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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
中央町の生活

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36話「英雄商売の穴」


「こんにちは」

「おう。コタローくん、どうした?」

 土蜘蛛先生はぼーっと外を見ながら、考え事をしているようだった。


「一緒に弁当を食いましょう。中におかずとパンがありますから」

「弁当? 昼飯の時間か」


 持ってきた弁当は二つ。アラク婆さんに「アラクネさんもお世話になった先生の分も」と頼んで作ってもらった。


「おおっ。これはいいものだね。お湯は沸いてるよ。茶葉もいいのがあったな」

 研究室の縁側で俺と先生は並んで弁当を食べた。お茶は、地方から取り寄せたハーブ。研究室は風通しもよく、天気もいい。


「研究は進んでいるかい? いや、まだ1日しか経っていないか」

「それなりに進んでいるんですけど、幾つか疑問が湧いてきてしまったんで聞いてもいいですか?」

「構わないよ。学生の疑問に答えるのが担当教員さ」


 俺は弁当の鶏肉と根菜の煮物を食べながら、話し始めた。


「この中央に魔物の貴族というのはいるんですか?」

「いや、いないはずだ。魔王が貴族制度を撤廃してね。もう300年になる」

「首長たちの議会があると聞きました」

 議会民主制だ。

「ああ、その通り。各地方都市で選挙が行われて、議員が選ばれるのさ。わかるかい?」

「わかります。前の世界でもそういうシステムでした。ただ、懸念されることとして、議員は血筋で選ばれたりしてませんか? つまり議員の息子は議員になっているとか」

「……なっていることが多いね」

「喋り難ければ喋らなくて結構です。いろんな派閥があるかもしれないので」

「いや、私に派閥はない。気にせず質問を続けて」

 土蜘蛛先生はおかずを美味しそうに食べていた。


「今朝、仲卸のミノッちゃんって娘と卸売市場の見学に行ったんですよ。勝手についていったんですけど……」

「学外の研究かい?」

「まぁ、そんなところです。俺には『荷運び』スキルがあるので、少しは役に立つんじゃないかと思ったんですけど、朝の市場は激戦で大して役には立ちませんでした。それより彼女はすごい優秀で自分が買った商品の計算を一瞬でしていたし、頼まれていた商品もすべてメモをして完璧に仕事をこなしていた」

「職業技能というやつかな?」

「そうかもしれません。それと、今下宿先で一緒に生活しているアラクネの娘さんもこの学校に通っていたと聞きました。彼女は織物工房で働いています」

「うん、それで疑問というのは?」

「学校って社会を学んだり、その後の人生で関わる仕事に繋がることを学ぶ場所じゃないですか。もしかして魔物の国では種族差別はないけど、職業に貴賤はありませんか。そもそも魔法使いや剣士、武術コースを取っている学生たちは冒険者や衛兵以外だとどうやって食べていくんです? 就ける職業がものすごく限られているんじゃないですかね?」

「コタロー、君は面白いことに気づくね」


 土蜘蛛先生はお茶を飲んでにっこり笑った。


「すべての魔物の特性だと考えてもらって構わないが、なぜか戦闘力が高い者は優秀だという思い込みがある」

「種族も職業も関係なく戦闘力ですか?」

「その通り。かつてはレベルで分けていたし、現在の中央でも議事堂の周りは高名輪、つまりレベル上位の高名なグループという意味の地区が存在する。レベルが40以上ではないと住むことを許されない地区さ。今はレベル30まで下がったけどね」

「差別ではなく格差が存在するってことですか?」

「そういうこと。レベルが20に満たないと入れない商人ギルドもあるし、レベルが30を超えると、年収も跳ね上がる。君の会社の社長は、それを蹴って辺境に行ったんだ。まぁ、彼女の場合は高名輪地区に住む英雄の御曹司から結婚を申し込まれても振るような変人だからね」

 アラクネさんって、ものすごい変人だったのか。


「ちなみにアラクネさんってどんな研究をしていたんです?」

「スキルと視点かな」

「視点ですか?」

「レベルが上がるとスキルを取得できるだろう? でも、そもそも経験していないことはレベルが上がったとしてもスキルとして発生もしない。スキルが発生するための条件について研究していた」

