44話「旅の道連れ」
「修行の旅?」
旅の授業で使った物の修理をしていたコボルト先生は訝し気に聞いてきた。
倉庫内は暑く、外の風通りのいい日陰で一緒に背負子で使う紐を編んでいる最中だ。
「レベル上げの旅というか、ツアーの下見がてら、ちょっとこの夏は魔物の国を旅しようかと思いまして」
「どこいくの?」
「これなんですけど……」
過去、夏に魔物が大発生した地域を順番に回るつもりだ。
「あぁ、なるほど。コタローくんは裏から回るんだな」
「裏ですか?」
「魔物の国じゃ、夏になると先祖の供養と避暑のために、各地で祭りが開催されるんだ」
前の世界でも同じだった。
「で、それが若者たちのレベル上げの行事になっているところもあるんだけれどね。これは青鬼バーの依頼から調べたことだろ?」
「そうです」
「祭りが廃れちゃった地域がほとんどだね。だから結構、魔物は多いからそれなりに危険だよ」
「一人じゃ危ないですかね?」
「そうだね。誰かがいればいいけれど……」
「だったら、俺も行こうか」
一緒に作業をしていたサテュロスのロサリオが声をかけてきた。
「あ、一緒に行く?」
「ん~、行ってもいいんだけれど、俺は裏じゃなくて表の祭りでガールハントがしたいんだよなぁ」
ナンパ師みたいなことを言う。確かに、サテュロスはそういう種族とは聞いていたが、真っすぐな目で言われると、なかなか否定できない。
「このまま楽器の調律師になると、わけのわからない魔物の女に騙される可能性が高いんだよ。だから、なるべくいろんな種族の女と話したり関わっておきたいんだよね」
サテュロスというだけで、金を払わない魔物の詐欺師も多いのだとか。逆に種族特性を利用してこようとするらしい。ロサリオはよくそういうのを見ていたから、なるべく関わらないようにしていたが、さすがに思春期を越えて女性と一切喋らないのはマズいと思っているのだそうだ。
「女性不信のサテュロスとレベル上げツアー主催者か、いいんじゃないの?」
「そうですかね」
「でも、俺は岩石地帯の向こうは全然知らないよ。ドラゴンたちが住む火山があるってことくらいしか」
ロサリオの知識にも弱点があるのか。
「まだ差別的なことを考えている老人はいるんですかね?」
「どうだろうね。外に出ているドラゴン族はもうそんなことはないけど、残っているドラゴンたちは結構権威主義なのかもしれないね。僕もあまり行ったことはないからね」
コボルト先生も特にドラゴン族には興味を引くような文化がないそうだ。それこそが問題だとは思うが……。
「戦いの技術とか、身体操作の技術とかはあるんですよね?」
「でも、戦わなくなっちゃったし、ドラゴンって自己顕示欲が強いから、そういう技術の本は出してるんだよ。だから、もう別にわざわざ行く必要がなくなっちゃったな」
「戦う技術じゃなくて、仕事の時に身体が楽になる方法を知りたいんですけどね」
「だったら、たすき掛けとかの方法を知っておくといいよ」
コボルト先生は荷物をまとめて紐で縛る方法や紐を使った楽な身体の使い方なんかを教えてくれた。
ロサリオは「行く日が決まったら教えて」とのことだ。知識は豊富だし、山道なら足が速いから彼を頼ってもいい。
薬学の授業に出ると、アウラ先生がすでに旅のことを知っていた。
「どっか行くって?」
「夏の間に各地を回ろうかと思って」
「らしいね。魔物の大発生を食い止めるの?」
「いや、まぁ、それが出来たら、来年からツアーを組めるかなと思ってるくらいで。今年はその下見ですよ」
「だから、スライムを生石灰で倒そうかなとか。使っても消石灰になれば森の肥料になるし」
「それ、いいね。手伝うよ。大森林に行くなら毒キノコの在庫が足りないから、ちょっと補充したいんだけど、いい?」
買い付けか採取して持ってきてくれということだろう。
「いいですよ。リストを作っておいてもらえますか? 買えるものは店で買いますよ。ツアーにするとなると、宿の手配も必要になるから、なるべく現地の魔物と関わっておきたいんで」
「そうか。だったら経費で落とすわ」
学校の備品の買い付け係に任命された。
しかもアウラ先生はどうせ生石灰(乾燥剤)なんて持って行くならと、粉末状の毒をいくつも一緒に作ってくれた。
