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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家
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3話「ヒモ男のスキルは紐スキル?」


 その日から、二週間。

 罠にかかった猪を斧で仕留め、担いで家まで持って行って解体。これはアラクネさんにやって見せてもらいながら、命を頂く尊さのようなものを感じた。

 それにしても紐を数本しか使っていないのに、ちゃんと獣がかかるのだからすごい。もちろん、落とし穴を掘ったりもしたが、アラクネの糸を撚って作った紐の罠の方が楽だ。

 さらに菜園作りでひたすら身体を苛め抜いた。おかしいのは回復力で、アラクネさんにマッサージを受けると、次の日には完全に筋肉痛が消えている。


 栄養素もいいのか、疲労感もない。ステータスは5日目辺りから爆上げ。

 体力が59、素早さに至っては72まで到達。それがどのくらいのことなのかはわからないが、猪を担ぐのだけは楽になった。切り株はまだまだ一気に引っこ抜けない。


「筋肉はあるけど、力が出ないってことなのかな?」

 だるだるだった腹はすっかり引っ込んでいた。

「いや、遅筋と速筋は付いているから、単純にスキルがないんでしょう」

「スキルってコツみたいなものじゃないのかな。料理じゃないけど、肉を焼く加減とかは上手くなってる気がするんだけど。あと、薬草や毒草の知識はアラクネさんに教わってるし……」

「私は採取と調合のスキルがあるけど、スキルの努力値みたいなものはあるのかしら」

「種族による成長率も違うかもよ」

二週間ですっかり打ち解けてしまっている。種族の話もタブーではないようだ。


「一度、冒険者ギルドに行って聞いてみましょう。猪の皮も大量にあるし」


 背負子に30枚の猪の皮を乗せて紐で縛る。


「山みたいになっているけど大丈夫?」

「重さ的には問題ないけど、バランスが……」

「もう少しひもで縛って固めておきましょう」

「うん」


 ぐるぐる巻きにしたら、煙突を背負っているような具合になってしまった。

 この二週間で、紐の結び方もアラクネさんから教わった。舫い結びに8の字結び。蝶々結びと肩結びくらいしか知らなかったが、いろいろあるものだ。


「まぁ、いいや。とりあえず、行ってみよう」

「そうね。あと、もし魔物の討伐依頼があったらやってみない?」

「だから、それは俺が冒険者の試験に通ったらの話にしようよ。レベル上がっても、まだスキルを選べてないから」


 一応、歴史上にあったスキルはなんとなくアラクネさんから聞いていたが、まだ決めかねている。むしろ自分のスキルを決めるには、市場調査をした方がいい。

 無駄に生産してしまう可能性だってあるのだ。いくら肉が多いからと言ってハムばかりを作っていても人気がなければ売れない。

 流通に乗せるなら、荷運び系のスキルを取った方がいいが、操舵や話術系のスキルだってあるはずで、利益率を考えるなら、まずはそっちの方を取るのがいいかもしれない。

 アラクネさんは、コロシアムで手っ取り早く稼いでもいいというが、戦闘系スキルの重要性を俺はまだ知らない。


 とにかく世の中で起こっていることを知ってから、魔物を討伐してレベルを上げたい。


 アラクネさんと出会った辺境の町まで、1日ぐらいはかかるかと覚悟していたが、あっさり午前中のうちに辿り着いてしまった。


「やっぱりステータス上昇のお陰よ」

「そうかな」


 体型の変化は感じるが、強くなってるような感じはしない。

 ひとまず、革職人の店で毛皮を半分売って、もう半分を冒険者ギルドに持って行った。毛皮を売った取り分は、半分ずつ。家賃も食費もすべて出してもらっているので、しばらくはアラクネさんが全部持って行っていいと話したが、運んで解体をしたのはコタローだからと、断られてしまった。

