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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
中央町の生活

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34話「魔物の国の卸売市場」


 夜明け前。俺はのそのそと起き出して、台所にあった夕飯の残りをかっこみ、外に出た。

 通りには酔いつぶれた魔物たちが仲間たちに抱えられて帰宅しているところ。俺は、閉まりそうな飲食店のドアを開けた。


「なんだ? どうした? 弁当に何か注文でもあんのかい?」

 ラミアの店主が聞いてきた。


「川岸の卸売市場がそろそろ開く頃かと思ったんですけど、場所を教えてもらえませんか?」

「卸売市場になんか行って、何をする気だい?」

「見に行きたいんですよ。魔物の国の商売を」

「いいけど、まだ開かないさ。こっちは今から掃除して弁当作りだよ」

「手伝います」


 コップと皿を片付け、椅子をテーブルの上に逆さにおいて店中を箒で掃いていく。ブラシは週に一回かける程度と言っていたが、誰かが吐いた跡があったので、全て片付ける。

 ブラシをかけ終えると、他のホールスタッフたちと一緒に皿洗いに参戦。やることが決まっていると自然と体が動いていく。寝ている間に固まっていた身体が解れていった。


「洗剤がなくなりそうですよ」

「ああ、忘れてた。朝飯は食べたのかい?」

「さっき、台所にあったスープとパンを口に詰め込んだので大丈夫です」

「そろそろ仲卸のミノッちゃんが来るから、ちょっと待ってておくれ」


 やっぱりここまで大きい町だと仲卸業者がいるのか。


「あ、いってる傍から来たよ」

「おはよっす」

 

 身体が大きなミノタウロスの女性が裏口に現れた。背負子を背負い黒っぽい服で体の線が丸見えだ。


「ミノッちゃん、おはよう。今日から、あんまり余り物は出ないよ。弁当を作るからね。でも、野菜は全部はけたよ」

「わかりました。さっきもそこで聞いたんですけど、弁当ってなんです?」

「外で仕事をしている魔物たちが食べる持ち運べるランチさ。そこの人間が考えたんだ。詳しいことを聞きたければ、コタローに聞きな」

「人間!? あんた人間なのかい?」

「そうです。卸売市場に連れて行ってくれる? 邪魔しないからさ。なんだったら荷運びのスキルがあるから手伝えると思うんだ」

「構わないけど駄賃はでないよ」

「報酬はいらない。魔物の市場がどんなものなのか見たいんだ」

「いいけど……。私の仕事を取らないでよ」

「コタローは仕事を作り変えちまうかもしれないから気を付けな」

 ラミアの店主はそう言って笑っていた。


 俺はミノッちゃんと一緒に裏口から出た。ミノッちゃんはメモに野菜の品目を書いて、次の居酒屋に向かう。

 ミノッちゃんは野菜の仲卸をやっているんだ。メモには春に採れる野菜がびっしり書かれている。聞いたこともない野菜もある。電話もメールもないから、いちいち聞いて回っているようだ。


