじゃないのか?」

「好きとか好きじゃないとかじゃなくて、生まれた時からずっとあるからさ。生活の一部になってるんだ。ドアベルの音や井戸から水を汲む時の鈴の音、木を削る音、全部。少しでも音が違うと職人たちが寄ってくるから大変ではあるけれどね」


 ロサリオはいろいろと揉まれている。知識が豊富なのは本好きだからで、読書は音がしないからだそうだ。


「いい声の恋人が見つかるといいな」

「親父にもそれを言われたよ。母と初めてすれ違った時に、声を聞いてすぐに結婚しようと思ったって。どんな種族でもサテュロスには声で自分と気が合うかどうかわかるらしい」

「へぇ、面白いな。リオは……、どうした?」

 ロサリオと話していたら、リオが剣を抜いて草原を見つめている。


「どうする? 一角ウサギがいたようなんだけど」

「リオよ。一々、野生の魔物と戦っていたらきりがないぞ」

「そうだよな。少しでも経験値を貯めたくて気が急いてしまっているよ」

「まぁ、旅は長いから、ゆっくりいこう。リオはどこに住んでいるんだっけ?」

「俺は高名輪地区と娼館街の間にある下宿だ。ドラゴン族の衛兵たちの宿舎が近くにあってさ。娼婦たちにはしょっちゅう揶揄われているよ」

「なんて?」

「『勉強して何か意味があるのか?』『どうせ火の息で焼いてしまうんだから』とかさ」

「昔の事件のことをまだ責められるのかい?」

 ロサリオが聞いた。


「ドラゴン族は昔の火事を気にしている大人が多いから、気にせず遊びに来なさいってことだと思うんだけどなぁ」

「昔の火事って?」

「娼婦に振られた魔物が娼館に油を撒いたことがあるんだ。ドラゴンの中には興奮すると火を噴く奴もいるから、その油が燃え広がって娼館街が全焼しそうになったことがある。他の通りにも広がり始めたのを見て、ドラゴンの衛兵たちが元の姿に戻って、燃えている娼館を潰してどうにか鎮火した事件が100年前にあったんだ」

「その火事、結構有名だよ。空っ風が吹いている冬の日だったから、一気に燃え広がったって。ドラゴン族は嫌いだけれど、その事件だけには感謝しているって年寄りも多い」

 ロサリオも知っている事件だそうだ。それにしても100年前の事件が語り継がれているなんて、珍しいことなんじゃないか。


「あの事件は、ドラゴン族の中でも印象的な事件として語り継がれている。中央でドラゴンの姿に戻るのは禁忌とされていたから、娼館を潰したドラゴンは追放されると思っていたけど感謝されるし、衛兵宿舎に娼婦たちが現れるしで当時はどう振る舞ったらよかったのかって論争まで起こったんだ」

「感謝を受け取っていいのかどうかってこと?」

「種族差別ってドラゴン族の中でも100年前は結構厳しいんだ。ただ、自分たちの力は元の姿に戻ればどうしたって強い。その上、娼婦たちが売っているのは性だからな。嫁に取らないといけないんじゃないかとか、そもそも嫁なのかパートナーなのかとか、もう中央のドラゴンたちはそっちのけで大騒ぎだったらしい」

「普通に再建されているじゃないか」


 ロサリオは娼館にも詳しいのか。


「そう。油を撒いた犯人だけ捕まって、後はお咎めなし。できるだけ元の生活に戻ろうということになったんだけど、娼館からは『いつになったら来るのか』ってドラゴンたちにお誘いがあるようになった」

「行くのか?」

「行かない。でも、年に一回、通りでお祭りをやるんだ。娼婦たちの行列とドラゴンの衛兵の行列が練り歩いて、そこで結ばれるカップルもいるって言ってたけど、若手からすれば結構な出費になるから大変なんだってよ」

「だから、秋口に注文が来るのかぁ。毎年、なんでか楽器の修理の注文が娼館街から来るから謎だったんだよ。親は娼館のことは教えてくれないしさ」

「ああ、魔物の子どもは知らない祭りなのか。確かに、毎年交通整理はしているのは知っていたけど……。聞いてみないとわからないことってあるんだなぁ」


 そんな風に種族間の話をしていたら、大森林の入り口の関所に辿り着いた。



「ここからは野生の魔物も出るし、領地も違うから気をつけるように」

 門兵が注意を促していた。


「人間なんですけど、通っていいですか?」

「え!? ああ、人間かぁ! 辺境からか?」

「そうです。今は中央で下宿してますけど」

「へぇ~、まぁ、気をつけろよ。旅仲間もちゃんとお腹空いても食べるんじゃないぞ。人間を食べても知恵が付いたり、栄養があるわけじゃないからな」

 人間に対する偏見が、かつてあったようだ。


「わかってますよ!」

 リオは門兵にちょっとイラっとしていた。


 関所を抜けると、起伏の多い森になった。初めのうちは植林した森なのか、きれいに木が並んでいたが、坂を下るとジャングルのような森に景色が変わった。


「『暗床の森』にアラクネの婆さんの実家があるらしいんだけど、遠いのかな?」

「わからない。俺も初めて来た。本では読んだことあるけど」

「俺もだ」


 そもそもロサリオは中央から出たことがないらしく、リオは飛んできたから大森林があることくらいしか知らないらしい。もう一人は、魔法も使えないただの人間。


 ポンコツ3人旅が始まっていた。



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