 俺としては、それは家の仕事という感覚に近い。風呂掃除や魚を下ろすのと変わらないような作業だと思っている。


「なんだか本当にヒモになってきたな」



 アラクネさんが食料を買いだしに出かけている間に、俺は冒険者ギルドで試験へと向かった。

 が、冒険者ギルドの中に入り、掲示板を見た段階で試験を受けることを断念。ギルド内には冒険者が溢れ、掲示板には依頼書は一枚も貼られていなかった。


「これは仕事の取り合いか……」


 何でも屋でもある冒険者への依頼は少なく、冒険者たちが飽和している。


「新しい街だから、人はいてもまだ商売も発展していないのかもな」


 外に出て、広場に行ってみる。

 串焼きやサンドイッチの屋台が出ていたり、いろんな行商人が地面に商品を広げて、「いらっしゃい!」と声を上げていた。

 仕事なら幾らでもありそうだが、冒険者のような人の姿は見当たらない。


 そんななか、顔を真っ赤にして声も上げない行商人がいる。

「大声を上げるのは恥ずかしいですか?」

「い、いや、そういうんじゃなくて……」

 俺は何となく察した。

「ああ、そうか。店番はしておきますから、行ってきていいですよ」

「そう!? 悪いね! 頼んだ! お代はそこに入れといて!」


 かなり限界が来ていたようだ。行商人のおじさんは自分の腹を押えて、近くの役所に駆けこんでいった。一人でやっていれば、そう言うこともある。


「いらっしゃいませー!」


 売り物は小さなアクセサリーを売っていた。価格は安く、薄利多売。盗まれるようなことはないと思うけど、周囲に知り合いはいないからトイレ休憩もままならずと言ったところか。


「ああ、間に合ったよ。ありがとう」


 羊の角が生えたお客さんを相手にしたところで、行商人のおじさんは帰ってきた。


「いえいえ、一つネックレスが売れましたよ。代金確認してください」

「おお、よかった」

「知り合いがいないなら、冒険者ギルドで頼んでみたらよかったのに、冒険者はお嫌いですか?」

「そういう方法があったか。でも、冒険者を雇ったら高くつくだろう?」

 価格帯がわからないのか。そう言えば、広場に冒険者のポスターすらない。

「それに、ほら、魔物を倒すのが彼らの仕事だから、プライド高い奴が店員をしてたら面倒だしさ」

 客商売、特に販売になると愛想が大事だ。

 しかも、姿かたちが魔物だとなかなかお客も寄り付かなかったり、人の生活に慣れていない魔物も声の出し方もわかっていないような行商人もいる。

 今は魔物と人間が住む町ができたばかりなんだよな。俺は毎日アラクネさんと一緒にいるから感覚が麻痺しているけど、商売相手も魔物は魔物、人は人が多い。容れ物だけ作っても中は混ざらないか。


「この広場にいる行商人の方って朝からやってるんですか?」

「そうだね。皆、同じくらいに来てたよ」

「ああ、じゃあ……」

 アラクネさんには悪いけど、名前を使わせてもらおう。


「どうもー! アラクネ商会です! 無料で小休憩の店番やりますよー! 手や足を上げていただいたら、向かいまーす! 人と魔物を結ぶアラクネ商会でーす!」

 さすがに食べ物を売っているのでトイレとは言わなかった。

「すまん。お願いしていいか?」

 すぐにミノタウロスの串焼き屋が手を上げた。


「はい。料理はできませんが、いいですか」

「ああ、こっちのできてる串を売っていけばいいから」

「わかりました!」


 ミノタウロスのおじさんは、急いでいたようだ。


「悪いんだけど、次、私もお願いしていいかしら……」

小声で民芸品を売っているエルフのお姉さんが声をかけてきた。

「ええ、そんなティータイムとかまでは時間は取れませんけど、大丈夫ですか」

「大丈夫よ」


 ミノタウロスのおじさんが戻ってきて、すぐに隣の民芸品の店番を始める。意外に需要はあるようだ。冒険者ギルドもどういう営業をしていいのかわかっていないのかもしれない。


「商人ギルドってあるんですか?」

 民芸品の店番は暇なので、炭の準備をしているミノタウロスのおじさんに聞いてみた。

「もちろんあるよ。ギルドってのはそっちが由来だろう? ほら、あの木箱を運んでいる荷馬車がそうだ」

 木箱を載せた馬車は広場に来る途中でも何台か見かけた。大きな商人ギルドもあるらしい。



 広場の店番を一通り回ってわかったことがある。町ができたばかりだということもあるけど、仕事が多いのに、誰に頼んでいいかわからないのだ。

 看板を掲げている店舗を持つ人たちはわかりやすいけど、行商人となると、自分しか頼る者がないと人も魔物も思い込んでいる。あと、姿かたちが違う人と魔物が必要以上に警戒している。おそらく町を運営している者からすれば、この状況はもどかしいだろう。


