33話「居酒屋店主会議の相談」
夕方、下宿先に帰ってくると、通りの居酒屋の店主たちが集まっていた。
「悪いんだけど、もう一回、弁当の説明を彼らにしておくれ」
「え? ああ、はい」
アラク婆さんに言われて、店主たちに説明。竹の弁当箱の大きさによって価格を決めることや安売りする時間帯などを決めていった。同じ価格にしないと売り上げが集中するためだ。
それから、皆同じものばかり売ると客も飽きるので、それぞれおかずの種類を考えることや、小鉢サイズの物は大量に作っておくと、夜の御通しにもなることなどを伝えた。
「ホールスタッフのチップ代わりにもなりますから」
「ああ、そうか」
「もう一回、御通しについて教えておくれ。一杯目のつまみサービスってことでいいのかい?」
「そういうことです。空きっ腹に酒を入れると早く酔いつぶれちゃうじゃないですか。それよりも長く店にいて料理やお酒を頼んでくれる方が、客単価は高くなりますよね。客の入れ替わりを激しくする。回転率を上げるよりも料理やお酒や雰囲気を好きになってもらって、末永くお客さんと関わっていく方が商売としても健全じゃないですかね?」
「それはその方がいいけど……」
「もちろん、迷惑な客は逆に追い出した方がいいですよ」
「うちの店はさ、ミミック通りに近いから、料理が泥臭いって言ってなかなか魔物も寄り付かねぇんだ。結局、酔いつぶれたような客ばっかり来るんだけど……」
サテュロスの店主が頭の羊角を搔いていた。
「店の売りは料理ですか? それともお酒?」
「料理よりは酒だな。いろんな地方の酒も取り揃えてるんだ」
「だったら、切り替えちゃっていいんじゃないですか。ミミックやゴーレム用に泥団子を作って弁当にしたり、ミミック通りで流行っているお香とかも揃えて、香りと酒を楽しむ店にすればいい。料理は、他の種族用にちょっとしたつまみかソーセージやチーズみたいな保存食だけでいいんですよ」
「そんなんでいいのか?」
「明るいだけが居酒屋じゃないですからね。結構、雰囲気って大事ですよ。昼間の喧騒の中働いていたら、夜は静かなところで飲みたいと思うのが人情というか……」
「そういうもんか……」
「飲食店は雰囲気が明るかろうが暗かろうが、とにかく清潔であることが重要ですから」
「そんなこと言っても、毎日血も飛び散るし油だって跳ねるよ」
ラミアの店主が渋い顔をしていた。
清掃に関する意識が低いのか。
「それは誰かを雇ってでも一度念入りに掃除をした方がいいですよ。食事って体の中に入れるものじゃないですか。変な菌とか入っているとそれだけで病気になりますよね。埃が溜まっているとか床が油でギトギトになっているだけで、客からの信頼度って落ちるんですよ。商売って信用なので、清潔さって大事ですよ」
「店を磨くより料理の腕を磨いた方がいいんじゃないかい?」
「美味しい物を出せば売れるというのも一時的なものです。味の好みは季節によっても変わりますし、これだけ種族がいれば、千差万別。新しい食材だって出てくる。料理の腕も大事ですけど、家庭料理の店でも人気になるのは、店の清潔さとホールスタッフの愛想の良さでしょう」
「そうかぁ……」
「だから、少しでも清潔に見えるように、アラクネさんのテーブルクロスを買って使ってみてください。汚れも落ちやすいですし、テーブルをいちいち拭かなくても洗濯をすればいいんですから楽ですよ。アラク婆さんは暖色系のテーブルクロスを作ってね。そっちの方が料理が映えるから」
「え? ああ、そうなの!?」
「じゃあ、俺はちょっとやることがあるので」
とりあえず織物屋の居間から出て、自室へ逃げた。
偉そうなことを言ってはいるが、居酒屋のバイトが考えているようなことだ。客単価を上げるようになると、客を選べるようになってしまう。
そうすると半人街じゃなくても客が来るようになって、価格も上げられる。作業量は減って、時間もできる。料理の腕が上がって、また価格を上げて、客も選ばれた者しかこなくなる。それが幸せだという者もいるし、近所の腹を満たすことが喜びと感じる者もいる。
その辺は気持ちのバランス感覚で、他者がとやかく言うことじゃない。
