42話「依頼は酒場の常連へ」
コウテツ先生の修行を始めて数日が経っていた。
金物屋の裏庭で、俺とリオはぼーっと瞑想という名の脱力をしているところだ。
筋肉を使えるだけ使って、家具を移動させ修復し、売れた家具を客の家に運ぶ。もちろん、スキルを使ってはいけないという縛りが設けられている。
するとどうだろう。筋肉疲労で全く動きたくなくなる。鉄の鎧ことコウテツ先生は、今日もどこかにいるはずなのだが存在感がないせいか見つからない。
「この店は金物店とは名ばかりで、裏では古物商を営んでいたのだな」
「店の商品で直せるからね」
店主のミミックは無料で仕事をする学生を雇える時に、一気に家具を修復しようと企んでいたらしい。俺たちはまんまとそれに引っかかってしまった。
「瞑想を習得しないと、本当に損しかない。絶対覚えような」
「ああ」
「こら! 雑念が混じっているぞ」
時々、コウテツ先生の声がするが、姿が見えない。いや、意識できない。
雑念が混じっているというなら、古物商を営んでいる店の方がと思うが、これも瞑想のためだ。
「心を丸くするんじゃ」
「丸ですか?」
「そう。何の引っ掛かりも尖りもなく、ただ丸じゃ。そうすると丸が下がってきて収まるところに収まる」
そう言われると、胸の辺りにあった心とかいう丸が骨盤の方に下がってくる気になるから不思議だ。
重心が安定して地面と平行になっていることを感じる。目の前にある家具との距離もつかめてくる。
半分目を開けて、身体の不具合を感じ取れると、そこに意識が集中してしまう。
「自然に身を任せれば、自ずと重心が取れてくる。我らと違い、人間やドラゴンなら体の傷や歪みは勝手に修復されるはずじゃ」
そう言われると本当に歪みが消える。押されたり、つつかれたりしても頭は平行を保ち、家具との距離を常に意識する。
次に家具を持ち運んだ時、重心を意識し、なるべく必要最小限の力で混雑した通りでも距離感を保ちながら移動できた。
「瞑想の効果ってこれですか?」
「いや、それだけではない。魔物と道具との区別がつくじゃろ?」
「確かに……」
こちらが静止していると、微細に動いてしまっている物は目に入ってしまう。
生きていれば呼吸はするし、心臓も動いている。例え、物質系の魔物でもどこか動いている。瞬きや舌は見ればわかるし、臭いを嗅げばすぐにわかる。
「まぁ、発汗でわかってしまうよな。拭いてやってくれ」
汗が噴き出ている石像を雑巾で艶が出るまで拭いてやった。笑い袋は洗濯をして干してやる。
不満も怒りも湧いてこない。一日中穏やかな気持ちで過ごせる。
「これで、手合わせしてみないか?」
「やってみよう」
学校に行って、リオと二人、ゆっくりと試合をしてみた。二人とも流れに身を任せているからか、徐々にスピードが上がっていくが、有効打が出ない。
丸を意識していたが、その丸も変幻自在に形を変えてもいいということがわかってくる。いつもより手が伸びるというか、身体ごと体当たりしているような攻撃になった。
それもリオは受け止めて後ろに飛んで受け流している。
周辺視野も広くなり、距離感もつかめているから、マシン先生が投げてきた石も余裕で弾き返せていた。
「先生……」
「いや、すまん。あまりに羨ましくて、つい。この短期間で周辺視野も身につけたか?」
「そうみたいですね。必要のない筋肉が削ぎ落せたような気がします」
リオの胸板は薄くなっているものの繰り出される攻撃の伸びも速度も異常に速かった。
「どこが起点になっているのかわからない攻撃というのは効くものだ。対象が気づいているかどうかでも威力は変わってくる。とりあえず、全力でかかってきてくれ」
マシン先生が両手に剣を持って、俺とリオの相手をしてくれた。俺たちはナイフだけ。リーチが短い分、攪乱しようと思ったが、マシン先生は背中にも目があるのか、攻撃はすべて受け流される。
意地とばかりに踏み込むと、喉元に剣の先が伸びてくる。丸い気持ちのまま頭を平行にして距離感を取り戻す。
動いているから心臓が速く打っているが、気持ちだけはぶれずに次の行動を読み取っていく。反応してしまう攻撃を正確に見極めて、マシン先生が放つ突きに合わせて、剣の腹をナイフの持っていない左手で押す。
マシン先生の重心がわずかに傾く。
一瞬のスキを見逃さずに、ナイフを捨てて、手首を取りに行った。小手返しができると思ったら、びよーんと先生の手が伸びた。
「そりゃ、ないぜ」
「すまん。種族特性まで出さないといけないとはな。今日はここまでにしよう。いろいろと切れてるぞ」
俺もリオもいつの間にか切り傷がたくさんついている。皮一枚分だけ切れているのは、マシン先生が寸止めしてくれたお陰だろう。
「瞑想を身につけても、全然マシン先生に勝てる気がしないな」
「いつ切られたのかわからないもんな」
「弾いている最中だよ」
上手く躱せばいいと思っていたが、同時に反撃も繰り出さないと、こちらだけが体力を削られていくという。
「結局どれくらい強くなれたのかわからないですよ」
「そうか。また、人形を用意しておくから、今度は歌や踊りも含めて全部底上げして試してみよう」
「わかりました」
次の予定を立てていたら、旅の授業のコボルト先生がやってきた。
「おーい! コタローくん」
「はい。どうしました?」
「この前倒したグールなんだけど、結果が出たみたいでね」
「結果?」
「ああ。これから、酒場に取りに行くんだ。一緒に行こう」
「はぁ」
俺は何を取りに行くかもわからず、とりあえずコボルト先生と一緒に、青鬼街へ向かった。
