26話「人と魔物の文化的相違点」
朝から商人ギルドに入っていく馬車を見続けているという屋台のミノタウロスに混雑していない時間を聞いた。
「昼過ぎに行けば、割とすんなり通してもらえる。小麦の在庫がなくなった時は、昼まで閉めて午後一番で行くんだ」
以前、店番を手伝ったので顔見知りになっていた。
「そういや、この前吸血鬼とエルフに追いかけられて大変だったんだって?」
「まぁね。もう吸血鬼たちはいないのか?」
「銀行に残っている奴らくらいかな。あとは教会の周りをうろついている奴らもいるか。あの種族は商売の邪魔をするからあまり好かれないのさ」
吸血鬼は年長者が多いようで、何かと教えたがるのだそうだ。ただ、今の時代には合わない的外れなことを言うので、困りものなのだとか。
「この町に馴染めるといいんだけどな」
「物を作らないから、売れないさ。あいつらは権利やなんかを売った方がいい」
吸血鬼は本来不死者で、戦いには向いているらしいが、何かを作ることは苦手な種族だとアラクネさんも言っていた。
「文化が凝り固まっているから、いろいろ面倒なのよ。周囲に溶け込むタイプもいるみたいだけど、そういう吸血鬼は人の町にひっそり暮らしているわ」
住んでいる場所で性格もまるっきり変わることもあるようだ。人格権を保護されているとも言える。
ミノタウロスの屋台で昼飯を買い、ベンチで食べてから商人ギルドに行くことにした。
「やっぱり、まだ珍しいのかしらね」
アラクネさんが周りを見回して言った。
確かに、人間と魔物が一緒に食事をしているのは俺たちだけだ。
たまに屋台で人間と魔物が取引しているのを見るが、お互い警戒しあっている。歴史的に仕方がないのかもしれないが、早いところ辺境の町に馴染んだ方がいい。
「サテュロスが笛や太鼓を叩いているみたいなんだけど、近づけないらしいのよ。あ、ほら見て」
「いや、あれはイチモツがあるからだよ」
サテュロスは広場で楽器を奏でながら、小銭を貰っている。ミュージシャンとしては素晴らしい腕前なんだけど、普通にお金を入れるカップの横になぜかイチモツのオブジェも売っていた。
「あれは……、なに?」
「いや、悲恋を歌ってるでしょ? だからじゃない?」
「だから? 恋人と別れて悲しい女性にイチモツのオブジェを民芸品として売るのかな?」
「そうだよ」
アラクネさんが力強く言った。
「なるほど、そう言うことってあるのか」
日本でもかなまら祭りは有名だし、ブータンの祭りでもあったはずだ。
「俺も異世界から来たからよくわからないけど、たぶんあれはやめた方がいいよ。性行為や生殖器って隠している人間が多いでしょ? 他人に見せるようなものじゃないんだと思う」
「それは魔物でも同じだけど、裸を見せているわけじゃなくて、新しい恋を見つけてほしい、それまでの慰みにってことで売っているんだよ。それでもダメ?」
「そこまでは伝わってないんだよ」
「ああ、そう言うことか」
「文化としては面白いと思うし、悲しい人に向けた素晴らしい民芸品だと思うんだけど、広場で売らない方がいいんだよ。きっと……」
「そうなんだ。人間には意外に隠れたルールがあるんだね」
アラクネさんは、サテュロスにイチモツを隠すように教えてあげていた。
昼飯を食べ終え、商人ギルドに行くと午前中の喧騒とは打って変わって、まったりとした雰囲気が漂っていた。
「こんにちは」
「こんにちは……、アラクネ商会さんでしょうか?」
受付のカウンターで挨拶をすると、職員はアラクネさんを見てすぐに察したようだ。
「そうです」
「どうぞ、別室に案内いたしますのでこちらに」
職員は立ち上がって奥の部屋に案内してくれた。
部屋は応接間の用で、窓辺に花瓶があり、季節の花が生けられている。俺たちはソファに座って待っていた。
「この椅子いいね」
「ソファ? そういえばアラクネさんの家にないね。人間なら寝っ転がれるしいいよ。アラクネさんは、大きなひじ掛けがある椅子がいいんじゃない?」
アラクネさんはよく机にもたれかかって眠っている。
「ああ、そういうこともできるのか。種族によって違う椅子を作れるのよね」
