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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
中央町の生活
31/214

31話「陽だまりの大きなハンカチ」


 夜からずっと窓の外を眺めていた。半人街の夜は活気があり、食べ物屋はそのまま居酒屋になり、美味しそうな酒とつまみを提供し、仕事から帰ってきた魔物たちを癒している。

 前の世界とそれほど変わらない町の生活がそこにあった。


 逆に朝はそれほど魔物が通りにいない。皆、家で朝食を食べているのだろうか。市場に向かう行商人や荷運びのメガテリウムは通りを歩いているが、眠そうだ。


「おはようございます」

 中庭で洗濯紐に大きな布をかけていたアラク婆さんに挨拶する。織物屋の店主で、アラクネさんの伯母さんだ。下宿を長年やっていて、俺も知り合いの人間ということで食事代以外は無料で部屋を貸してくれている。他にもアラクネの娘さんたちが部屋を借りているそうだ。


「ああ、おはよう。よく眠れたかい?」

「いえ、あんまり。窓から見える町の景色が面白すぎて、見入ってしまいました」

「中央は夜でも活気があるからね。半人街は特にさ」

「町の魔物は、朝食を家で済ませるんですか?」

「いや、食べない魔物が多いかな。コタローは食べるかい?」

「頂きます」


 アラク婆さんは「顔を洗って台所に来な」と言って、洗濯紐を蜘蛛の巣状に吐き出しながらかけていく。洗濯籠には大量の洗濯物が入っていた。下着類は自分で洗うと言ったが、男物でも気にしないと洗ってくれた。


「ああ、学校の紹介状は持ってきたんだろ? 私にも見せておくれ」

「わかりました。持ってきます」


 こちらの世界に来てから、アラクネという魔物に縁がある。


 アラクネさんとセイキさんの紹介状を持って台所に行くと、キャミソール姿のアラクネの娘さんたちがパンとチーズを齧りながら朝食を取っていた。テーブルにはちゃんとテーブルクロスがかけられている。ほのかに温かい。保温機能でもあるのか。


「ああ、おはよう」

「おはよう」

「おはようございます。コタローです。よろしくお願いします」

「人間だって言うからもっと細いのかと思ったら意外にがっちりしているのね」

「山でイノシシを担いで走り回っていたので。この椅子使っていいですか?」

「どうぞ」

「敬語とか気にしなくていいよ」


 空いてる席に座って俺もパンとチーズを齧る。アラク婆さんがアラクネの娘たちに肉のスープを用意している。その間に、アラクネの娘さんたちが自己紹介してくれたが、いずれもアラクネという名前でイントネーションが違うだけだ。むずい。


「アラクネ姉さんの会社って何をするの?」

「給料制? それとも歩合?」

「倉庫業だよ。まだ始めたばかりだから給料とかもらってないな。でも、中央に来たのが報酬かもしれないね」


 スープはあっさり塩味で肉と野菜の旨味が出ている。鍋の野菜を食べないと言うので俺が貰った。味が染みていて美味い。


「どれどれ」


 アラク婆さんが食事をしながら紹介状を読み始めた。


「コタローは商売を考えるのが上手いのかい?」

「どうですかね。前の世界の知識があるだけですよ」

「異世界人か……」

「へぇ~どんなところ?」

「剣と魔法がない世界」

「そんな世界あるの?」

 アラクネの娘たちも興味があるらしい。


「あるよ」

「この織物屋が傾き始めてるんだけど、なにか売れるものはないもんかな?」

「いや……、このテーブルクロスを売ればいいんじゃないですか?」

「売れないよ。テーブルクロスを使ってる魔物なんかアラクネくらいさ」

「これって保温機能があるんじゃないかと思うんですけど、違います?」

「中庭の陽だまりに干しているからね。日の光で殺菌もできるし、まじないもかかっているから1日くらいだっだら温かいままだよ」

「じゃあ、売れるのでは……?」

「どうやって!?」


 アラク婆さんも娘たちもわかっていない。


「魔物の町には弁当の文化ってないんですか?」

「弁当? なにそれ?」

「仕事する人が職場に持って行くお昼ご飯。皆、そこら辺の屋台で食べちゃうんですかね?」

「いや、前の日にパンを買っておいて持って行く人もいるよ」

「私たちも、このパンとチーズを工房に持って行くけど……」

 娘たちは織物の工房で働いているらしい。


「朝食と昼食が同じだとモチベーションが上がらなくない?」

「でも、それしかないから……」

「そのために別のおかずを持って行くんだよ。このくらいの箱に詰めてね。これをお弁当っていうんだけど」

「なにそれ。いいじゃない!」

「え!? いいね!」

 娘たちは、ちょっと興奮している。


「箱ってどんなものだい?」

 アラク婆さんが身を乗り出して聞いてきた。


「竹で作ったものがいいんじゃないですか。何回でも使いやすいように洗いやすいものがいいですよ。仕切りを作って果物を入れたり、煮物を入れたりできますよね。二段にして片方は主食のパンとかサンドイッチを入れたり、ゴーレムには泥団子でもいいし、それぞれの魔物に合ったものを売れば、結構売れると思うんですよ」

