43話「儲け方を知らないヴァンパイア」
図書館は学校の敷地に併設されていて、外からでも直接入れるようになっていた。
入り口から見える壁には、金属板で『すべての種族に教育を』と書かれている。『本を汚してしまう方は職員にお声がけを』とも書かれていた。
受付にはヴァンパイアの司書さんがいた。女性で犬歯が尖っているくらいでほとんど人間と変わらない。服は真っ黒なドレスを着て、蝙蝠のペンダントをしている。
「魔王に関する本と青鬼街の酒場の記録を見せてもらえませんか」
「魔王の本は多いのですが、どういったものがお望みで?」
「奈落に関する記述があればいいんですけど……」
「『魔術大全』にも逸話が載っているはずですよ」
「それは読みました。他の記述がないか探しているんです」
「なるほど、わかりました。本はお好きですか?」
司書さんは『魔術大全』を読んだことで、本好きだと思ったのか。
「気になるものは読みますね。自分の考えとは別の概念が書かれている物が好きです。新しい発見に繋がるから」
「そうですか」
図書館の中心部にある本棚は『魔王関連』と分類されていて、古い技術や古来からの文化の本などもあった。300年も経っているので、技術も文化も一新されている可能性がある。特に、魔物の国が統一されていなかったわけで、現在これだけ中央が発展していることを考えると忘れられた文化も多そうだ。
「面白そうですね」
俺は『魔物民俗学』という本を手に取った。
ゴーレム族が山の付近に住んでいて昔から踊りやビーズ文化があったこと、半人半獣の魔物たちは森に棲み歌や楽器を好んでいたこと、ドラゴン族が武力だけでなく知性を重んじていたのは人間の料理を食べたからだなど、目次を見ただけでも面白そうな内容だった。
「魔王は奈落から帰ってきてすぐに各地の種族を調べ始めたと言われています。文化を残すことに尽力していましたから、奈落でなにかあったのかもしれませんね。その本の編纂には魔王も関わっているはずですよ」
「借ります」
他の本を見せてもらったが、「魔王の口述筆記より」と書かれていることが多かった。それも『魔術大全』で読んだ逸話とほとんど同じだ。
「他にはよろしいですか。あと……」
「青鬼街の酒場の記録が読みたいんですけど。特に地方の害獣発生の記録が知りたいです」
「それなら、季節の終わりにまとめているはずなので、新しいものから見ますか?」
「お願いします」
本を受け取って、机を借りて読み始める。
冬の山にはスノウウルフがいて、春には砂漠でサソリが大発生する。夏の暑さにやられて、湖からスライムが飛び出してくることが多いらしい。カミツキガメが大発生するのは秋口のようだ。
「今は初夏だからスライムか……」
どこかに魔物早見表や魔物ブックみたいな本はないかと顔をあげると、司書さんがこちらを見ていた。
「なにか? 血はあげませんよ」
「大丈夫です。血は足りていますから。随分熱心に読んでいるようですね」
「ええ、役立つ情報が多いので。スライムに斬撃や打撃は効かず、通常は薬品や魔法で倒しますか?」
「そうですね。薬品はあまり聞いたことがありませんが、魔法を使うことがほとんどです。スライム駆除には魔法使いが行っていると思いますよ。ほら」
スライム駆除の依頼を請けたのはゴブリンシャーマンだそうだ。ただ被害は暑さが和らぐ秋まで続いている。
もしかしたら新しい駆除方法を見つけたら、レベル上げツアーに組み込めるかもしれない。ノートに書いておく。
他にも大森林で、ビッグモスという蛾の魔物が大発生して夜中に黄色い鱗粉が降り注いだり、蝉の鳴き声に誘われて山岳地帯から火吹きトカゲが移動してきたり、ウツボカズラのような見た目の動く食獣植物がいるらしく夏は結構忙しいようだ。
古い記録も見たが、決まった魔物が発生している。いずれも虫が発生して捕食しようと出てくるらしい。
俺は夏に発生する魔物と場所をメモし、地図で確認。結構遠いが、旅の授業も取っているし大丈夫だろう。一応、コボルト先生に相談しておくか。