魔物はほとんど椅子を使わないが、人間の生活を見ていれば自分に合う椅子が欲しくなるのもわかる。
「お待たせしました」
「どうも」
仕立てのいい茶色の服に、ペンダントを付けたご婦人が現れた。
「この度は商人ギルドの者が大変な迷惑をおかけしました」
「いえいえ、そんな……」
直球で謝るのが鉄則なのだろう。商人同士は信用が第一。資本主義が通じる世界なら、どこも同じだ。
「本来であれば、こちらから謝罪に向かうところをわざわざすみません。何度かお宅に伺ったのですが、会えず」
「倉庫内の駆除業をやっていましたので」
「それで業務を行えなかった期間の保証ですが、1日いかほど売り上げがあるのでしょうか?」
「まだ、正式には開業していませんが、先日の魔物の駆除で得たお金は大銀貨で5枚以上になります」
「大銀貨ですか!?」
俺が、財布から取り出して見せるとご婦人は目をかっぴらいて驚いていた。
おそらく想定していた額より大幅に多かったのだろう。
「ですから、保証を頂けるなら、リフォーム資金を頂けませんか。その方がずっと経済的です」
「それでしたらこちらとしても大変助かります」
「大工さんを紹介していただけませんか。左官屋さんはこちらにも伝手があるのですが、基礎工事をまとめる人が必要なんです。心当たりはありませんか……」
左官はゴーレム族にやってもらうつもりでいる。
「今、この辺境の町は建築ブームが来ていますから、いくつか業者を紹介できるかと思います」
ご婦人は部下に指示を出して、資料を持ってこさせていた。
ただ、資料を見ながら業者を選ぶと、半年先までスケジュールが埋まっているそうだ。
「魔物の建築業者の資料はありませんか?」
業を煮やしてアラクネさんが聞いていた。
「ないことはないのですが、こちらの要望に応えられるかわかりませんよ」
「うちの倉庫も通常の倉庫ではないので構いません」
持ってきた資料を見てみると、種族はゴブリンとされていた。ただ、特記事項として「ゴブリンと呼ばないで欲しい。本人たちはブラウニーと言っているがゴブリンと見分けがつかない」とのこと。
「これは直ちにブラウニーに変更してください。魔物たちには見分けがつきますから。どこにいますか?」
アラクネさんが決めてしまった。一大建築ブームなのに、魔物という理由で追いやられているようだ。
「広場の花壇に水をやっていますよ。ほら……」
窓の外を見れば小さな子供のような魔物たちが花壇に水をやっていた。
「彼らに頼みます」
「いいのですか?」
「構いません」
俺もアラクネさんの意見に異論はない。
「建材費用や業務内容の見積もりは、彼らと共にやりますから、しっかり報酬を支払ってくださいね」
「ええ……、わかりました」
「大丈夫。大銀貨5枚にはなりませんから」
ご婦人も安心したように笑っていた。
話がまとまったところでアラクネさんは部屋から飛び出し、すぐに広場へ向かった。俺も急いで追いかける。
「どうしちゃったんだい? アラクネさん」
「やった! まだ人間の商人たちには彼らの価値がわかってないんだわ!」
怒っているのかと思ったら、アラクネさんは笑っていた。
「なに? どういうこと?」
「ブラウニーやレプラコーンは家に棲みつく妖精の一種よ。そこら辺にいる建築家よりもよほど家には詳しいの。できたも同然だわ」
「そんなに!?」
「見ていればわかる。こんにちはー! 花にお水をやっているところすみません!」
アラクネさんが声をかけると、一斉にブラウニーたちが集まってきた。
ブラウニーたちは着古した服を着ているが、靴は革靴で髪型もそれぞれ違う。
「商人ギルドに紹介してもらってきたアラクネ商会と申します。リフォームを手掛けていただけないかと頼みに来ました」
「ブラウニーにリフォームを頼むなんてお目が高い。どのくらい大きなお屋敷ですか?」
「屋敷ではなく、廃坑道を倉庫にしてほしいんです」
「廃坑道って……ご予算は?」
「大銀貨5枚を越えなければ、何をしても構いません。すべて商人ギルド持ちです」
ブラウニーたちの目がこちらに向くのを感じた。




