40話「トレジャーハントの心得」
10体以上の呪われた死霊術師たちは手を前に伸ばし、焦点のあっていない目で近づいてくる。動きは遅い。
「噛まれなければいいのか!?」
「たぶん」
チリン。
腰の鈴が鳴る。死霊術師たちが鈴の音に反応して近づいてきているようだ。鈴を捨てればいいのかとも思ったが、鈴のお陰で動きが鈍くなっているのかもしれない。
「あは、ごめん。腰が抜けちゃった……」
ゴブリンの女学生が腰を抜かして尻もちをついている。ちょうど猪くらいの重さか。
俺は背中に担いでアラクネの紐で縛った。
「急に動き出さないうちに離れよう」
「ああ、なるべく騒がずに先生に知らせよう」
俺は坂道を大柄な女学生を背負って頂上へ急いだ。
駆け上ろうにも枯れ葉が滑り、危うく転びそうになる。『忍び足』のスキルを使って、とにかく登ることだけを考え、枯れ葉を足で払いながら地面を踏みしめ駆け上がった。
『荷物持ち』スキルも稼働して頂上に辿り着いたときには汗が噴き出していた。
「コボルト先生!」
「どうした? 何かあったか?」
コボルト先生は昼飯を食べている最中だった。
「魔王の別宅に呪われた死霊術師たちが……」
「え~……! 結構いるの?」
「10体以上はいました」
「魔王の家があった場所でどうして死霊術を使おうとするかな」
呆れながらもスープを飲み干して、ナイフを取り出した。
「何をするつもりですか」
「駆除だよ。そもそも魔王の別宅で死霊術をやるなんて犯罪だ。大方、魔王の奥方の霊でも蘇らせて秘宝を手に入れようとしたんだろう。別宅一帯には対魔術、対呪術のまじないがかかっているから、呪術なんて使ったら術者に跳ね返ってくる。術にもよるけど、扱っているのが『死』なら、まず生き残らないだろうね。でも、動いていたんだろう?」
コボルト先生は、長めの枝の先にナイフを括り付けて、即席の槍にした。
「ええ、ゆっくりとですが。目の焦点はあっていませんでした」
「じゃあ、腐肉喰らいのグールかな。仲間同士で食べ合ってなかった?」
「いや、痩せてはいましたけど、そこまでは見てません」
「そうか。順調に身体が死滅しているんだろうな」
コボルト先生は回復薬の塗り薬をナイフに塗っていた。
「悪いけどロサリオくん、ひとっ走り先に帰って青鬼街の酒場の店主に事情を説明してきてくれないか」
「わかりました」
ロサリオはズボンをまくり上げて、一気に山道を下っていった。ヤギの足は山に向いている。
「レベルを上げたい学生は一緒にグールの駆除に行こう」
コボルト先生がそう言ったが、ゴブリンの腰が抜けるほどの相手だ。結局、俺以外の学生たちは怖がって行かないことにしたらしい。
「コタローくんは行くね?」
「はい」
辺境の教官に貰ったミスリルのナイフを取り出した。
「意外なものを持ってるな。グールの口には触れないようにね」
「了解です」
コボルト先生に付いていく。
「大きな岩があっただろ?」
「ありました」
「あれが見えたら魔法も呪術も使えない領域だと思ってくれ。本当は社でも建てた方がいいと思うんだけど、そもそも住んでいた女性たちは山から下りているからね」
「貴族の人質だってロサリオくんが教えてくれました」
「そうそう。彼女たちは地元に帰らない魔物も多くて、娼館街や学校の建設を手伝ったと言われているよ」
「立派ですね」
「ああ。そんな彼女たちの家跡で、何をやっているんだか、まったくもう……」
コボルト先生は心底嫌そうな顔をしながら、坂道を下っていた。
大きな岩が見えたところで、先生は「行くよ。切れたら骨まで切っておいて」とつぶやくと、一気に坂道を駆け下りた。
ヒュンッ。
グールになった死霊術師たちが、コボルト先生に気が付く前にフードごと首を飛ばされていた。
「骨まで切るってそういうことか」
俺には無理そうなので、『忍び足』で近づいて、後ろから引き倒し、血管が飛び出している足首を切断した。やはり元死霊術師たちは共食いを始めていたらしい。
こうなるとただの野生のアンデッド(不死魔物)だ。回復薬を塗った方が解体には向いている。
なるべく死体を傷つけないように、後ろからフードを掴んで首を折り、曲がっている箇所をナイフで切っていく。血が噴き出すこともなく、枯れ木のように切れていった。
