226話「獣人たちの帰路」
前方にいた水竜が大きく口を開いた。
「青! 桃!」
スライムたちが飛び出して、獣人たちの前に体を伸ばして壁を作った。
コォオオオ!!!
水竜周辺一帯が氷漬けにされた。リヴァイアサンとは別の能力か。
「コタロー、環境変化だぞ」
「おう。そうか。天使の力、聖なる水竜ってところか?」
スライムたちの動きが寒さで鈍くなった。
俺とロサリオはすぐに水竜の前に躍り出て、魔物使いを探す。ただ、水竜以外に見つからない。
「遠隔操作か?」
「アラクネさん! 拘束できるか!?」
「やってみる!」
アラクネの紐が天井から降ってきて、水竜の身体に巻き付いた。紐は一瞬にして氷付き、パリンッと剥がれてしまう。
「ごめん!」
「問題なし」
俺とロサリオは竜の直接的に動けなくさせることにした。
俺は関節の隙間に投げナイフを突っ込み、ロサリオが腱を切っていく。
「固い。槍が曲がっちまうよ」
コォオオオ!
再び水竜ならぬ氷竜が口を開けた。
体質変化のスキルを発動して、呼吸を変え、寒さに備える。
パッシィッ!
氷のブレスが吐き出され、壁が凍った。
「そっちもできるのか!」
ロサリオは口角を上げて笑っていた。久しぶりに楽しい相手だ。
俺は氷竜の鱗を上り、広がった口の口角を切り、内側から下顎にナイフを突き刺す。たとえ竜であろうと、口内にトゲが刺されば気になるだろう。
『なんだ……? 口の中が痛ぇ……』
氷竜の喉の奥から声が聞こえてきた。感度が悪い遠隔の従属魔法だ。
すぐさま俺は氷竜から飛び降りて、バネッサのもとへと走った。
「喉奥に従属魔法で操っている奴がいる。解呪できるか?」
「解呪札を喉に貼り付けられれば!」
俺は黙って頷いた。
「やってみます! セシリア!」
「獣人の皆さん! 目を閉じ、耳をふさいでいてください!」
セシリアは洞窟内に響くような声で指示を出した。
僧侶たちは連携が取れている。セシリアが幻術で氷竜の目を塞いでいる間に、バネッサが解呪の札を書き上げた。
ドシンドシンドシンッ!
氷竜はセシリアが出した目くらましの霧の中で右往左往している。自分も氷のブレスを吐いているというのに。
「もっと自分の機能を上げるスキルを取っておけば対応できたかもしれないな」
「遠隔操作にスキルを使いすぎたか……」
「お願いします!」
解呪の札を受け取った俺とロサリオは、氷竜の喉奥に札を貼り付けた。
ガハッ! グへッ、オボロロロ……。
氷竜は胃の中を吐き出そうとしていたが、出てくるのは胃液だけだった。食べさせてもらえていないのか。
使役スキルを使いながら背中を擦ってやると、落ち着いたのか目を見開いてこちらを見てきた。
「ここがどこだかわかるか?」
何が起こったのか理解できない様子で、周囲の洞窟を見回している。「グォ」と言ったっきり
「リオに連絡してみるか?」
ロサリオが聞いてきた。魔物の国にいる竜の仲間だ。
「ああ、通訳してもらうか」
折鶴を取り出して、リオに連絡すると、ちょうど報告業務が終わり、訓練に行く途中だったようで、すぐに返信が来た。
『どうした!? ついに召喚するか!? どこだ!? 『奈落の遺跡』か!?』
「だいぶ興奮しているところ悪いんだけど、『奈落の遺跡』で氷竜が操られていてね。今、解呪したところだ。通訳してもらえるか?」
『なんだ、はぐれの子か……。どれ』
リオは面倒くさそうに、グオッとか、ガウガウなどと話しながら、通訳をしてくれた。
氷竜は、人間の国で生まれ育ち、従属させられていたとか。このまま俺達とともに地上に出て、魔物の国へと向かうという。
『いや、二人とも竜の言語は習得してなかったか?』
「忘れていた。助かったよ」
『今度は召喚してくれ。絶対腕が鈍っているから』
リオとの通話を切ると、ララノアが混乱しすぎて倒れていた。ポーション屋のスシャが気付け薬で起こして、無理やり現実を見せていたが、実際のところ慣れてもらわないと困る。
「氷竜を使役したのか!? しかも、そいつは王都の生まれじゃないか?」
ララノアが氷竜を見て、ひたすら驚いていた。
「使役したわけではないけど、一緒に地上を目指すよ」
氷竜がいれば、魔物も容易には襲ってこない。人化の魔法を使えないことがネックだが、もしかしたらレベルを上げれば翼を生やすかもしれない。
「とりあえず、先へ進もう。追ってくるのは氷竜だけじゃないぞ。たぶん」
実力を見せたからか、獣人たちは僧侶たちの言うことをよく聞いて、ゆっくりしたペースではあるが確実に前に進んでいった。
ランダムではあるが、魔物を見かける。大きな魔物だと氷竜の食事にはぴったりなので、積極的に討伐して解体していった。食料にはほとんど困らない。地下の魔物でも毛皮は多いので、寝床にも使える。
「臭いは酷いけど、どうかな?」
「いや、それがポーションで鞣して、休憩拠点でどんどん毛皮ができているのよ。獣人たちのスキルはすごいわ」
アラクネさんが褒めていた。
「これは仮です。ポーションとスキルの力で、どうにか使える形になっているだけで、ちゃんと鞣さないとすぐに丸まって使い物にならなくなる。でも、数日なら、十分です」
なにもせず付いていくだけの生活が嫌になったのか、獣人たちが働き始めた。
「何をやるのにも許可がいったらしい。私はやれることをやれと、怒られたら私も怒られるからと言っただけだ」
タバサはなかなかいいことを言う。
「商売人が働いている人間を怒ることは滅多にないよ」
「違いない」
それから、数日、一階層を歩いただろうか。獣人たちが奴隷として連れてこられたルートを戻り、俺達はいつの間にか山脈の地下を通り、獣人の領地へと入っていた。
「山脈の地下はさすがに魔物が多かったですね?」
「一筋縄ではいかない魔物たちばかりでした」
「レベルが上ったかな」
社員たちがそう言う中、俺もロサリオもお互いの顔を見合わせた。なんの危険も感じなかった自分たちに、感度のスキルを取るか迷ったくらいだ。
氷竜には魔力の操作を覚えさせているところ。何度か従属スキルで遠隔操作された魔物にも出会ったが、氷竜ほど大きな魔物はいなかった。
地上に出ると春が終わりかけていた。