41話「強くなるとは心丈夫であることか」
朝目覚めてみたが、レベルは上がっていなかった。やっぱり新しい視点で倒したわけではないからか。討伐というよりも作業に近かった。これでは大量に討伐したとしてもレベルが上がるのかどうかわからない。
別の方法で倒すことを考えると、毒殺、刺殺、撲殺、燃やす、凍らせるなどが思い浮かぶ。自滅させるなんてパターンもあるだろう。
前の世界のゲームなどでは魔法をたくさん覚えている賢者はレベルが高いように思う。
「魔術か……」
先日、死霊術師の鞄から頂いた『魔術大全』を開く。挿絵も豊富だし、逸話などもたくさん記載されていて、読んでいるだけでもためになる。コボルト先生は分厚いので誰も読めないと言っていたが、俺は普通に四日ほど学校を休んだら読めた。終わりがあるなら着実に進める。
魔王の逸話も多く、拳を固くする魔法やパフォーマンスを上げる精神魔法の使い時などで登場していた。不思議と攻撃魔法や死霊魔術などは、別の魔法使いの記述が多い。
あまり戦闘は好きではなかったのか。
とりあえず、魔王の逸話はすべてノートに書き写した。紙やインクは発達していて、ちゃんと金属のペン先もあるので十分独学は可能だ。
ちなみに俺には魔術や魔法の才能はまるでないことがわかった。いろいろと試してみたが、俺にできるのは自分の身体能力を少しだけ底上げするような魔法だけ。バッファーならできるかもしれないが、器用さを上げても戦闘ではあまり役に立たないだろう。
5日経って学校に行き、武術の授業を受けた。
ドラゴン族のリオは「ようやく来たか」と俺にジークンドーのような武術を教えてくれた。鉄製ゴーレムのマシン先生は面白そうに俺たちを眺めている。
俺はひたすらリオの攻撃を回避するだけ。時々、道着に指を引っかけてリオの身体を崩してみたが、隙が生まれるだけで有効打は当てられない。
「人間の子は、面白い武術をやるな」
汗を拭っていると、マシン先生が声をかけてきた。ゴーレムのジェスチャーを交えて、発声もしてくれるのでコミュニケーションは問題ない。むしろこちらがゴーレムのジェスチャーをすると驚いていた。
「これしかできないんですよ。あとは後ろを取ってどうにかしたり、罠をかけたりするくらいで」
「いやぁ、スキルも使わずあれだけ躱せればいいんじゃないか。体力さえあれば相手を疲れさせてから倒せばいいんだ」
魔物の学校の先生は皆フランクなのか。話しやすい。せっかくなので聞いておくことがある。
「この前、『魔術大全』を読んだんですけど……」
「あんな分厚い本読む奴なんているのか?」
「4日かかりました。そんなことはどうでもいいんですけど、拳が固くなる魔術ってあるじゃないですか?」
「あるなぁ」
「ああいうのは重ねがけってできるんですか?」
「何度も魔術を使うということか?」
「そうです」
「使えなくはないと思うが、効果は薄くなっていくはずだ。それに一定時間しか効果はないから、魔術を唱えている間に効果が終わってしまうんじゃないかな」
「それって、魔道具とか呪具とか薬でさらに底上げするとどうなります?」
「そんなことやったことないなぁ……」
木製の人形が訓練場にはある。
「あれで試してみてもいいですか?」
「構わんよ」
俺は学校中から、付与付きの魔道具とパフォーマンスを上げる薬をかき集めてきた。リオも手伝ってくれたが、「人間は自ら実験台にするのだな」とちょっと引いている。
「拳を痛めるかもしれんぞ」
「なんか巻いておくか」
バンテージのように拳にアラクネの紐を巻いてさらに火で炙る。これでちょっと硬くなったはずだ。
力を底上げする腕輪と薬を飲んで、さらに魔法を拳にかける。
「よし、殴るぞ」
「早くしろ! 薬の効果が切れる!」
俺は思い切り振りかぶって木製の人形を殴った。
ボグフッ!