「見てよ。授業と言ったって、この前の事件でこの有り様よ」
授業に来ているのは俺一人。違法薬物を売りさばいていた学生グループは衛兵の詰め所で取り調べの後、牢にぶち込まれるか犯罪奴隷として国の施設に売られていくのか決まるらしい。
「知識も力も使い方次第よね」
「魔王はそれをよくわかってたんですね?」
「そう?」
「だって、魔王が魔物を統一した後、300年も国として続いているんですから。力で治めていたら、反乱が起きているはずじゃないですか」
前の世界でもそういう歴史があった。
「そうね。しかも統一戦争もほとんど戦いはなかったのよ」
「でも、地方貴族の娘たちは攫ったんでしょう?」
「戦うことなく力と知恵を示したのよ。コロシアムでの八百長をしている剣闘士たちを全員ぶっ飛ばしたり、毎年川が氾濫していた地方で、数日で治水工事をしたり、帰ってきてからの逸話は多いわ」
「地方の逸話ってまとめられてないんですか? 図書館に行っても、『魔物民俗学』って本しか手がかりがなかったんですよね」
「それはたぶん魔王は自分の偉業については無頓着だったから。その本に書かれている場所に行ってみてごらん。魔王の逸話が聞けるはずだよ」
魔王はあくまでも現地に住む魔物を主役にして書いたのか。『魔物民俗学』には多くの祭りや行事も記載されている。もしかして夏祭りを辿っていけば、魔王の足跡を少しは辿れるかもしれない。
「随分楽しそうね」
アウラ先生が毒の粉を袋詰めしてくれている最中に俺の顔を見た。
「え? 笑ってます?」
「笑ってるわ。コタローまで、違法な毒物に手を出さないでよ。授業がなくなっちゃうから」
「変な薬には手を出しませんよ。前に住んでいたところがめちゃくちゃ法律が厳しかったんで」
「なら、いいけど……」
旅の計画はいつだって楽しい。
「私も仕事がなければ、付いていきたかったんだけど。いいなぁ」
「お土産買ってきます」
「頼むわね」
薬学の授業の後は武術の授業だ。
マシン先生に武器術を教えてもらう。
「荷物になるから、軽い武器の方がいい」
「ナイフでいいですか」
「歩くのだろ?」
「そうですね」
「だったら、杖を持って行くといい。刃物が付いていないからと言ってバカにできない武器でな。ちゃんと杖の先まで意識ができれば……」
パパパパンッ!
木製の人形に連打を浴びせていた。
「有効な打撃になる。魔法も付与しやすいし消しやすいという利点もある」
「魔法かぁ……」
「魔法は使えないんだったか?」
「本当に才能がないみたいで」
「そうか。でも、距離を測るのもいいし、遠くから魔物の体高がどのくらいあるのかも測定しやすいだろ?」
「確かに」
武術に限らず距離を測るのは大事だ。
「振り回しやすい素材がいいぞ。あんまり固い木だと重いだけだ」
マシン先生はいろんな素材の杖を見せてくれた。自分の体に合ったものがいいらしい。
「魔法を使わないなら、魔法陣が書いてあるものじゃなくていいし、中に麒麟の鬣とか仕込んでない方がいいだろう」
何に使うかわからないものまであるのか。
「何をしてるんだ?」
学生たちといい汗をかいていたリオが声をかけてきた。
「いや、旅に行くから、武器を選んでもらってたんだ」
「旅? なんでだ?」
「理由はいろいろある。さっきは薬と毒の在庫補充を頼まれた。俺としては魔王の足跡を辿るのと、レベル上げの方法を探しに行くつもりだけど」
「どうして俺を誘わない?」
「あ、行く?」
「行くよ。ドラゴンの火山付近を通るなら、俺は必要だろう?」
「そうなの? サテュロスのロサリオも行くからね。ガールハントのために」
「なんて軟派な奴だ」
「それがそうでもないらしい」
訳を話すと、「サテュロスにはサテュロスの事情があるのだな」と納得していた。
「俺もちょうど魔法の修行をしておきたかったんだ。炎のブレスだけでは就職なんてできないからな」
「そうか。じゃあ、行こう」
「うん」
男3人の小さな修学旅行のようになってきた。
「いいんじゃないか。昔の物語には3人の賢者の話もあれば、3人の泥棒の話もある。土産話を待っているよ」
マシン先生はそう言って、俺たち2人に杖を持たせて送り出してくれた。




