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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家

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28/226

28話「奈落の遺跡と魔王法典」


 その日の夜。教官たちとエキドナがアラクネさん家にやってきた。


「夜分にすまんな」

「いえ、構いませんよ。どうでした?」

「それがなぁ……」

 あまり芳しくないようだ。


「とにかくお茶でも飲みながら、話しましょう」


 アラクネさんは暖炉にかけてあった鍋のお湯と、乾燥させていたハーブでお茶を淹れていた。


 皆テーブルを囲んで、お茶を飲み始めた。リラックスできるいい香りが部屋中に広がる。


「それで、何があったんです?」

「ひとまず魔物が押し寄せてきても中には入れられん」

「そうなんですか……」

「誰かが『奈落の遺跡』を探索するにしても、ほとんどがその資格はないことがわかったんだ」

「順番に説明するわ」

 エキドナが落ち込んでいる教官たちの代わりに説明し始めた。


「実際、『奈落の遺跡』が見つかったことが公表されることは決まったのね。だから、魔物たちが押し寄せてくる可能性はある。でも、魔王が作った法でほとんどの魔物も人間も中には入れないわ」

「法ってなんです?」

「遺跡にはレベル50以下は入るべからず。冒険者ギルドがどうしてこれを知っていたのかはわからないけれど、魔王法典を確認したら確かに書かれていた。もし『奈落の遺跡』がその後見つかった時のために魔王が作ったのだと思う」

「レベルが50を超える魔物って少ないんですか?」

「ほぼ、いないわ。温泉にいる一番レベルの高い元冒険者のおばあちゃんでも46が限界だったかな」

 今の俺のレベルが16。1年も経っていないでこのくらい成長しているから、もっとレベルがある人はいるんじゃないかと思っていた。


「レベルが達していても体力が保てない」

「25を超えると途端に上がらなくなるからね」

「私だって28よ。アラクネは?」

「34かな」

 教官たちは40を越えているらしいが、全盛期から20年ほどレベルが上がっていないという。


 魔王はなぜそんな法を作ったのか。


「魔王がこれ以上『奈落の遺跡』に行かないようにしたということかな?」

「いや、それが魔王の偉業を考えるとそうとは思えないのよ。考古学の発展のために総合的な学校を作っているし、剣術や武術、魔術の教育は推奨しているし、各種族の文化を保護し発展を推進する条例も出している。それから人間との和平を結んだでしょ。むしろどうにかレベルを上げようとしていたんじゃないかな」

