35話「ダンスの授業は回避率?」
今日受けるダンスの授業は、学校の広い中庭でやっていた。
「ストレッチからねー。ラミアでも伸ばせるだけ尻尾も伸ばす。骨の可動域を広げるつもりで。化けている竜種も大きく息を吸って肋骨を広げるようにやってみて」
先生はゴルゴン族で頭の蛇まで伸びている。服装はレオタードにスパッツというよりも全身タイツのような姿だ。
「わかりました」
俺は学生時代に習ったようなストレッチをやってみる。
「あら? あなた人間そのものじゃない? どうやって化けたの?」
ゴルゴン先生にすぐ目を付けられた。目の一族だからすぐに見抜いてしまうのだろう。
「いや、ただの人間です。異世界から来ました」
異世界人と言った方が、こっち側とか言ってくれるだろう。
「ああ、そうなの。魔物の国に飛ばされるなんて運が悪いわね」
「辺境の町にいて、アラクネさんに魔物の学校を紹介されたんですよ。魔物の文化を知った方がいいって」
「そうなの。じゃ、しっかり学んでいって」
「はい」
「彼のように空を飛べなくても石化の呪いを知らなくても、ダンスには関係ないわ。不思議なことに脳って誰かの動きを観察すると、勝手に自分の身体で再現しているイメージを作り出せてしまうものなの」
ミラーニューロンの話をしているのか。
「だからダンスをしている者を見れば、自然と気分が高揚したり、笑ったり、勝手にパフォーマンスが上がったりするものなんだよ。リザードマンの君、ちょっと来て戦闘の踊りを見せてくれないかい?」
「一人で、ですか?」
リザードマンの学生が前に出た。
「友達と一緒でもいいよ」
「では」
リザードマン3人が前に出てきた。俺の隣にもリザードマンがいるが、彼は誘われなかった。もしかしてドラゴンなのかな。
「ウォオオオッ!」
雄たけびと共に、ラグビーの試合前に見るハカのような踊りを踊り始めた。
身体を叩き、祖霊の力を借り、敵を強者と認め挑発する。踊りだが、意味はわかる。
アドレナリンが出ているのか、ちょっとやそっとの打撃は効かない気がしてくるから不思議だ。
「ハッ!」
踊り終えたリザードマンたちは汗のせいか鱗がキラキラと輝いて見えた。
「こんな風に自分の持っているポテンシャルを最大限上げるダンスもある。ダンスは身体を使って気持ちを表現することで見る者の代謝を上げたり、単純な攻撃力を上げたりする効果があるんだ。だから受け手の視野や視線が結構大事でね。ああ、リザードマンたち、ありがとう」
先生はリザードマンたちを下がらせて、長い鞭を取り出した。
「もう一つ、見てもらいたいダンスがある。ちょっと離れていておくれ。目のいい者なら、変化に気づくはずだ」
ゴルゴン先生は鞭を振り回しながら、表情も変えずに踊り始めた。
鞭に先生が引き寄せられるように見えたり、そうかと思えば学生の鼻先まで鞭の先が飛んできたりするようなこともある。当然鞭に目が行きがちだが、ゴルゴン先生が操っているので、持っている腕を見てしまう。
ヒュンッ。
風を切り裂くような音が聞こえる。
パンッ!
