4話「縁結ぶヒモ男」
月夜が浮かぶ丑三つ時。
辺境の町から帰ってきて、すぐに寝て、アラクネさんに揺り起こされた。
「コタロー、起きて。そろそろ魔物が動き出すから」
「わかった」
どこに連れていかれるのかと思ったら、近くの崖の下だった。
カツン……。
どこからともなく、崖の中から何か音がする。
「ここ、古い坑道の出口だと思うのよ。ちょっと隙間があるでしょ。覗いてみて」
月明りがあるからまだ見えるが、崖の隙間なんか覗いても何も見えないだろうと思って、よく目を凝らして見てみた。
「わぁっ!」
暗い影の中から、人の骸骨がふらっと現れて、骨の手を伸ばしてくる。
「不死者よ。たぶん、坑道に埋められちゃったのね。怨念が骨に結びついて、魔物になったみたい」
「魔物って骸骨かぁ。倒せるかな」
「いつも猪でやってるじゃない。はい、つるはし」
アラクネさんは用意がいい。
俺は崖に空いた隙間を広げるように、つるはしを振るった。
もちろん、ちょっとずつしか広げられないが、徐々に掘っていく。
すると、どう考えても骨盤は通らないだろうという隙間が空いた時点で、骸骨の方から手を伸ばして這い出てこようとしてきた。人が這い出てくるスピードですら遅いのに、骸骨なんてもっと遅い。
思わず、頭蓋骨につるはしを振ってしまった。
カコンッ。
乾いたいい音が鳴り、骸骨は動くのを止めた。
「もしかして今の一撃で、倒せたことになるの?」
「そうね。討伐完了じゃない? 魔石がどこかに落ちていると思うけど、明るくなってからでも構わないでしょう。あ、ほら、見て、次の骸骨が来るわよ」
やはり隙間に空いた穴からどんどん骸骨が這い出てくる。折れたナイフや剣を持っている者までいるが、穴は武器を振れるような大きさではない。一方的にこちらが頭蓋骨を踏み、ゲートボールのようにつるはしで粉々に砕いていくだけだ。
「魔物の討伐って、こんなんでいいの?」
「冒険者ギルドに張り出されるような依頼は、もっと難しいでしょうけど、ギルドがあずかり知らぬところでこういう討伐はやられているでしょ」
「そういうもんか」
とりあえず、魔石は長い草に埋もれてわからなかったが、折れたナイフや錆びた剣は持って帰ることにした。結局6体も骸骨やドラウグルという皮付きの不死者を倒して、家に帰った。
日が上りきった午前中に、目を覚ますと、天井にレベル2の文字が浮かび上がっている。
ステータスもすべて5割り増しくらいに増えていた。しかも、魔力が2と初めて数値がついたのだ。これで俺も魔法使いになれるのかと思ったが、そんなことはないらしい。
「2じゃ、なにも使えないわ。できて火付けくらいじゃないかな」
「そうか。甘くないな」
「で、どう? スキルの方は」
スキルポイントというものがあるらしく、俺は5ポイントも貰っていた。努力で増えるとアラクネさんが教えてくれた。
「これって、1ポイントにつき、1スキルが習得できるってこと?」
「そうね。項目があるはずなんだけど……。壁際とかに書かれてないかな?」
「ああ、あった!」
天井にステータス、壁には習得できるスキル一覧が表示されている。大きすぎて便利なのかどうかよくわからない。しかもスマホのようにスクロールまでできるようだ。
「どんなスキルがあるの?」
「薪わりとか採掘とかは目立ってるね。でも、俺は『もの探し』でいいや。とりあえずいいかな」
「え? 他のスキルは取らないの?」
「ん~、スキルポイントが時間経過でなくならないなら、持っておいた方がいいんじゃないかと思って」
「魔法とかも?」
「ん~、うん。今のところ困ってないからね」
案外困ると思っていたトイレ関係も、意外と草で対応できてしまっている。
「早速使ってみてもいいかな?」
「うん。たくさん試してみなくちゃね」
俺は昨夜持って帰ってきた折れたナイフに『もの探し』のスキルを使ってみた。
薄く黄色く光る紐のようなものが飛び出して、昨夜の崖下へと向かっていった。
「最期の持ち主と繋がってるのかな」
「検証してみましょう」
紐を追いかけてみると、崖下にある骨粉に辿り着いていた。
「予想通りだね。これって、どれくらい遡れるんだろうね。作った人までかな? 材料を加工した人かな? それとも鉄鉱石を掘り出した人まで行ける?」
「何でも検証しましょう」
骨粉を折れたナイフに振りかけてから、『もの探し』のスキルを使ってみた。
再び、黄色い光る紐がナイフから伸びて、空高く上がった。樹上へと越えたあたりで方向を変えて、町の方に伸びていく。
「紐が高く上がったなぁ」
「高さで距離を表しているのかもしれないわね」
「なるほど。だとしたら、意外によくできたスキルなんじゃないかな」
紐を追ってみると、森を抜けて街外れの古い鍛冶屋に辿り着いた。ナイフの柄に描かれた模様と店先に掲げられた看板が同じなだけで、ちょっとテンションが上がってしまう。
「おおっ! 作り手に辿り着いたね!」
「これは探知スキルとかではわからないんじゃないかしら」
俺たちは『探知スキル』の下位互換スキルと言われている『もの探し』の強みを見つけてしまったのかもしれない。
「何をしてるんだ?」
背が低く、赤い肌のドワーフが、長いひげを撫でながら、店先の鍛冶場から出てきた。
「ああ、すみません。森の洞窟でこれを見つけて、柄と同じ模様の店を見つけたので嬉しくなってしまいまして……」
俺は鍛冶屋のドワーフに折れたナイフを渡した。
「ん? こりゃ、爺さんが作った安物のナイフだな。洞窟ってことは坑道跡か」
「そうみたいですね」
「昔はこんな辺境でも、こうやって柄に模様を入れたり粋なことをやってたんだなぁ」
「今はやらないんですか?」
「今は……、ナイフよりも包丁、盾よりも鍋の方が需要がある」
それだけ討伐する魔物が減っているということだろう。
そう言いながらもドワーフの鍛冶師は、頷きながらナイフの柄を眺めていた。
「もしよかったら、受け取ってもらえませんか?」
「え? せっかく古い坑道から持ってきた物だろう?」
「いや、俺なんかが持っているよりも縁のある人が持っていた方が様になりますから」
「そうか。だったら、これと交換しよう。できたばかりのナイフだ。包丁作りの片手間で作ったもんだ。切れ味は保障する」
俺は真新しいナイフを受け取った。模様はないが、握りやすく獣の皮を剥ぐのに使いやすそうだ。
「いいんですか?」
「いいさ。まさか爺さんの作品に会うとは思わなかったからな。これも何かの縁だ」
「ありがとうございます。大事にします」
「ああ。嫁さんも大事にしろよ」
ドワーフの鍛冶屋はアラクネさんを見て言った。
「はい」
一人一人に会ってみると、人も魔物もそれほど嫌な顔はしないものだ。きっと、俺たちがこんな風に縁を繋いでいく方が、人と魔物を結ぶ辺境の町にとってはいいことなんじゃないか。
「いいの? 採掘した人まで検証しなくて」
「ドワーフのお爺さんだよ。きっと墓の中だ」
「それもそうね」