38話「魔王へのお供えもの」
学校にも7日に一度休日がある。俺は休日の早朝、のそのそと起き出して、台所に置いてある夕飯の残りを食べて外に出ようとした。
「また、こんな朝早くに出かけるのかい?」
振り返ればアラク婆さんがこちらを見ていた。
「うん。魔王の墓参りをしたいんだよ。口述筆記を探したくてね」
「そう言われると止めようがない。気をつけていってらっしゃい」
「いってきます」
今日は魔物たちの安息日で、閉まっている店も多い。ただ、ミノッちゃんがいる八百屋は開いていた。
「おはよう。コタロー」
「おはよう。ミノッちゃん。今日は市場は開いてないんじゃないの?」
「そうなんだけど、余っちゃった野菜をピクルスにして売ってるんだ。パンに肉と一緒に挟むと美味しいだろ?」
「確かに。弁当には香の物も合うからね」
「ああ、そうだ。コタローが考えた弁当、随分人気になってるね。最近、どこの店でもやってるじゃない?」
「本当。それなら、よかった。なんとなくまだ使える食材を捨てるのもったいない気がしてさ」
「ラミアさんの店は、売り上げも上がって、休日に清掃の業者も呼べるようになったって言ってたよ」
そう言えば、家を出た時に清掃業者を見た気がする。
「それで半人街にもお客がいっぱい来るといいね」
「本当だよ。隣なんかまだ借り手がいないんだから」
八百屋の隣は空きテナントで扉は板で塞がっている。
「高レベルの冒険者が店でも始めないのかな?」
「そうしてくれるといいんだけど、優秀な人は国中をあちこち飛び回ってるからね」
辺境の温泉にいた高レベルの婆さんも商売に熱心というわけでもなさそうだった。
「いや、そもそもレベルが高いってことはそれだけ魔物を倒しに行っているってことだから、魔物を追うので忙しいし、わざわざ商売をしなくてもいいのか……」
「普通に考えて、そうだよね」
いくつも商売をしている高レベルの者の方が変なんだ。ミノッちゃんと話しているうちに納得してしまった。
ただ、なぜ彼らはレベルを上げることを止められたのか、逆に元々商売をするためにレベルを上げていたのか、という疑問が湧いてくる。その後商売をするくらいだから若くしてレベルを上げることに成功したはずだ。短期間のうちに効率的にレベルを上げてる者たちは存在する。
事実を見れば、何を調べればいいのかわかる。
「でも記録が残ってないのか」
魔物の国には冒険者ギルドがあるわけではなく、酒場が何でも屋を担っていると聞いた。本人たちに聞くしかないか。
「レベルと視点か……」
「なに? どうかした?」
「いや、なんでもない。空きテナントは商店街で店、借りれないの?」
「さあ、それは知らないけど。なんで?」
「店舗自体は商店街で借りて、屋台の出店者に時間割で貸せばいいんだよ。地方から来る行商人もいるでしょ。この商店街なら野菜や肉がなくなってもすぐに在庫は補充できるし、割れ物は激戦区の広場よりも店舗の方が売れるでしょ」
「それで家賃を商店街の皆で分けるってこと?」
「そう。屋台の人は店舗経営を学べるし、商店街の人たちはどういうものが売れるのか、どういう接客なら売れるか、新しいサービスはあるのか、全部情報が見れるじゃない?」
一気に喋ったらミノッちゃんが引いていた。
「いや、別にそんなことしなくても売り上げは上がってるのか。ごめん聞き流して」
「ん……、うん」
「お供え物によさそうな果物ってある?」
「リンゴがいいよ」
「じゃ、一つ頂くよ」
「誰かのお墓参りにでも行くの?」
「魔王の墓参りにね」
「人間なのに?」
「人間でもさ。人間と魔物の戦いを止めた英雄にはお礼を言いたい」
「コタローは変わってるね」
俺はお代を払って、リンゴを紙袋に入れてもらった。
「それじゃ、また」
「うん、またね」
ミノッちゃんが仕事に戻り、俺は町の中心地を通り、高名輪地区の先にある魔王の墓へと向かう。中心地の広場は朝からいくつもの屋台の準備をしていた。昼には魔物で混雑しそうだ。
高名輪地区は閑静な住宅街で、庭師の籠や馬車が停まっているものの魔物の姿は見えなかった。
大きな議事堂を通り過ぎ、右手に回り坂を下りた。
魔王の墓所は議事堂の東側にあり、椅子に座った魔王の石像が建っていた。ひじ掛けに肘をつき見るからに不機嫌そうで、眉間には皺が寄っている。なぜこの姿なのかはよくわからないが、不正をしないように議会を見張っていると思えば納得できる。
魔王は、レッドデーモンつまり赤鬼だが、奈落から帰って来た時に尻尾が太くなっていたそうだ。鬼族でも尻尾が生えている者はいるが、レベルが上がって尻尾を使うようになったのかはわからない。一緒に行った青鬼族には尻尾は生えない。
自分にあるものを奈落では何でも使ったということだろうか。