金づちで殴ったように人形が陥没した。俺の拳はまったく痛くない。
「すげー! すみません」
驚いたものの、備品を壊してしまったのでマシン先生にすぐ謝った。
「結構固い木なんだけど……」
マシン先生は感心している様子で人形をじっと見ていた。武術の授業を受けている学生たちも集まってきてしまう。
「剣闘士の大会に出てみるか?」
ゴーレム族の学生が聞いてきた。
「いや、出ないです。薬の効果なので」
俺は木の板を持ってきて、すぐに人形を補修した。
「まったくコタローは何をするのかわからんな」
手伝ってくれたリオも呆れている。
たぶん、2倍くらいは拳が強くなってしまった。
「リオ。これってもしかして武術だけじゃなくて魔術にも使えるんじゃないか?」
「魔術で拳を硬くしても意味はないだろ?」
「そうじゃなくて、魔力の底上げをしまくって魔術を使ったりするとどうなるのかな」
「やめておけ。慣れていないものがやると内臓が捻転したりしてしまうかもしれん。魔力は精神の働きが重要だから、影響がどこに及ぶのかわからないんだ。せめて小さい指輪程度にしておいた方がいい」
「そうか。そうだよな。ありがとう……」
そう言ったものの、俺は器用さを上げて薬を作ったり鍛冶仕事をしたらどうなるのか気になっていた。
授業終わりにマシン先生に呼ばれた。
「薬や魔道具だけでなく、歌や踊りでも人間には影響があるのだろう?」
「そうですね」
「すべて総動員すると、バーサーカーのようにただ目の前の物を切り捨てるような状態になってしまうかもしれない」
「確かに考えが至りませんでした。気を付けます」
補習したとはいえ興味本位から備品を壊してしまった。反省しなくてはならない。
「あ、いや、説教をしたいわけではなくて、裏を返せば、精神の安定さえ保てれば、いくらでも上乗せできるということだ」
「え!? そうなんですかね?」
「正直、新しい視点が見つかったよ。ありがとう」
視点と言われると、聞き捨てならない。これはレベル上げに繋がるかもしれない。
「ついては、ミミック通りの金物屋さんに瞑想の達人がいるから、ちょっと教わって来なさい。授業の単位は上げるから」
「行きます」
面白くなってきた。能力を底上げするバフ効果を全力で高めて魔物を討伐していくというのも面白いが、そのためにデフォルトで自分の精神状態を整えておくということだ。
「ちょっと待て。俺も行くよ!」
リオも一緒に行くことになった。
「ドラゴン族は血の気の多い者たちが多い。精神的な安定は種族にとって必要な能力だ」
ドラゴン族にはお香やお茶が流行りそうだ。
「メンテナンスしてやると喜ぶから、雑巾と鉄鎚を持っていくといい」
「わかりました」
俺たちは雑巾と鉄鎚を手に、ミミック通りの金物屋に向かった。
屋台が立ち並ぶ広場の誘惑を振り切り、「弁当はいかがっすかー!」という半人街の声を無視して、ミミック通りに辿り着いた。
「ここに来るだけでも結構心が乱されるな」
「どうして魔物の町は美味しそうな匂いがするんだよ」
金物屋の前には舌を出して寝ているミミックの店主がいた。以前、青鬼街の宿のために釘を買ったことがある。使わなかったから、今でも部屋に置いている。
「こんにちは」
「はっ! いらっしゃい。なんにする?」
「いや、あのぅ、俺たち学校の武術の授業を取っていて、ミミック通りの金物屋さんに瞑想の達人がいると聞いてやってきたんですけど……」
「あ、瞑想か」
「掃除でも修復でもなんでもするので、教えていただきたいのですが……」
リオも汗を拭いながら頼んでいた。
「人間族とドラゴン族に言われちゃあ、教えないわけにはいかないな。とりあえず裏手に行って掃除をしておいてくれ。爺さんが瞑想をしているはずだ」
俺たちは勝手口に通されて裏庭に回された。
裏庭は壺や宝箱の他、箪笥や文机、棚、箒、燭台、石像など物が溢れて、どれがミミックの爺さんなのかわからなかった。埃も被っているので、ひとまず移動させて掃除を開始する。
「いいのか? 移動させてしまって」
「掃除をしろって言われたからいいだろ?」
他に注意されていない。そもそもこんなところで瞑想なんてできるのか怪しい。
「いかんな。生きている魔物と物の区別がついていないではないか」
どこからともなくしわがれた声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
「ここじゃ」
「声はすれども、姿が見えない。ど、どこにいるんです!?」
ミミックの爺さんだから、宝箱かと思ったが中を覗いても誰もいない。
「ここじゃ、と言うておろう!」
壺の中かと思ったが、やはりいない。
「いや、どこにいるんです?」
いい加減、わからない。
「まったく……。おぬしたちは学生じゃな? 大方、マシンの奴がこちらに差し向けたのであろう」
「その通りです。瞑想を学びに来ました」
「そうじゃろう。瞑想を極めれば、他者の行動など丸見えだ」
「なんとっ!」
「嘘じゃ」
「嘘かーい!」
「本当は、人間が魔物の学校に通っているというのを聞いていてな。おぬし、弁当というのはなかなかいい発明じゃぞい」
「そうですかね。えへへ。で、どこにいるんです?」
「仕方ない。動くか」
カシャン。
突然、目の前に鉄の鎧が現れた。散々、裏庭を見て回ったのに、こんな鎧が存在していることに気づかなかった。いや、見ていたはずだ。目の端で捉えていたのに、存在を意識できなかったのか。
「やあ、彷徨う学徒たちよ。ワシも大概彷徨っている。びっくりしたか?」
「びっくりしました」
ミミックの爺さんは、鉄の鎧のコウテツ先生という名前らしい。
カタカタと鉄の仮面を鳴らしながら笑う魔物で、かつて魔王城に勤務していたこともあるという。
「瞑想を教えてください」
「わかった。では、掃除をしてくれ」
俺たちは金物屋の裏庭を掃除し始めた。




