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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家

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24話「最後の魔王はレッドデーモン」


 昨夜は、濃厚な猪肉スープを飲んですぐに眠ってしまった。


「……我々の稼業だから仕方ないのだがな」

「じゃあ、あの倉庫はどうなるんです? コタローの計画が終わっちゃうじゃないですか」


 教官のセイキさんに、なぜかエキドナが迫っているのが見えた。不穏な会話だな。


 その前に天井にステータスが表示されていて、異常に伸びている。昼寝の時も5ほど上がっていたが、今回は9も上がっている。そんなに上がって大丈夫なのか。スキルは取り放題じゃないか。


「おはようごぜいます」

「あ、起きた。あの、コタローにちょっと話があるんだが……」

 セイキさんが俺を見た。

「めちゃくちゃレベルが上がって、汗臭さがとんでもないので、水浴びて来ていいですか」

「そうだな。少しこちらも落ち着こう」


 外に出て、裏の井戸で水を汲み、身体に思い切りぶっかける。冷たい水が一気に身体を冷やし、急速に覚醒していった。


「タオルと着替え、置いとくよ」

 アラクネさんが、井戸端まで来てくれた。

「ありがと」

「いい報せと悪い報告があるんだけど……」

「うん。両方、教えて」

「コタローが討伐してくれたお陰で、倉庫の魔物は一掃できた。私とエキドナ、セイキさんとロベルトさんで確認したんだけど、かなりの量の魔石も回収できた。これであの廃坑道を倉庫に改築できる」

「よかった。悪い方は?」

「最奥で奈落の遺跡が見つかった」

 やっぱりあれは遺跡だったのか。

「ロベルトさんに聞いたら、人間の界隈ではそれほど有名じゃないらしいんだけど、魔物の中では有名というか……。最後の魔王が奈落の遺跡に行って帰ってきた魔物だから、当然魔物なら誰でも知っていることなんだけど」

「その遺跡には何があるの?」

「古代から続く巨人とか悪魔とかが戦っている場所があると言われているわ」

「えっと、つまり戦いっていまだに続いているってこと?」

「そうね。基本的に帰っては来られない場所なんだけど、倉庫の奥に階段があるってことは誰かが行き来していた跡でもある。あの階段の大きさから言っておそらく使っていたのは巨人族。魔物の国でも巨人がいた記録は2500年前までさかのぼらないと出てこないわ」

「つまり遺跡の価値を考えれば、あの場所を倉庫としてじゃなく考古学の研究に使った方がいいってこと?」

「いや、えっと……そうじゃない」


 違うのか。


「とりあえず、着替えて落ち着いてから聞くよ」

「そうね」


 とりあえず、寝間着として使っていたインナーを洗濯して、洗濯紐にかけた。

 山から見下ろす景色は変わらず、のどかな風景が広がっている。少し身体を動かしても、傷も痛みもない。アラクネさんが寝ている間にマッサージしてくれたのだろう。


「巨人と悪魔か……。戦いねぇ」


 古代からの戦いと言っても、ずっと肉弾戦でもしているのだろうか。魔法があるくらいだから、魔法で戦っているのか。その奈落の底はどれくらい広いのか。もし行くなら、スキルはどんなものが必要になってくるのか。


 疑問が次から次へと湧いてきた。

 髪を乾かして家に入る。


「研究ってか……」

 セイキさんがぼそりとつぶやいているところだった。

 アラクネさんが俺との会話を伝えていたらしい。


「奈落の遺跡について、ちょっとだけ聞いたんですよ。でも、わからないことは多いので、いろいろ教えてください」

「ああ、もちろんだ。ロベルト、お前も知っていることがあったら話してくれ」


 セイキさんは同じ教官の人間であるロベルトにも話を振った。


「冒険者の世界じゃ、遺跡を回るトレジャーハンターもいるから、別に珍しいことじゃないが、『奈落の遺跡』という特定の文化を持つ遺跡については知らない。魔物特有の呼び名なんじゃないか?」

「そうか……。そうかもしれん。魔物は遺跡なんかがあれば、中から必要なものを奪って壊して回る。だから、魔物の国で遺跡が残ることも稀だ。ただ、『奈落の遺跡』に関しては、入ったら最後。生きても死んでも帰ってくるものはいない。だから残っているとも言える。魔物からすれば、『奈落の遺跡』を見つけたら近づくなというのが常識になっていたんだ」


 セイキさんは酒にお茶を混ぜて、飲み始めた。この方が落ち着くという。人ぞれぞれなので否定はしない。セイキさんは青鬼だけど。


「その常識を覆した者たちがいる。最後の魔王たちだ」

「魔王たち?」

「どこから話せばいいか……」

「元々、魔物の国はドラゴンたちに牛耳られていたのよ」


 セイキさんが口を湿らせながら喋ろうとしたら、エキドナが大きく息を吸って話し始めた。


「つまり戦いの強さによって領地を治め、いろんなドラゴンが各地にいてオーガやゴーレムを従えていたの」

「魔物たちはそれにずっと不満を持っていたのだけれど、オーガ族の一部の旅人が『奈落の遺跡』を旅して帰ってきた。それが300年前で、それまで見たこともない武器や魔法を使ってドラゴンたちを倒し、各地をまとめて国を作ったというのが魔物の歴史ね」

 エキドナに加え、アラクネさんまで説明してくれた。


「まぁ、簡単に言うとそうなる。最後の魔王にはレッドデーモンが就任したんだが、俺の先祖である青鬼も奈落の旅の仲間にいてな。建国の時に、青鬼族と種族を率いて名乗れるようにしてくれたんだ。まぁ、古くから、定住するのが赤鬼、ひとところに居れず旅をするのが青鬼とされてきてオーガの中では不遇な一族だったのさ」