台座には銀細工が嵌めこまれ、魔王の足下には一輪だけ花が置かれていた。俺もそこにリンゴをお供えする。
ふと誰が花をお供えしたのか、気になった。
もしかしたら魔王の口述筆記人の縁者に辿り着けるかもしれない。
そう思って『もの探し』スキルを使ってみた。
黄色い光の紐が議事堂の屋根まで上がった。
もしかして遠いのか。旅の行商人が記念としてお供えしたのかもしれない。
そう思ったが、光の紐はまっすぐ学校へ向かった。。
「先生の誰かか?」
俺は魔王の墓に手を合わせてから、立ち去った。
休日の学校は閑散としていて門兵も見回り中でいなかった。
扉は開いているし、『もの探し』の光が学校の中に射しているので躊躇しながら入ってみる。警報が鳴るわけでもないので、別にいいのか。
考えてみれば図書館はあるし、寮生活の学生だっているのだから当たり前だ。
光を辿っていくと校舎の裏手にある倉庫を差している。
暗い蔵のような倉庫には明かりがついていて、誰かがゴソゴソと探しているようだ。
「こんにちはー」
こちらも学生なので、挨拶ぐらいはしてもいいだろう。
ただ、何かを探している魔物からの返事はない。
「なにされてるんですか? こんにちはー」
もう一度声をかけてみると、犬顔の魔物が籠をかき分けて出てきた。
「やあ、呼んだかい?」
おそらくコボルトという種族の先生のようだ。
「何をされているんですかね?」
「明日から探索の授業で、山に行くから準備をしているんだよ。君は……、もしかして噂の人間じゃないかい?」
「そうです。俺もその授業を受けたいんで手伝ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだよ。必要なものをまとめてるんだ。柱のメモを見てくれればいいから」
「わかりました」
すでにロープや火付け棒、水袋などは大量に用意されていた。
「何名で行くんです?」
「7名かな。山に慣れている種族の学生たちだから、現地調達でもいいんだけどね。旅に準備は重要だからさ」
「確かに、その通りですね」
旅は、備えあれば患いなしだ。とりあえずメモに書かれている物は袋に分けて揃えた。
あとは学生がそれぞれ準備をするだろう。
「ところで君は? 今日は休日だろう? どうしてまた学校に?」
「魔王の墓にお参りに行ったんですよ。先生、お花をお供えしませんでしたか。『もの探し』のスキルを持っていて、花の所有者を辿ってみたら、学校の倉庫に辿り着いていたんです」
「なるほど、そういうことか。魔王は旅人からすれば、王というより神様みたいなものなんだ。奈落まで行って帰ってきた魔物だからね。そんな遠くへ旅に出るわけじゃなくても、旅の前には必ずお参りして安全を祈願しているのさ」
「そういうことですか」
学外に行くから、学生たちの安全のため余計に気を遣うのだろう。
「休日返上で働いているんだから、先生も大変ですね」
「そうでもないさ。僕の場合は好きなことをやらせてもらっている方だよ」
「そうなんですか?」
コボルト先生の好きなことは旅だろうか。
「普段はトレジャーハントをやってるんだ。中央に帰って来た時に学校に雇ってもらって旅の楽しさを教えて、また旅の資金を貯めさせてもらってる。僕にとってはこのサイクルが楽しいんだ。なかなかお宝は見つからないんだけどね。君は何か探し物はあるかい?」
「ありますよ」
「体力のある若いうちに探した方がいいよ。いいスキルを持っているんだから特にね。周りの仲間が体の不調や年齢を理由に諦めていく姿を見ていると結構つらいんだ」
旅人の界隈は意外と狭く、仲間思いだったりするのか。もしかしたらコボルト先生は、セイキさんのことを知っているかもしれない。
「青鬼族のセイキさんって知ってますか?」
「知っているよ。随分前に引退して辺境に行ったと聞いたけど」
「俺の罠抜けの師匠なんですよ」
「あ、そうなんだ。意外な縁があるね。へぇ、セイキさんの弟子か。あの鬼、弟子なんて取るんだね?」
「結構丁寧に教えてもらいましたよ。お陰で職場のポイズンスパイダーと骸骨剣士を倒しましたから」
「そういうのも教えた方がいいんだろうな。あれ? セイキさんは何を探していたのか聞いたことある?」
「魔王の口述筆記ですよ。紹介状を持ってます」
俺はゴブリンたちには無視されたセイキさんの紹介状を見せた。
「ああ、奈落についての記述かぁ……」
コボルト先生は紹介状をすぐに読んでいた。
「明日は必ず一緒に山に行こう。魔王の別邸があった場所だからさ。もしかしたら、探し物が見つかるかもしれないよ」
「わかりました。ありがとうございます。あ、コタローです。人間のコタロー」
「コボルトのルトワックだ。よろしく」
もしかしたら魔王の口述筆記まで辿れるかもしれない。お参りには意味があった。




