23話「倉庫東通路は迷宮か」
もう少し落ち着いた頃に、ゆっくりアラクネさんや他の冒険者と一緒に討伐すればいいと思っていたが、いざ自分一人で骸骨たちを倒すんだと思うと、実は結構心細い。
今はそれぞれ事情があるし、アラクネ商会の評判が地に落ちていて暇だ。
「そもそもこれくらいは一人で倒せないと倉庫業なんてやってられないのだろうな」
俺は溶解液の瓶を手に、倉庫奥の東側通路へと向かった。教官たちに教わった通りの罠が大量に仕込まれていて、解除するだけで一苦労だった。正直、ちょっとした石でも持ち上げたら、毒矢が飛んでくる仕様になっていて、暇な魔物を放っておくと本当にバカなことをやると身をもって知った。
あまりに多くの罠が仕掛けられている上に、本物の罠を解除するのが面白く、『罠抜け』スキルを使った方がいいと気づくのに数時間かかった。もちろん罠を解除した後、罠を設置する。わかりやすい色違いの石スイッチではなく、完全にカモフラージュしたので、骸骨たちもわからないだろう。
初めの通路を抜けると、ようやく少し広めの部屋が見えてきた。
骸骨たちが手に剣や弓を携えて、壁際で寝ている。かつては坑道で採掘をしていた作業員や元冒険者たちが、死んだ後に操られていると思うと心苦しいが、しっかり罠に嵌ってもらう。
松明を骸骨たちがいる部屋に投げ込むと、一斉に起き出して周囲を見回し俺に気がついた。俺は骸骨たちに気づかれたのを確認して、元来た道を戻る。自分の仕掛けた罠がどれだけ有効なのか、ちょっと緊張する。
ガシャン! ……ガシャン! スコーン!
逃げながら、骸骨たちが罠にかかる音を聞いた。骸骨たちは自分たちが仕掛けていたはずの天井に仕掛けていた岩に潰され、矢に貫かれ、落とし穴に嵌っていく。
振り返れば、俺を追ってきた骸骨たちは消えていた。よく仕事は準備が9割というが、準備の全てが稼働していくと気持ちよさがある。
骸骨には眼窩や胸骨の裏に魔石が埋まっているので、ハンマーで叩いて砕き、取り出していく。亡骸はいずれ片付けなくてはいけないので落とし穴にまとめておいた。
罠を再び設置し直して通路先の部屋に戻ると、もちろん誰もいない。
小石や瓶の欠片を箒で掃いて、ゴーレムの職人に教えてもらった魔法陣を魔石の粉末と聖水の混合液で描いていく。
俺が知っている魔法陣はこれだけだ。何度も練習したから描けるだけで、魔法陣の理論や魔法の体系などは全くわからない。
これは不死者の王とか骸骨の魔法使いと呼ばれるリッチへの対策の一つで、どうにかここまで連れてこなくてはいけない。しかも部屋全体を罠にするので、外せばすべての作業が無意味になる。
面倒ではあるが、戦闘力がない自分にできる最大の攻撃で、スキルを取る前から決めていた罠だった。
「これで、準備が概ね整った」
この部屋から3本の通路が伸びているが、いずれも罠だらけだった。矢や投石などの罠の他、攻城戦に使うような丸太罠まである。暇な不死者を放っておくと碌なことをしない。睡眠ガスなどは骸骨には効かないので、取り外して代わりに粘着性の高い溶解液を注ぎ入れた。
他にも脛を切り刻む回転式の刃が坂道にあり、頼むからその知恵を他のことに使ってほしいと思った。
取得したばかりの『忍び足』を使い探索。骸骨の剣士はどこかで自動生成されているんじゃないかというくらい、ひたすら現れた。坑道のどこにあったのかいろんな錆びた剣を回収し、外に持って行く。
「これ打ち直して武器屋をやったらどうだ?」
ロベルトさんはそう言いながら、早速自分に合いそうな剣を研いでいた。
「結構高値で取引される魔剣もあるじゃないか。どうなってるんだ?」
セイキさんも呆れながら、錆を落として鑑定している。
俺としてはそんな骸骨剣士たちを従えているリッチへの警戒度が増しただけだ。
東通路はポイズンスパイダーの西通路より、圧倒的に複雑で罠も多く骸骨の魔物の量も多かった。
使っている武器も剣だけでなく、槍や弓矢などもあり、目の前を矢がかすめていったときは本当に死んだと思った。
さらにつるはしやスコップでも攻撃してくる骸骨がいて、今なお坑道を広げていることがわかった。それから、杖を使い魔法を放ってくる骸骨までいる。