「調べ物は終わりました?」
顔をあげると司書さんがまだ同じ姿勢で座っていた。仕事はいいのか。
「一応、調べたかったものは。何か御用ですか?」
「あなた、半人街のアラクネさん家にいる下宿人の方よね?」
「そうです」
なんで、知っているのかわからない。人間の噂が広まっているのか。
「弁当を広めた?」
「まぁ、そういうことになっていますね」
「聞きたいことがあるんだけどいい?」
「ものによります」
「司書じゃ食べていけないの。どうやったらいいと思う?」
言われてみると、司書さんはガリガリに痩せている。結構、切実なのか。
「ヴァンパイアって吸血鬼ですよね。長寿だったら、お金の稼ぎ方くらい知っているんじゃないですか?」
「ダメなのよ。最近の若者は本を読まないから、文化に対してお金を払わないの。それはもうびっくりするくらいに」
前の世界でも、司書で食べていくのは厳しそうだった。知性に対する価値が低くなると、食べていけない人たちが出てくるのか。
「この図書館は学校が運営しているんですか?」
「いえ、国立よ」
「だったら、司書さんは国の職員ってことですよね? なんで給料を貰ってないんです?」
「利用者が少ないから、削られていってしまって」
言われてみると、俺以外に図書館を利用している魔物はいない。めちゃくちゃ静かだ。司書もこのヴァンパイアだけ。
「本は売れているんですか?」
「町の本屋はそれなりにお客がいるから売れていると思うけど……、ここの本は全部古本だから……」
「いや、それは関係ないのでは?」
「でも、古い本の中には、凶暴になっている物もいて……」
魔物になっちゃう本もあるのか。魔物の国ならではの悩みだ。
「イベントや作家の講演会みたいなのを開いてみてはどうです?」
「作家を呼べる予算がないの」
「本の販売促進会として、出版社に企画書を出してみたら、予算もつけてくれるんじゃないですかね?」
「ああ、企画書ね」
「魔物の中にも読書家はいますよね?」
「いると思うわ。出版社が成り立っているくらいですから」
「たぶん、図書館の蔵書ほどは持っていないはずです」
「そうね」
「お泊り会をするというのはどうです? せっかく夏ですし、怪談話の交流会をやるとか」
「でも、本が汚れてしまわない?」
「ブックカバーみたいなものを作ってみるのはどうです。それほどお金のかからないざら紙のようなものでいいので」
「本棚を移動させる?」
「ええ、それも一つの手です」
本棚の配置にこだわりがあるのか、天井を見上げて思い悩んでいた。
「わかった。やるわ! 少しくらい時代に合わせなくちゃね」
「あと、お年寄りを集めて、人生本を作ってもらうイベントを開催してみては?」
「人生本って?」
「生まれてから今まであった出来事を、何があってどう感じていたのか。やってみると自分がどういう魔物なのか、種族だけでなく個人として自覚できますし、歴史も再確認できるのでいいと思うんですけどね」
「それは面白いかも」
「ノートだけ用意して、お年寄りに買い取ってもらえばいいんですよ。筆記用具とかも大量に買って、年寄りに売ってマージンを懐に入れていけば……」
「なるほど」
「あと、魔物になっちゃった本は、捕まえて学校に売って研究対象にしてもらった方がいいと思いますよ」
「そうね。そうよね」
「俺の計画が上手くいったら、ちゃんと図書館の宣伝をしておきますから」
「ありがとう。本当に助かるわ」
「これ、俺のお弁当をあげますから、少し食べて体力をつけてください」
「いいの!? 別に空腹でも死なないのよ。私たちって」
「少し血色をよくしてください」
「わかった。ありがとう」
司書さんに弁当を渡して、俺は図書館を出た。
俺にはグール討伐で得たお金があるので、屋台でピザのようなパンを買って食べた。
「俺も稼がないとなぁ」
メモ書きを見ながら、計画を練った。