人間の言うことだからか魔物はよく話を聞いてくれるけど、気をつけた方がいいな。
「それよりもスキルだ」
土蜘蛛先生が書いてくれたスキル表を見ながら、受ける授業を考える。
いや、どういう種族が多い授業なのかで考えた方がいいのか。
ぎしっ。
椅子の背もたれにもたれかかり天井を見上げていたら、アラクネの娘の一人が部屋に入ってきた。
「コタロー、なんか居酒屋のおじさんたちに何か言った?」
「弁当の説明しただけだよ。あと、清潔にした方がいいんじゃないかってことくらい?」
「通りを掃除し始めちゃってて、従業員が引いてるんだけど……」
「店先を掃除してるだけでしょ。きれいになるんだから悪いことじゃない」
「そうなんだけどね……。余ってたテーブルクロスも全部売れちゃったし……」
「儲けが出て何よりじゃない。それより学生だった知り合いっていない? アラクネさん以外で」
「私も学生だったよ。アラクネ姉さんほど優秀じゃなかったけどね」
「そうなの? どの授業にどの種族が人気だったかわかる?」
「わかるよ。教えてあげようか」
「うん。頼むよ」
「じゃ、今度学食で売ってる甘いパン買ってきてね」
「わかった」
とりあえず干し肉をあげると喜んで齧っていた。
「コタローはなんの授業を取るのか迷っているってわけ?」
「いや、たぶんどの授業も受けることになるんだけど、種族が偏ってるのか知りたいんだ」
「なにそれ大変だね。確かに、授業によって偏ってるよ。でも、とにかく注意しないといけないのは、リザードマンに化けている竜種ね。ドラゴンってもともと大きいでしょ。それをリザードマンに化けてるだけで力も強いし、生産系には向いてないから、すごい迷惑なのよ」
「それって昔ドラゴンが他種族を差別していたから、そう見えるんじゃない?」
「それが偏見だと思うでしょ。武術系の授業を取るとすぐにわかるわ。力加減ができないのよ」
思ってもみないような威力が飛んでくるということか。奈落を探索するなら、そういう初見殺しみたいなのは多いはずだ。対応力を身につけるなら、竜種と関わった方がいいな。
「やっぱり学校では竜種って嫌われてる?」
「種族差別すると学校から追放されかねないけど、まぁ、皆腹の中ではそう思ってるんじゃないかな」
「決まりだな。竜種がよくいる授業って武術系だけ?」
「それが舞踊とかダンスの授業には結構いるのよ。爬虫類系の魔物も多いから、種族として好みなのかもね」
竜の舞でも踊るのか。
「他には? 例えば獣系とか」
「半人半獣はどこにでもいるんだけど、顔や頭が獣の魔物は歌が好きみたいでね。音楽の授業をよく取ってるね」
「遠吠えするから?」
「モテるからじゃない?」
「そうか。ゴーレム系は生産系の授業に偏ってる?」
「そうね。でも、細かい魔道具とか陶芸をやっている子が多いかな。無口だけどいい魔物よ」
「俺も知り合いがいるから、それはよくわかる。鬼族はどう?」
「鬼は結構バラバラで、剣術を極めようとする魔物もいるし、鍛冶をやる魔物もいるわ。青鬼は獣系と一緒に山に登りに行ったり外に行くことが多いみたい。吸血鬼は、ずっと魔法や呪いとかの研究してるわね」
「吸血鬼ってアンデッドじゃないの?」
「回復力は高いけど倒し方がバレてるからね」
頭蓋骨を壺に入れて埋めておけばいいらしい。そんなの、どの種族でも死ぬだろう。
「アンデッド系は?」
「骸骨剣士とかは剣術よ。意外に骨だけで戦う魔物は強いよ。筋肉じゃない分、確かな攻撃が来るって言ってたなぁ。あと魔法にも長けてる者もいるって」
「他には?」
「毒や薬は植物系に聞くのがいいよ。アルコール作りもやってるのかな」
「アルラウネとか?」
「そうそう。ドルイドとかね」
「スライムとかいないの?」
「いや、スライムは別に……、川にいるだけでしょ」
前の世界のゲームだとスライムは人気だったが、この世界では市民権はないらしい。
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。今日は外で食べるから、皆で行こうね」
「わかった」
スキル表と照らし合わせながら、俺は授業の順番を決めた。