「見てわかるの?」

 ミノッちゃんが俺を見た。

「ミノッちゃんは旬を運んでるんだろ?」

「まぁ、そうだけど……」

「食品ロス、使われなかった食材はなるべく買わない。足りないって言われた野菜は高くても余計に買っておく」

「その通り。人間の国でもあるの?」

「あるさ、そりゃあ。まぁ、でも俺は異世界人だから、見たわけじゃないけどね」

「異世界から来たの!? だったらこっち側じゃない。緊張して損した」

 こっち側の意味は分からないが、とりあえず警戒心は薄れただろうか。


「どのくらい運べるの?」

 飲食店を回っている途中、ミノッちゃんが聞いてきた。


「猪一頭くらいなら運べるよ。ここに来る前は辺境の山にいたんだ」

「へぇ。辺境に魔物と人間の町ができたって聞いたけど……」

「あ、そこからきた」

「やっぱり人間と魔物で商売敵になったりするの?」

「そこまで、人間と魔物が関わってない。俺はアラクネ商会ってところで働いているけどね」

「そうなんだ。面白い?」

「面白いよ。これからもっと面白くするんだけどね」

「おおっ、自信があるの?」

「だって、俺は人間だよ。これ以上評判が下がりようがない」


 元は敵国の種族だ。しかもわけのわからない異世界人とくれば信用できるはずがない。


「でも、半人街の店はどこも弁当を作ってるみたいだけど、どうやったの?」

「いや、売れるものを売ってないから、機会損失だよって教えただけ」

「機会損失ね。いい言葉だ」


 ミノッちゃんは、ほとんど走っている。止まっているのはメモを書いている時だけ。市場に早く行きたいのだろう。

 東の空が白み始めている。


「もう船がついてる! 毎日、国中から商品が届くのさ」

 坂を下ったところに川が流れていて、両岸に市場が立っていた。船が渋滞している。荷下ろしも大変だ。

 食料品や雑貨などが分かれているが、魔物たちであふれているのがわかる。俺はとにかくミノッちゃんについていくだけだ。


「北方の魚が届いたから、向こうでセリをやってるよ」

 そう言われると魚の匂いがしてくるから不思議だ。


「私たちはこっちだ」

 腕を引っ張られて、野菜市場に向かう。


「あれま。ミノッちゃんが男を連れてるよ!」

「人間の商人が市場を見たいって言うから連れて来ただけだよ」

「人間がこんな朝早くに……」

「どうもおはようございます!」


 ハンチング帽を取って挨拶をすると、野菜を買いに来た仲卸業者たちが一瞬こっちを見た。


「皆が驚いているうちに、札を置いておこう」


 野菜が入った四角い籠が所狭しと並んでいる。籠ごと買うらしい。潰れそうな野菜は木箱に入っているが、中身の量は少ない。

ミノッちゃんは札に金額を書いて籠の中に入れていく。お金は後払いだ。

 時間が来れば一番高い金額を書いた業者が買い取るシステムになっているのだろう。


「端から決まっていくんだ。ミノッちゃんって言われたら、運んでいいからね」

「はい」

 あっという間に時間が来て、仲卸業者たちが運んでいく。人間に驚いている暇なんかない。

 出る時に箱や籠に書いてある金額を卸問屋に支払って取引終了。目まぐるしく魔物たちが入れ替わっていくが、皆商人だと思うとなぜか仲間意識が芽生えてしまう。


「二人いるからちょっと買い過ぎちゃったな。運べる?」

「うん。アラクネの紐は丈夫だから運べるよ」

 木箱や籠を背負子に乗せ、俺は木箱を背中に括り付けた。さながら歩荷のようだ。もちろん『荷運び』のスキルも使っている。荷物とバランスが取れて安定した。


「頼まれていた商品から届けよう」

「わかった」

「スキルを持ってると楽でしょ?」

「そうだね。最近取ったんだ」

「それまではスキルも使ってなかったの?」

「うん。そっちの方が、ステータスは上がるらしい」

「へぇ。知らなかった」


 坂を上り、通りを抜けて半人街の飲食店の裏口に野菜を届けていく。だいたい店によって置き場が決まっていて、肉や魚とは別の箱に入れていく。まだ店主が起きていれば、旬の野菜を宣伝して買ってもらったりもしていた。


 最後はミノッちゃんが働く八百屋に持っていって朝の仕事は終わりだ。スキルを使っているから疲れるようなことはないが、汗だくだ。ミノッちゃんも井戸で水を浴びるらしい。


「コタロー、昼は何をやってるの?」

「学校だよ」

「人間なのに、学生なの!?」

「職業が人間ってわけじゃないからね」

「ふーん。明日も来る?」

「たぶん、行かない」

「どうして? 仕事できそうなのに」

「もっと高く積み上げられる新しい箱を教えたくなっちゃうから」

「なにそれ!?」

「今度、教えるよ」


 籠を作っている業者を探さないと。破れた籠を貰って、『もの探し』で辿るか。


 アラクネの織物屋に戻ると、アラク婆さんが朝食を作って待っていた。

「どこに行ってたんだい?」

「卸売市場の見学してきました」

「朝から勉強熱心だね。なんか見つけたかい?」

「うん。たぶん箱に突起と凹みを付けて積み重ねられるようにした方がもっと商品が売れると思うんですけどね」

「今度は容れ物かい」

「虫除け用のペンキを塗って商品ごとに色分けをしたり、アラクネの糸で商品同士がぶつからないように仕切りを作ればいいのに、とかいろいろ口出しそうになりましたよ。でも籠を作ってる職人がいなくなるかもしれないから気をつけないと」

「頭に浮かぶことだらけで、コタローも大変だね」

「ノートに書いておきます」

「後で詳しく教えておくれ。織物の工房も忙しくなってくるから商品が汚れないような容れ物は大事だ」

「わかりました。汗をかいたんで水浴びします」

「石鹸使っていいからね」

「ありがとうございます」


 井戸から水をくみ上げて冷たい水を浴びると、一気に身体が冷えていく。それだけ自分が熱くなっていたということだ。

 魔物の国の卸売市場は見ていたけど理解できないことはある。野菜を担当している商人は女性が多く、魚や肉の商人は男もいたように思う。魔物は女性だからと言って力が弱いわけではない。目利きが利く方が商売には向いているのか。


 魔物の学生はどうなんだろうな。


 俺は身体を拭いて、学校へ行く準備をした。


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