「そもそも王制から議会制に移行させたのよね。今の魔物のルールの基礎は『魔王法典』によって作られているものね」


 その法典には、土地の所有権や商売をやる上での心得、夫婦間の取り決めまでいろいろ書かれているらしい。それが出来るまでは、魔物は離婚もできなかったそうだ。

 教育についても、かなり熱心に書かれていて、この家を残してくれたアラクネさんの叔母さんもこの法典があったから勉強できたのだとか。


「魔王は賢い魔物だったんだ」

「そうね。だから今でも魔王の子孫は政治に関わらないけれど、手厚く守られて生活しているわ」

 昔の偉人が言っていることには理由がある。


「ということは……、レベルが50に達してないのに『奈落の遺跡』に入っても意味ないってことですか?」

「たぶん、一瞬で死ぬのだろうな」

「遺跡に入って帰ってこられない者が続出していた背景にはレベル不足があるようだ」


 倉庫内に、調査もできなければ、入ったら死ぬ遺跡があるってことか。

 今のところただの呪いだ。


「長い議論の末、冒険者ギルドで『奈落の遺跡』探索に行く者を選別することになった。アラクネ商会の倉庫内に許可なく入ろうとする者は全員逮捕で構わないそうだ」

「でも、出てくるんじゃないですか?」

「どの時代にも無鉄砲な者たちはいる。とっ捕まえて鍛え直すしかない」

「東通路は罠を張ったままなんだろ?」

「ええ。とりあえず罠は仕掛けたまま、リフォームも保留にしてあります」

「大工が見つかったのか?」

「屋敷妖精のブラウニーたちです」

 アラクネさんが明かしていた。


「おおっ! そりゃあいい! 適任じゃないか!」

 セイキさんはブラウニーたちを知っているらしい。


「よく廃坑道のリフォームを受けてくれたわね」

 エキドナは、ブラウニーたちが偏屈で気難しい種族だから大きな屋敷しか仕事をしないと思っていたらしい。


「割と職人さんたちも話してくれますよ」

「それ、トーキーって交渉役のおしゃべりなブラウニーが驚いていたわ。職人たちがあんなに喋っている姿は半年ぶりくらいだったみたい」

「コタローは変な偏見がないからなぁ。魔物も人間も分け隔てがないだろ?」

「前の世界で差別主義者とか宗教の違いによる迫害を遠目から見ていたからじゃないですかね。そんなことで仕事の奪い合いとか紛争とか見たくないんですよ」


 ロベルトさんは耳が痛いなと言っていた。この中では唯一、純粋な人間でこちらの世界の住人だ。



「ただ、物流倉庫って面白いこと言うと思ったんだが、厳しい事業になりそうだな」

「すまん。あまり力になってやれなかった」

 教官たちは難しい顔をしていた。

「え? そうですか?」

「倉庫なのに一部だけリフォームができてない侵入禁止区域があってもやっていける?」

 エキドナも心配そうにこちらを見ている。


「手前にも部屋はあるし、西通路はかなり使えるそうですから倉庫業はできると思いますけど……。あ、盗賊に入られやすくなりますか?」

「それは罠を設置すればある程度予防できるわ」

「そうじゃなくて『奈落の遺跡』がある倉庫って、誰も使われないんじゃない?」

 エキドナは評判を気にしているのか。


「ああ、そういうことか! 今後起こることとしてはアラクネ商会の倉庫に『奈落の遺跡』があることが公表されるんだよね?」

「そうね」

「で、レベルが50以上ないと入れないことも広まるわけでしょ?」

「もちろん、そうなるだろうな」

 セイキさんも頷いている。

「でも、ほとんどの魔物も人間も50レベルまでは達していない?」

「その通りだ」

 ロベルトさんが答えた。


「だったら、これから効率的にレベルを上げる方法が流行るんじゃないかな?」

「それは、そうかもしれん。だが……」

「いろんな経験をしないとスキルが発生しないんでしたっけ?」


 アラクネさんを見ると「そうだよ」と答えた。アラクネさんはレベルがどうやって上がるのか研究している。


「もしかして魔物は種族によってレベルの上げ方が違うんですか?」

「他の種族は知らないが、確かに青鬼族は独自のレベル上げの方法がある。今の平和な世の中でも秘匿とされているがな」

「蛇族にもあるけど、秘密にされているわ。私は知らされずに冒険者になってから教わったから意味がなかったけれどね。中央の学校では教えてもらえるんじゃないの?」

 エキドナはアラクネさんを見た。アラクネさんって学校を出てるのか。


「学校で教えてもらえるのは、少しだけ。あとは結局自分で探したり、いろんな種族と関わっていくしかないわ」

「だとしたらレベルの上げ方を解禁した種族から、レベルが上がっていくんじゃないですかね? レベル上げのツアーを組んで、解禁した種族が住む地方を巡れば、経済も活性化するし種族間の理解も深まるのでは?」

「つまりレベルが低い魔物や人間の冒険者を集めて、魔物の国を回らせるということか?」

「その通りです。教育に形はないので物品とは違いますが、サービス商品と考えれば駅馬車代や生活費などの経費を含めてレベル上げツアーとして売るんですよ。で、各種族への交渉役は案内代を稼げるんじゃないですか。種族も違うから発生するスキルもそれぞれの地域でしっかり取得できると思うんですが……。違う?」

「すごいな。コタローは全部商売に繋げられるのか?」

 セイキさんが目を丸くしてこちらを見た。

「そういうヒモ男です」

「それは、もうヒモではないぞ」

「そうですかね。でも、とにかくレベル50以上の魔物や人間の冒険者をたくさん輩出できれば、倉庫の評判が下がらなくなるんじゃないですか?」

「そうね。倉庫に『奈落の遺跡』があっても、レベルの高い者が出入りする場所なら安全だという信用に繋がるわ」

 エキドナも納得していた。


「でも、実際のところ、そのツアーでレベル50まで上がるかどうかよね?」

 アラクネさんが痛いところを突いてきた。

「その通り。これ偽のツアーでも売れちゃうかもしれない」

「よし。じゃあ、もうこれは仕方がないわ。コタロー、短期的に中央の学校に通いなさい」

「え? 魔物の学校に? 俺が?」

「そう。いろんな魔物と繋ぎを作るの。あの学校が一番魔物の知識が集まっているのは、間違いないから。大丈夫。学費については必要経費で会社から出すわ」

「俺、学生になるの!?」

「そうよ。いろんな種族が国中から来るから、知見も広がるわ。コタローなら秘密にされている各種族のレベル上げ法を見つけてしまうかもしれない」

「私もそれがいいと思う。どちらにせよ、倉庫の完成までは時間がかかるわ」

「でも、ゴーレムの左官屋さんとの交渉は?」

「どうにかうまくやっておくわ」


 魔物の学校がどういうものかも知らないし、人間が入れるのかどうかもわからない。

 俺は助けを求めるように、ロベルトさんとセイキさんを見ると笑っていた。


「その方が面白い」

「古い考えの魔物の頭蓋骨に、少し風穴を開けてやれ」


 俺は商売を思いつくのに、断る理由は思いつけなかった。

 いや、これまで前にいた世界の商売を話しているだけで、この世界独自の商売を思いついていなかったのかもしれない。


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