「弁当か……」

「そのお弁当を包む大きめのハンカチを売れば、結構売れるんじゃないですかね? このテーブルクロスを切ったものでいいから『殺菌効果あり』『一日暖かい』とか書いて並べておくと売れるんじゃないですか?」

「確かに、この布なら昼まで料理が温かいもんね……」

「これだけ居酒屋があるってことは、余ってる食材もあると思うんです。それを翌朝調理して弁当に詰めて市場に向かう行商人に売れば、意外に通りの居酒屋も儲かるんじゃないですかね?」

「コタロー、それ今考えたのかい?」

「ええ。ずっと窓の外の通りを見てたんで……、おかしいですか?」

「おかしいね。通りの店の商売が丸ごと変わっちまうよ」

「そんな大事じゃないですよ。片手間で手の空いている人や朝まで起きている人がやればいいんです。朝も昼も夜も働くことになるから、ちゃんと交代しないといけませんし、できる方たちがやるようなことです」

「そうだけど……、まぁ、それなら売れるよ。大きなハンカチね」

 いつの間にかアラク婆さんはお茶を飲んで朝食を食べ終えていた。


「あんたたち今日は工房行かなくていいから、ゴーレムのところに行って竹でできた弁当箱を頼んできな」

 アラクネの娘たちに言っていた。

「わかった」

「コタローはしっかり学校に紹介状を持っていって土蜘蛛先生のところに行くようにね」

「はい。ごちそうさまでした」


 食器を片付けて俺は学校に行く準備をする。と言っても、別に筆記用具があるわけでもない。学校で売っている物を買おう。


「いってきまーす」

「いってらっしゃい。夕方、居酒屋が始まる前には帰ってくるんだよ」

「善処しまーす」


 俺は紹介状を持って、アラク婆さんに教えられた道を通り、学校へ向かった。


 魔物の学校は町に西側にあり、校舎はかなり大きい。大型のショッピングモールくらいあるんじゃないか。門兵がいて、しっかり町との境が分かれている。


「紹介状を持ってきたんですけど……」

「ああ、編入かな? あれ? 君、人間じゃないの!?」

 門兵のミノタウロスが驚いていた。


「そうです。辺境の町から来ました」

「ああ、そういうこともあるのか」

 門兵は丁寧に、事務局の場所を教えてくれた。

 当たり前だが学校には魔物しかいない。中庭では武術の訓練をしているのか、ゆっくりとした動きで演武を行っている。種族によって授業が変わるわけではないようだ。


 事務局に行くと、ほぼ役所のようになっていて、番号札を貰って待っていたら対応してくれた。


「に、人間!?」

 背中に羽の生えた妖精のような魔物の事務員が驚いていた。

「そうです。アラクネさんと青鬼族のセイキさんの紹介状があります。人間でも入れますか?」

「種族差別はないから入れるけど、人間が何を学ぶの?」

「魔物の商売とレベル上げの研究、それから魔王の口述筆記を探すようにって……」

「じゃあ、別に自分の体を鍛えて強くなりたいとか魔法を使って魔物を滅ぼしたいとかそういうつもりじゃないのね?」

「ええ。勇者も魔王もいないと聞いているんですけど……」

「ああ、そうよね。あ、異世界人なの?」

「はい」

「なるほど、馴染めないかもしれないけど頑張って。寮には入る?」

「いえ、アラクネの織物屋で下宿させてもらってます」

「そう。わかった。足し算とか引き算はできる?」

「できますよ」

「だったら、種族差別はしないようにしてもらえれば、試験は免除されると思うわ」

「ありがとうございます」

「アラクネ商会ということはもう仕事をしているのよね?」

「そうです」

「だったら土蜘蛛先生に挨拶だけして研究員として登録してくれたら、通って問題ありません。土蜘蛛先生の研究室は地図に書いてあるわ。森の近くだから、虫除けスプレーを持って行った方がいいかも。これ使っていいよ」

「いろいろお世話になります」


 虫よけスプレーを全身にかけて、俺は土蜘蛛先生の研究室へと向かった。


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