「リッチじゃないのか?」
この世界で魔法を使って攻撃されたのは初めてで驚いてしまった。俺を追ってきて罠の丸太に吹っ飛ばされていたので、おそらくリッチではないのだろう。デミリッチという半分リッチになった元冒険者だとロベルトさんは説明していたが、そんな魔物がいるなら早めに教えてほしかった。
「まだ、最奥まで辿り着けないのか?」
「かなり大きいですよ。通路も部屋も坑木がないところが出てきました」
つまり元あった坑道よりも広い。
「デミリッチまで現れたか。この杖、まだまだ使えるぞ! 別の鉱山に繋がっているんじゃないか」
セイキさんは持ってきた杖の束を見て驚いていた。
「人の冒険者が使っている武器は魔物からすればどれも性能が高い。配下にこんな武器を与えているリッチは、相当魔法に長けているってことだ。コタロー、なりふりかまうなよ」
「わかってます。でも今のところ、対峙していないので罠だけで倒せてるんですよね」
「まぁ、とりあえず行けるところまで行ってみろ」
教官に言われたので、ひとまず罠を放っておいて、『忍び足』で行けるところまで行ってみた。
廃坑道の中に張り巡らされた通路は、いくつかの分岐と袋小路を経て、一本の通路へと繋がっていた。ただ、その通路だけは、今まで荒っぽく掘られていた壁や床と違い、壁はレンガのような四角い石が詰まれ床も石畳で平行も保たれている。
しかも壁には、レリーフのようなものまで彫られているが、暗くてよく見えない。
「骸骨が作ったにしてはあまりに出来過ぎじゃないか」
ボトッ……。
天井から何か粘着性の高い液体が落ちてきた。餅のような物体だが、魔物ではなく臭い涎のような臭いがする。踏むとベトベトとしてトリモチを踏んでしまったような感触だ。
先に進んではいけないような気がするが、ここまで来たら引き返せない。とりあえずリッチを見るだけ見ようと心を奮い立たせ、先へ進んだ。
ヒョウッ!
生暖かい風が吹いてくる。腐臭と死臭が混じった臭いがして思わず息を止めてしまった。
目の前には何も見えない真っ暗の部屋がある。
カツーン、ツンツンツンツン……。
俺が蹴った小さな石ころが大きな穴に落ちて音が反響している。部屋は広く穴が開いているということだ。
魔石ランプに明かりを灯すと、一斉に部屋中の松明が順番に燃え始めた。炎が青い。温度が高いってことか。松明が燃え尽きないのはなぜだかわからないが、とにかく炎は青かった。いや緑っぽいのか。銅が含まれてる? それがずっと灯り続けている
そんな意味のない予想をしながら、目の前にある現実を受け止めた。小さな野球場ほどの円形の広い空間が広がっている。ぼんやりと照らされた天井には、キラキラと星のような光が見えた。
床は大きな螺旋階段が下へと向かっている。誰がどうやって作ったのかもわからない。階段の一段の高さは大人一人分ほど。巨人の階段だ。
そんなバカみたいに広い空間の真ん中に椅子が置かれていて、ローブ姿のリッチが頬杖をついて座っていた。
「あうっ……」
リッチが何か呪文を発した。
ドブシャアア!!
階段の下から、成人男性の身の丈を越える真っ黒なムカデが腐臭を放つ粘着液を垂らしながらこちらに向かってきた。しかも一頭だけではない。数えられないほどいる。
カシャン!
思わず、持っていた溶解液の瓶を投げつけ逃げ出した。床にへばりついた粘着液が俺の靴をもぎ取っても、走る速度は緩めなかった。
こんなものと対峙してはいけない。
今までこの世界で俺が見てきた魔物は、まだ理解できる範囲の魔物だったんだ。
あんなのと戦えっこない。
どうやって生きて来たのか、あの螺旋階段の先に何があるのか、リッチがあの虫を操っているのか、なにもかもわからなかった。
ドッヒューン!
後ろから突風が吹いてきた。腕に切り傷がついて、自分の血が足元に落ちる。見えない魔法が襲い掛かる。
風魔法とはこんなに凶悪だったのか。
止血している暇はない。とにかく裸足で走った。魔法で攻撃されているということはリッチも追いかけてきているということだ。
ドガッ!