横目でコボルト先生を見ていると、ビュンビュンと音が鳴るほど槍を振り回し、グールの腰骨から足を切り離していた。
戦闘系のスキルだろうか。やけに様になっている。
俺も罠でも張ろうかと思ったが、その必要はなさそうだ。
コボルト先生が、グールになった死霊術師たちをほとんど倒していた。槍の相手に口だけで戦うのはどう考えてもグールたちは不利だ。
俺はグールが復活しないように頭にローブを被せ、アラクネの紐でぐるぐるに巻いておいた。
「砂漠を思い出すよ」
「旅してたんですか?」
「そう。あの時も考古学者だというラミアが、古い遺跡を探索してグールになって帰ってきた。躊躇していると自分まで呪われてしまう。いいかい? 呪いを感じたら自分の心に鏡を持つようにするといい。それだけでも随分違うから」
「わかりました」
「随分汚れたな」
コボルト先生は周囲の臭いを嗅いで、古井戸を発見した。
「アラクネの紐を分けてくれ」
コップに紐を括り付け、井戸から水を汲んだ。グールの指の痕が付いた腕を洗い流し、回復薬を塗って呪いの予防もしておく。
「たぶん、その辺に死霊術師の荷物があるから片付けておこう。衛兵たちが取りに来ると思う」
「わかりました」
木々の間を探してみると、本当に錫杖のようなものや腕輪、儀式で使う針が入った袋などが散らばっていた。
「あと、こっちにもある」
コボルト先生の鼻は正確だった。
「こんな大勢で来て、秘宝を山分けにするつもりだったのか? なにがやりたかったのかわからん」
「秘宝って中身は何なんですか?」
「小さな盃だと言われている」
「分けられないじゃないですか」
「一応、黄金があふれ出てくるという噂もあるし、水を入れれば万能薬になるという俗説まである。奈落で悪魔から習った魔法で作られているとか、巨人から盗んだ盃だとか、いろいろ説は多い。ただ、普通に考えれば夫婦茶碗だろうな。そんなものはたとえ見つけたとしても盗んじゃいけない」
「確かに」
「トレジャーハントにもルールがある。特に古い気持ちが詰まったものなら、呪われる可能性も十分ある。コタローくんが魔王の口述筆記を手に入れる時も十分に気をつけてくれ」
「わかりました」
死霊術師のものと思われる革鞄を拾い上げると、中から本が2冊出てきた。死霊術師の伝説が書かれた本と『魔術大全』と書かれた分厚い本だ。
「それ読んでおくといいかもよ」
コボルト先生が『魔術大全』を見た。
「魔法スキルの話ですか?」
「いや、悪魔の術について書かれているから。もしかしたら魔王が奈落で出会った悪魔の記述もあるかもしれない」
「そうなんですか!?」
「それだけ分厚いから誰もまともに読んじゃいないけどね。貰っときな」
「読んでみます」
俺にとっては魔法スキルよりも奈落のことの方が知りたい。
「口述筆記よりも、そういうものの方がいいかもしれないよ。図書館の司書さんに聞いてみるといい」
「そうですね。行ってみます」
その時、風が吹いて、どこかからピーッという音が聞こえてきた。
「大岩が鳴いている」
「岩に隙間でも空いてるんですか?」
「こちらからはその穴は見えないけどね。近づいて見るとわかるけど、表面に扉の形が彫られているだろ?」
近づいて大穴をよく観察すると、確かに扉の形が彫られていた。
「奈落への扉だったと言われているが、定かじゃない。奈落を懐かしんで魔王が彫ったものじゃないかとも言われている」
「じゃ、柱の模様は大事なんですかね?」
「その模様は、魔法陣なのか呪術の模様なのか魔王以外にはわからないそうだ」
俺は模様をメモに書き記しておいた。
そんなことをしていたら、いつの間にか日が傾き始めていた。
「おーぅい! 大丈夫かぁ~!」
酒場のマスターが衛兵を引き連れてやってきた。マスターはホブゴブリンで、死霊術師たちと同じ種族だ。
「大丈夫だぞぉ!」
コボルト先生が手を振って返していた。
その後、衛兵たちの質問に答え、俺とコボルト先生は学生たちと一緒に下山。学校へと戻った。
「旅には、事件がつきものだ。こうして荒事も起こることがある。最低限でいいから、戦闘系のスキルか戦う方法を覚えておいてほしい。店に来た厄介なクレーマーも戦い方さえ知っていれば、ただの老人に見えることは往々にしてあるから。それじゃ今日はお疲れ様」
すっかり夜になった町を、俺は本を抱えて帰った。