「あれ? コタロー、試験は?」

 貰った串焼きを食べていたら、買い出しをしているアラクネさんにバレた。

「試験は混んでたから、また後にしようかなって……。あと冒険者ギルドの掲示板に依頼書が貼られてなくて、人も魔物も溢れてたから、今、冒険者になっても仕事はないよ。たぶんギルドが仕事を取ってこれてないのが原因だ」

「依頼者が依頼しに行けてないってこと? それはそれで問題があるんじゃないの?」

「そう。だから、先に市場調査のために、小休憩の店番回りをしてたんだ。串焼きもう一本あるから食べる?」

「うん」


 広場にある噴水の段に腰をかけて、俺たちは人の流れを見ていた。


「ほら、見てればわかるけど、魔物は魔物の店に、人は人の店に行くでしょ? 俺が店番してた時は、お客さんは人が多かった」

「そうなんだ。もしかして私たちって珍しいのかな?」

「そうかも」

「だったら、俺はそういうことを仕事にしてスキルを身に着けた方がいいのかな?」

「人材派遣みたいなこと?」

「それは冒険者ギルドと競合しちゃうよ。依頼がなくても人と魔物を繋げたりできたらいいんだけどね。でも、そんなスキルはないか」

「あるかもしれないよ」

「え?」


 アラクネさんは食べ終わった串をゴミ箱に捨てた。俺はそれを拾い上げて、自分のと合わせて折り、ぐるぐる紐で巻いておいた。


「なんで、そんなこと……」

「ゴミを回収しに来た人が、手に串が刺さるでしょ」


 ゴミ箱にはビニールではなく麻の袋が取り付けられている。


「親切ね」

「いや、俺が前にいた世界だと普通だったんだ。それより、人と魔物を結ぶスキルがあるって本当?」

「もしかしたらあるかもしれないってだけ。今、教会にゴルゴンの人見会をやっているから見に行ってみない?」

「ゴルゴンって人を石に変える?」

 前の世界だとメデューサが有名だった。

「そう。あの種族は目がよくてね。スキルや眠っている才能まで見破っちゃうのよ」

「へぇ~、行ってみたい」

 

 隠れた才能なんてあったら、ものすごいラッキーだ。


 期待を胸に三角屋根の教会へと向かった。教会は町の礎のようなものだから、魔物も人もたくさんいるが、やはり魔物と人が距離を取っているようだ。僧侶服を着崩している魔物を見て、シスターがどうしたものかと眉をしかめていた。

 異文化に触れて戸惑っているのかもしれない。


「魔物の世界には教会なんてないのか」

「そうね。相談所、占いの館、調停者みたいな感じかな。神を信仰しているっていうよりも、スキルやステータスを信仰してるね」

「なるほど、面白い」


 魔物も僧侶の服なんか着たくない理由もわかる。


 教会のホールの隅に看板に『人見会』というのが掲げられている。あまり人気はないようだ。頭にいる蛇を撫でまわしている老婆がいるだけだ。人から見れば異様ではある。

 