酒場は裏通りにあり、先日緑の薬を作っていたあばら家の近くにあった。
剣呑な雰囲気が漂ってはいるが、コボルト先生は特に気にする様子もなく、肉屋の店主に挨拶をしている。
「魔物の肉を買い取ってくれる」
「お前はこの間の……!?」
肉屋の店主が俺に気づいたらしい。人間は珍しいから、バレてしまうのか。
先日は、衛兵を連れてきていたので肉屋の店主も殺気立っていたが、今はそれほど敵意をむき出しにしてはいない。
「今日は衛兵を連れてません。酒場に用があってきたんです」
「死霊術師の件だろう。験が悪い。とっとと片付けてくれ」
コボルト先生は「さすがに有名人だな」と言って、酒場のドアを開けてくれた。
酒場は、普通に前の世界とそれほど変わらないバーだ。ただ、壁にはメニュー表の代わりに依頼書が貼られている。探し物や失踪者の捜索願、害獣駆除などが多い。他にも野良のドラゴン討伐、娼館街の夜間警備もあった。
酒場のマスターはコボルト先生を見て、「おう、来たか」とすぐに奥の個室に案内した。
「山の治安維持のため、グールになった同胞を始末してくれて感謝する」
マスターが早速話し始めた。
「ああなってしまったら誰かがやるほかない」
コボルト先生は素直にそう言った。同胞がグールになるのは恥ということだろうか。
「残念ながら出自はわからなかった。おそらく砂漠の方からやってきた死霊術師の野盗だろうということだけだ。人間の兄さんは、探せるか?」
「死霊術師の出自ですか。『もの探し』というスキルで、物があれば以前の持ち主は辿れますけど、やってみますか?」
「いや、いい。野盗に成り下がりグールにまでなったなんて親は聞きたくないだろ?」
確かにその通りだ。
「グールはあのまま焼いた。あいつらが持っていた物は全部売り払った。その金がこれだ」
銀貨の詰まった袋をコボルト先生が受け取っていた。これを取りに来たのか。
「魔石もあるがどうする?」
「買い取ってくれ」
「ん。わかった」
マスターがテーブルに銀貨を積み上げた。魔物の身体には魔石という魔力が込められた石がある。遺体を解剖して取り出したのだろう。
「あとは、人間の兄さんを登録だけさせてもらっていいか」
「何の登録です?」
「トラブルバスターみたいなもんさ。人間の国にも冒険者って組織があるんだろ? 俺の酒場には青鬼族も含めて、国中のトラブルが舞い込んでくる。もちろん衛兵が対応するのがほとんどだが、今回みたいな公にしたくないトラブルも多い。俺一人じゃどうにもならないから、常連が片付けてくれているんだ」
「だったら、この酒場の常連に登録するってことですか?」
「そうだな。うちではレギュラーって言ってる。学生はスタディなんていうが、実力次第で報酬も上がっていくシステムだ」
「別に損はないよ。さっきみたいにゴブリンに絡まれることもなくなる」
コボルト先生が説明してくれた。
「じゃ、お願いします」
「このカードに名前を書いておいてくれ」
木製のカードに名前を書いたら、マスターが何か魔法をかけた。
「保存の魔法さ。鉄でも切れなくなった。なくすと誰かに使われちまう……ってことはないか。中央にいる人間は一人だもんな」
マスターは笑ってカードを渡してくれた。爪で押しても全然傷が付かない。本当に硬くなっている。
「ちなみに何が得意なんだ? 探し物はできるんだろ?」
「できます。あとは荷運びくらいじゃないですかね」
「半人街で流行っている弁当を作ったのはコタローくんだ」
「コンサルもやるのか。それからグール程度の魔物退治ならできるってことだろ?」
「まぁ、はい」
「何でも屋だな。何かやりたいことはないのか?」
「えーっと、そもそも辺境の町で倉庫業をやってるんです」
「倉庫? そうなのか」
「レベル上げの旅行ツアーを考えていて」
「はあ!? なんだそりゃ?」
「地方の害獣駆除の依頼って記録残ってます?」
「残ってるぞ。その辺はマメなんだ。直近で言えば、砂漠のベニサソリに迷宮のワイバーン、湖畔のカミツキガメなんてのもいたな。詳しく知りたければ、図書館に行くといい。青鬼街の酒場の記録と言えば、出してくれるさ」
「わかりました」
「それで、何かわかるのか?」
「害獣が大発生するパターンを知りたいんです」
「そんなもん偶然じゃないのか?」
「偶然じゃなかったらツアー組めるじゃないですか」
「変わってんなぁ。まぁ、いい。暇なときに依頼を請けてくれ。どこに住んでるんだ? 指名依頼が来た時にうちのスタッフが呼びに行かないといけない」
「半人街・アラクネ織物店の下宿です」
「ああ、アラクネさん家か。うちの店にもテーブルクロスを仕入れたいと思ってたんだ」
「どうも御贔屓に」
俺はテーブルクロスの予約を取り付けて、酒場を出た。わざわざマスターは外まで見送りに来てくれた。
例の宿の裏手らしく、裏通りには結構な声が響いている。
「あの宿もどうにかしてやってくれないか?」
「俺は、中央に来た時、初め部屋を取ったのがあそこです。いくつかの部屋をリフォームして価格の差を付ければいいんですけどね」
「それでどうにかなるのか?」
「少し儲かれば、女性のいる店にも顔を出すようになるでしょ。身だしなみだって変わるし、金の使い方がわかれば帳簿だってつけるようになるんじゃないですかね」
「言っておくよ」
マスターは笑っていた。
コボルト先生に分け前を貰って、アラクネ織物店へ帰った。
すでに夕暮れ時。半人街の店から、料理のいい香りがする。