 なんとなく歴史はわかった。


「それで……、倉庫の奥に『奈落の遺跡』が見つかったら、どうなるんです?」

「今の魔物の国は首長たちの議会によって決まるんだけど、まだまだ魔王になりたいと考えている種族は多いの」

「だから、新しい『奈落の遺跡』が見つかったら……」

「魔物が押し寄せてくる?」

「狙う奴らが出てくるだろうな」

「だったら、冒険者ギルド指定の探索指定区域にすればいいんじゃないですか?」

「ん? どういうこと?」

 アラクネさんが俺を見た。


「つまり魔物の無法者たちが魔王になりたいと思ってやってくるってことでしょ? でも、俺たちはその横で倉庫業をするわけだからめちゃくちゃ迷惑になる。だったら、隠している場合じゃなくて、正式に冒険者になれた者しか入れないように人数制限を設けて管理していけばいいんじゃない? あれ? そんなことってできないですかね?」


 俺はロベルトさんにお茶を淹れた。


「いや、可能なんじゃないか。むしろ人間の冒険者にも探索させてやらないと差別だなんだと騒がれるかもしれない。ただ、奈落から巨人だの悪魔だのを連れてきちゃう奴らもいるかもしれないから、それをどうやって防ぐかが問題だろう」

「未知の魔法は防ぎようがないぞ」

「コタロー、リッチをどうやって倒したのよ」

 エキドナが俺に話を振った。


「部屋全体に魔石ランプの魔法陣で魔力を使わせたんだ。だから魔法を使う相手は魔法陣の罠で魔力を削ぎ落せばどうにかなるかもしれないけど、巨人はどうにもならないんじゃないかな」

「蜘蛛族にとっては、巨人の方がむしろやりようがあるのよ。糸を張って罠を仕掛ければいいからね」


 アラクネさんが答えた。


「じゃあ、どうにかなるんじゃない? 実際、奈落がどうなっているかにもよるけど……」

「怖くないのか?」

 セイキさんが不思議そうな顔で聞いてきた。


「怖いですけど……、怖がっていても仕方ないじゃないですか。入場料を取って商売にするとか、奈落から拾ってきた物を売るとか考えていかないと、こっちの商売にならないですからね」

「それも商売にするのか?」

「そうですね。戦争をしているなら商人が一番儲かると思いますし。それに巨人と悪魔は古代からずっと戦い続けてるんですよね?」

「そう言われているな」

「素っ裸で戦っているんだとしたら、消耗戦を繰り広げているわけじゃないですか。でも、現代まで続いているということは何か生み出しているってことじゃないかと思うんです。300年前の魔王一行も新しい魔法や武器を持ってきたって言われているということは、何かしら文化が生まれているんじゃないですかね」

「その通りだ」

 ロベルトさんは笑いながらお茶を飲んでいた。


「戦いそのものは保存できなくても、悪魔の魔術でも、巨人の武器でも、そこに文化があるなら保管できるじゃないですか。地上で使われたら、どれくらい脅威になるかの鑑定もできるのでは? ものがわかれば、無用な戦いも避けられる」

「倉庫業の出番ってことね」

「そう思ってるんだけど……。どうなんだろう? そんなにうまくいかないかもしれないけれどね」

「人間らしい。いや、商人らしいと言うべきかな」

 セイキさんも納得していた。



「相変わらず、コタローはよくそんなことを思いつくね」

 アラクネさんが呆れたように俺のコップにお茶を入れてくれた。


「きっと奈落に行って帰ってきただけで、魔王になれたわけじゃないでしょ。レッドデーモンがどうやって魔王になったかはわからないし、どうやってドラゴンを倒していったのかもわからないけれど、ドラゴン族が今でも生き残っているなら、殲滅していったわけじゃなくて、戦わない道も用意していたんだと思うんだよ」

「そうね」

「人も魔物も生活をしていかなくちゃいけない。飯も食べないといけないし、子も育てないといけない。死なない限り生活は続く。歴史を紐解けば、戦いは新しい技術を生み、技術は文化を育むことがわかる。俺が前にいた世界の国じゃ、剣が文化の一部として社に収められていた。災厄を祓う神剣としてね」

「それはもうただの武器ではないわね」

「文化財だよ。文化はその国の財産になる。魔王が使った武器は国の宝になっていない?」

「なってるわ。今でも厳重に保管されているはずよ」

「ほらね。別に俺は突飛なことを思いついているわけじゃなくて、誰でもやっていることや想像できることを順番に細かく考えているだけだよ」


 いつの間にか、お茶はなくなっていた。


「さ、魔石を売って、大工さんを雇おう。倉庫も掃除して、罠も解除しないと……」

「そうね」

「『奈落の遺跡』については俺たちが報告しに行くよ。人間と魔物の古株冒険者が言えば、ギルド職員も少しは信用するだろう」

「そうだな。大工も探しておいてやるよ」

 ロベルトさんとセイキさんが説明しに行ってくれることになった。


「じゃ、私も一緒に魔石を売りに行くわ。アラクネたちは倉庫の清掃をお願い」

 エキドナが魔石の入った袋を抱えた。

「温泉はいいの?」

「うん。リザードマンとラミアも手伝ってくれるようになったから」


 収入が増えて、仲間を雇えるようになったらしい。


「それじゃあ、頼みます」


 俺たちは、掃除道具を持って倉庫へと向かった。

 未だ倉庫は開業できず。準備を進める。


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