空中で音が弾ける。音楽はないが、リズムがある。
もう一つ気づいたが、腕で振っているというよりも全身がしなっているように見えた。
腰の回転と胸の回転があるから、四方八方に鞭を振り回せるのだろう。見ていて気持ちがいい。隣で見ているリザードマンも、ゴルゴン先生が鞭を振る度、腰と肩が動いている。
うねるような鞭がゴルゴン先生の手に収まって、ダンスは唐突に終わった。
「はぁ、久しぶりにやると気持ちいいね。武術系の授業を取っている学生ならわかるかもしれないけど、これを見た後だと攻撃の起点がわかるから見切れることがあるのよ。じゃ、隣同士で組んで、相手に触ろうとしてみて、相手の手には触れないように。手や腕が触れたらその場で終わり。相手には必ず手の平か指で触れること。足もダメよ」
俺は隣のドラゴンと思われるリザードマンが相手だ。
大柄だが筋肉は少なそうだ。青いジャージのようなものを着ている。
「よろしく」
「ああ、よろしく頼む。こういうのは初めてなんだ」
彼は小声で話した。
「俺もだよ」
突如、脱力した手が目の前に飛んでくる。身体をのけぞらせて躱す。
ゴルゴン先生のダンスを見た後だからか、肩と腰を見てしまう。向こうも同じだろう。
なら、軽いフェイントから入ろう。
左肩を動かして脱力した右腕を放り投げるように相手を触ろうと手を伸ばした。
リザードマンの彼は、フットワークでそれを躱していく。
向こうもフェイントを混ぜ始める。
「上体を低くせず、あくまでも軽やかにステップを踏んで、相手に手を伸ばすことを覚られないように」
ゴルゴン先生の声が中庭に響く。
自然と体がダンスを踊っているように動いてしまう。
一定の距離感を保ちつつ、つかず離れず、まるで社交ダンスのタンゴでもやっているかのようだ。そう考えると相手に正面を向けているからだろう。
逆に腰と胸をあまり動かさず、半身になってステップを踏むと武術的な動きになるのか。腰と胸は相手に触らせるときだけ。ステップを隠して触りに行く。ジークンドーのような動きになっただろうか。
リザードマンの彼は俺の不意打ちに、体をねじって躱し、肩に触れた。
「あー、ダメだったかぁ」
「いや、危なかった」
「面白いな」
「ああ。おや?」
周りを見ると、俺たちだけしか続けていなかったようだ。
「二人とも面白いダンスだったわ。息が合ってた。お互いやろうとしていることがわかったでしょ?」
「そうですね」
「フェイントを使われるとは思わなかった」
「そこはリザードマンの彼が合わせてくれたからよかったですよ」
「リオだ。ドラゴン族のリオ。お前は人間の……」
「コタローだよ。よろしく」
ダンスをした後で握手を交わした。
「ドラゴン族って言っていいの?」
「もう隠してもバレているからな。種族の歴史は受け入れるが、俺は俺さ」
リオは笑っていた。
「もっとうまくなると読み合いが出来るようになって、回避スキルが格段に上がっていくわ」
「なるほど」
ダンスはスキルを上げるのか。
「もう少しやる?」
「ええ、やりたいです」
「じゃ、別の人とも組んでいいし、いろいろやってみて。もう一度やって終わった学生たちは手を叩いてもいいからね。リズムを取ってあげて」
別の学生とやってもその種族の癖があって変わるし、リズムがあるとまた攻めに行くタイミングが変わってくる。ジャズっぽく裏拍子をとると全然対応できなくなるゴブリンや、ものすごくゆっくり腰を回すアルラウネなど、見ていても面白い。
ラミアの学生はものすごく上手いから惑わされてしまう。誘われている気がして手が伸びてしまい、上手く踊れない。ただ、躱すことだけは上手くなっている。起点の動きがわかるだけで全然違う。
「じゃ、今日はここまで。身体が冷えるからしっかり温かいお湯で身体を拭いてね」
昼頃、ゴルゴン先生が授業を終わらせてくれなかったらずっとやっていたかもしれない。
「コタロー、他の授業を取っているのか?」
身体を拭いていたら、リオに声をかけられた。
「他の授業も取るよ。俺は職業のコース関係なく授業に潜れるように土蜘蛛先生がしてくれたから」
「そうなのか。ちなみに午後はなんの授業を受けるつもりだ?」
「薬学だよ」
「毒でも作るつもりか?」
「何でも作るつもりだ。リオは?」
「声楽だよ」
「雄叫びじゃなくて歌を歌うのか」
リオはものすごく嫌な顔をしていた。
「苦手なんだよ。ドラゴンのくせに歌なんか歌ったら変だろ?」
「いや、別に。よく考えてみろよ。今日のダンスに歌を合わせたら、発声の強弱だけで距離感を掴めなくなるんじゃないか」
今日は動きを見て視覚ばかり使っていたが、歌は耳から聞こえる情報の変化に身体を対応させていかないといけなくなる。
「そういう目線か。面白いな」
「なんでも吸収した方がいいぞ。学生は何回でも失敗できるからね」
「そうだな。また、会おう」
「またな」
俺は弁当を食べに、土蜘蛛先生の研究室に向かった。