元来た道をひたすらに戻る。黒いムカデが罠にかかっている音がしていた。
ただ、虫の足音は止まない。どこかに隠れようかと一瞬思ったが、入り組んだ通路を進んで罠にかけた方が早い。
俺は『罠抜け』のスキルを使って走り続けた。正直、スキルを取っていなかったら、自分の仕掛けた罠に嵌って終わっていたと思う。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
リッチが火魔法を使って罠もろとも通路を燃やしている。俺は吹っ飛ばされ、目の前の壁に激突。身体をかばった左前腕からボキッという音が鳴る。
それでも「意識を保て!」と自分を奮い立たせ、どうにか初めに骸骨たちが待機していた部屋まで辿り着いた。
部屋の真ん中まで辿り着いたとき、ようやく振り返った。虫の足音がしなくなっていたが、リッチが床の上すれすれを浮遊しながら飛んできた。飛んでいるのだから罠にはまらないはずだ。
ドッヒューン。
風切り音が鳴り、俺の全身に切り傷が刻まれ血が噴き出した。
倒れる直前に俺は天井に向けて、溶解液の入った瓶を放り投げる。
リッチが俺にとどめを刺そうと近づいた瞬間、ようやく部屋に仕掛けた魔法陣が起動。床に描いた魔法陣が青白い光を帯びて、リッチの身体から魔力を吸収し、身体ごと明るく部屋を照らし出す。
リッチの骸骨の影が部屋に伸びる。
俺がゴーレムから教えてもらったのは魔石灯の魔法陣だ。
真っ白に照らし出されて、リッチは部屋の中心で一瞬のけぞる。魔法の防御壁は見えない。
ガシャン!
放り投げた溶解液の瓶がリッチの頭蓋骨に当たり、骨を溶かしていく。
自分ができる最大限の攻撃がこれだった。
リッチは身体を溶かしながら、尖った杖を俺の心臓に突き立てる。
これ以上は無理だ。計算外。最後の攻撃もむなしく、リッチには敵わなかった。
ガシュ、ブッシュー!!
俺の胸から、勢いよく液体が飛び散る。
案外、死ぬときってのは痛くないのかもしれない。
そう思ったが、何か丸い物を押し付けられているような感触がある。
胸にぶら下げていた革袋だ。中にはアルラウネがくれたトレントの実が入っている。
「グオオオアアアアアッ!」
トレントの実の液体が、リッチの身体を溶かしていた。
ジュッ。
俺の全身に付いた切り傷が音を立てて塞がっていく。トレントの実にはとんでもない回復薬が入っていたらしい。不死者には最大の毒になり、負傷者には最高の回復薬になった。
コロンッ。
リッチの身体が溶け始め、目の中から二つの魔石が落ちてきた。
俺は覆いかぶさっていたリッチの身体を退けて立ち上がり、自分の傷を確認。ほぼ、切り傷はなくなり、赤い蚯蚓腫れのようになっている。
リッチの魔石、杖、ローブを抱えて、とにかく外に出た。
「おおっ! 大丈夫か?」
ロベルトさんはボロボロになった服と裸足の俺を見た。
「全然、大丈夫じゃないですよ」
「コタロー、血が……!」
アラクネさんが駆け寄ってきた。
「風魔法で切られた傷は塞がっています。あのアルラウネがくれたトレントの実がなければリッチも倒せませんでしたよ」
「倒したのか!? リッチを!?」
「ええ。ほら、これ」
俺はリッチの魔石二つと杖、それからローブをセイキさんに渡した。
「……本物のようだがどうやった?」
「いや、罠を駆使して溶解液を使ったんです。それでも命は取られそうになりましたけどね」
「だろうな。リッチなんか冒険者一人で倒せるような魔物ではないぞ!」
ロベルトさんは大声を出した。
「それでも倉庫にいる魔物ですから、管理している俺が倒さないと……」
「いや、そう言うことじゃなくて。リッチには取り巻きがいたんじゃないか?」
「いましたよ。あの黒いムカデみたいな奴。しかもリッチがいた部屋にとんでもなく大きな螺旋階段がありましたよ。あんなのどうやって管理するんです?」
「螺旋階段!?」
アラクネさんが素っ頓狂な声を出した。
「そう。石を蹴ったら、どこまでも落ちていくような……。あそこだけ遺跡みたいだったよ」
「奈落の遺跡だな」
セイキさんはぼそりと遠くを見ながら言った。顔面は蒼白だ。なにか魔物にとってまずい物を見つけてしまったのか。
「と、とにかくコタローはお疲れ様。もう日が暮れるから、一度家に帰って休みましょう。セイキさん、奥の鉄格子を閉じておいてもらえますか」
「心得た!」
アラクネさんの指示で、俺たちは家へと戻った。