「そもそも魔物以外に知られてないんじゃないの?」

「それはそうかも」

 俺たちは一緒に近づいて、ゴルゴンの老婆の前に座った。


「こんにちは。この人を見てもらえないかしら?」

「なんだい? アラクネか。もう人は食べちゃダメなんだよ。平和な世の中になったんだから、共生しないとね」

「食べませんよ。一緒に住んでるんです。まだレベルも1だし、スキルもないから見てあげてよ、おばあちゃん」

「一緒に!? どうだい、夜の性生活の方は? 人間でも楽しめるのかい?」


 ゴルゴンの老婆はいきなりぶっこんできた。


「同居人がこれだけ魅力的だから、立つには立つんですけどね。俺がすぐに寝ちゃうもんだから、まだ何もしてないんですよ」

 アラクネさんは顔を真っ赤にしているが、こういう時は男が答えるものだ。


「なんだ、そうか。アラクネ、お前さん、いい男を捕まえたね。ちょって手を貸してみな」

 俺はゴルゴンの皺だらけの手に、自分の手を重ねた。


「ありゃりゃ、なんじゃこりゃ。どういう鍛え方をしたら、こんなステータスになるんだい?」

「罠にかかった猪を運んで切り株を引っこ抜いて、アラクネさんにマッサージしてもらったら、こうなりました」

「いつから?」

「二週間前です」

「アラクネ!」

 ゴルゴンの老婆に呼ばれて、アラクネさんはびくっと跳ねた。


「筋肉に何か細工をしたのか?」

「そんなにはしてません。ちょっと断裂が激しかったから、修復しただけです」

「それを二週間か。まぁ、信じてやろう。……だとしたら、配達人とかの才能があるかもしれないねぇ」

「配達人かぁ。でも、商人ギルドはあるみたいだしなぁ」

「ん? 戦闘系のスキルを取るつもりはないのかい?」

「さきほど平和な世の中になったって言ったのはゴルゴンさんじゃないですか」

「まぁ、そうだね。でも、これだけ喋れるなら商売はできるんじゃないのかい?」

「喋るだけでお金は稼げませんよ。それより、せっかくなら、人と魔物を結ぶこの町ならではのスキルがあったらいいんですけど、ないですかね?」

「魔力はないから、魔法系は全部ないし、体力とスピードは持ち合わせてても泥棒になるわけにはいかないだろう?」

「犯罪者にはなりたくないです」

「荷運び系や韋駄天のような速度上昇のスキルならあるよ」

「でも、俺は別にこの町の中と森の家の間くらいしか行き来しないですよ」

「だったら、ここら辺の探知系スキルもいらないか」


 ゴルゴンの老婆はそう言って、スマホでも操作するように空中で指を動かした。俺のスキル欄かスキルツリーが見えてるのかもしれない。


「人と魔物を結ぶか。町長になればいいんじゃないか?」

「荷が重いですよ」

「ん~、結ぶ、結ぶねぇ……。ああ、でもこれは千里眼の方が……、でも魔力がないならこっちの方が……」

「なにかスキルが見つかりましたか?」

「うん。『もの探し』っていうスキルがあるね。幻惑魔法の千里眼とか探知スキルとかの下位スキルだと思ってくれていい。物があれば、それに縁のある誰か、もしくは物を見つけられるよ。でも、そうだなぁ、たぶん衛兵の新人くらいしか持ってないんじゃないか」


 物を媒介にして、人と魔物を結ぶというのは、まだどちらにも慣れていないこの町ならではのスキルだし、物があることによって距離感も取れる。いいかもしれない。


「スキルを鍛えると、千里眼や探知魔法にランクを上げられるよ」

「それって、別にランクを上げなくてもいいんですか?」

「まぁ、そうだね」

「『もの探し』か……。よさそうだな」


 相談料を払うと、「また、スキルやステータスでわからないことがあったら、相談しに来な」と言っていた。冒険者ギルドの職員のようなことを言う。


「ゴルゴンの婆さんは、そういう役割か」


 町の中で、人も魔物もそれぞれ役割がある。俺はこの世界では異物の転移者だから、自分で役割を見つけなくてはならない。


「『もの探し』スキルなんかで食べていけるのかな?」

 アラクネさんに聞いてみた。

「まぁ、やってみれば。うちから通ってもいいのよ。ステータスがどうなるのか見てみたいし」

 アラクネさんは緊張が解けたのか、普通に喋り始めていた。


「ありがとう。また、しばらく厄介になります」

 俺はいよいよアラクネさんに頭が上がらない。


「あれ? ちょっと待ってレベルを上げるのに魔物を討伐しないといけないんだよね?」

「うん。でも、冒険者ギルドには討伐依頼もないんでしょ?」

「そうなんだよ。どうしようかな。魔物が出るのを待つしかないか」

「依頼ってさ。困っている人がいないと依頼にならないんだよね?」

「そうだけど……。殺してもいい魔物っているの? 嫌いな種族だからとかはダメだよ」

「森にいるよ。家の近くにも」

「うそぉ!? 全く気付かなかった」


 魔物同士にはわかる気配みたいなのがあるのかな。


「コタローは夜寝てるからね」

「人は夜寝るものだよ。とりあえず、帰ろう」

「うん!」


 俺たちは食料品を買い込んだ袋を背負子に結んで、一路森の家へと戻った。



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