「それって机上の空論じゃ研究できないですよね?」

「もちろん実地研修を行ったのさ。野性の魔物がいると聞けば、一目散で駆けだしていった。各種武器、魔法、呪い、毒、罠、あらゆる方法を使っていたね。彼女は自身の糸で包囲網を作り、どうやっても魔物を倒せる状況を作っていた。そしてスキルの発生条件は視点であることに気が付いたのさ」

「それってつまりどういう視点ですか? 視点なんてミクロ的な視点から俯瞰した視点だっていくらでも持てるじゃないですか」

「魔物を殺す際の視点だよ。毒を流し込めばどういう反応が起きて死ぬのかとか、どういう経路を辿り剣が突き刺さり死ぬのかみたいな視点。細かく意識することによってただの『剣術』スキルではなく、『切断』スキルなんていうのも発生するらしい」

「へぇ~」


 アラクネさんは面白い研究してたんだな。


「でも、彼女もレベルが上がって気づくんだよ」

「お金を稼ぐ能力と戦闘力に相関関係はないってことにですか」

「そう。英雄の信用を使った商売は、どこかで破綻がくるようでね。高名輪地区の魔物が、自分が経営している娼館で、娼婦に乱暴を働いた事件があってね。魔物は『レベルの高い魔物が種付けすることによって婚姻関係を結び、別の場所でも商売ができるようにしてやっただけだ』と言い訳をしていた。種族平等の観点から言ってもその魔物のやったことは犯罪だ。娼館も他の関連商店も潰れて、その魔物は中央を追放された」

「働いていた魔物たちはどうなるんです? 廃業ですか?」

「え? いや、潰れたとは聞いているけど、どうなったかは……」

「失業保険みたいな制度はないんですか? 自分が起こした事件ではないのに、会社が潰れたら生活できないじゃないですか。セーフティーネットのようなものがあったりはしない?」

「しないね。たぶん、近場にある別の娼館のオーナーが買い取ったんじゃないかな。他の関連商店も独立していると思うけど……」

「評判は悪くなりますよね」

「そうだろうね」

「へぇ~」


 いつの間にか弁当は平らげていて、お茶がなくなっていた。

 俺は鉄瓶に水を入れて囲炉裏にぶら下げた。


「あれ? もしかして俺がやろうとしているレベル上げツアーって結構話題になりますか?」

「ん~、そうだね。本当に実現したら、魔物の国がひっくり返るくらいの衝撃が走ると思うよ」

「そうかぁ」

「やっぱりやめておくかい? おそらく各種族のレベル上げの方法なんて表には出てこないよ」

「いや、俄然やる気になりました。できっこないをやらなくちゃ、状況は変わらないので」


 どうせレベル上げツアーでもやらないと、奈落から巨人が出てきて倉庫業が滞る可能性が出てくる。


「できっこないことをやるかぁ。人間って面白いなぁ」

「そうですかね」

「僕には可能性すら見えてこないけれど」

「レベルはスキルと関連するし、スキルは視点と関連する。ということはレベルと視点も関連したりしないかなとか考えてるんですよ」

「例えば、どんな?」

「アラクネさんの研究は魔物を殺す自分の研究ですよね?」

「スキルはその個人の能力だから、自分とも言えるだろうね」

「そうじゃなくて、例えば魔物の分布図から考える視点とかどうです? 火山地帯の魔物を氷魔法で凍らせて倒したり、乾燥地帯の魔物に大量の水を飲ませて体の動きを鈍らせてから倒すとか……」

「環境に合わせた討伐かぁ。でも、コタローくんは、戦闘スキルは使えないんだろ?」

「そうですね。でも大発生を予測できれば……、むしろ大発生を引き起こすことができれば……。いや、危険ですね」

「魔物の大発生って予測できるものなのかい?」

「予測できていないんですか?」

「おそらく、できていないよ」


 俺には、光明のようなものが見えた気がした。


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