222話「リヴァイアサンの浜場」
『奈落の遺跡』を知っていると、別の交易ルートが出てくるから商人にとっては、チートに見える。
獣人の領主は「獣人を奴隷にしないでくれ」と言っていたが、エルフの領地では獣人奴隷の市が立っているほど最盛期を迎えている。
「海森商会を潰すにしても、この獣人奴隷たちの行き場がないとかなり悲惨なことになるね」
ロサリオは広場の奴隷市を見ながら語った。
「大きな商会の崩壊にエルフの社会が耐えられないということか……。ちょっとずつ崩していくしかないのか。リヴァイアサンレースもあるんだよな……」
出来上がったものを潰すのは骨が折れる。何よりファンが付いてしまっているなら、完全に潰すことは出来ないだろう。
「一旦、海竜をミミック島に飛ばしていた召喚術師を潰さないか?」
「それだな」
海森商会との因縁は、ガマの幻覚剤以外にもある。
僧侶たちには、引き続き教会と獣人奴隷との関係を探ってもらい、証拠集めをしながら、俺たちはリヴァイアサンレースを開催しているという丘の先へ向かった。町は広く、石造りの建物も多い。大通りには商店が並び、役所などの公的な建物もある。
エルフの出生率は低くても長寿であるため、人口は増え続け、町は横に伸びるか縦に伸びるしかない。この町は横に伸びたのだろう。
丘の上まで辿り着くと、眼下に巨大な谷が広がっていた。魔物の国の大渓谷にも似ているが、谷は海の下まで続いていて、入江になっている。その入江に、数頭の海竜が見えた。沖合には船が並び、海面にブイが浮かんでいる。スタートとゴールは同じところで、ブイを目印に回って戻って来るのがリヴァイアサンレースのようだ。
「賭け事なんでしょ?」
アラクネさんは、レースの仕組みを知りたいようだ。俺は競馬と競艇を組み合わせたようなものだろうと予測していたので、大体あっていると思う。ただ、海竜には使役スキルを持った乗り手がいて、八百長はやりたい放題に見える。
障害物もあるし、魔法も使っているようなので、ルールは荒いようだ。
船と海竜が集まっている場所が、リヴァイアサンレースの本拠地のようで、そこで賭けもできるらしい。
「アラクネさん、見ていく?」
「うん。掛札が紙みたいなんだけど、どうやって不正を止めているのか、ちょっと見てみたいんだよね」
「じゃあ、これ、必要経費ね」
俺は銀貨で10枚ほど渡した。
「いいの?」
「経験するのが一番だよ」
アラクネさんは銀貨を受け取って、掲示板に張り出されている海竜の情報を見ていた。
俺とロサリオは、召喚術師がいる海竜の厩舎を探す。厩舎も海辺に面しているとは思うので、虱潰しに探せば見つけ出せそうだが、あたりぐらいは付けておきたい。
リヴァイアサンレースの常連客に話しかけ、召喚術師がいる厩舎がないか聞いて回った。
「召喚術師は聞いたことがないな。魔物使いで優秀なのは揃っているが……」
「魔法使いは結構いるはずだ。回復術師を雇っているところは多いだろうし、魔法推奨のレースもあるから防御魔法を扱う魔法使いはいると思うが、召喚術師か……。ちょっと今は思いつかないな」
「召喚術? 召喚術って、魔物を召喚するんだよな?」
何人目かの常連客だった。
「そうです」
「それはわからない。あれ? 剣も召喚することがあるんじゃないか?」
「ありますよ。霊体の剣や盾を召喚することもあります」
「あ、だったら、3番厩舎のトリオン浜場に行ってみな。秋に火事でリヴァイアサンも随分亡くなっちまったみたいだから」
「わかりました。ありがとうございます」
ツアーで、ミミック島に行ったのも秋だし、召喚術のポータルに向けてリオがブレスを吐いていた。しかも海竜も俺たちがかなり狩ったとなれば、トリオン浜場に向かうしかない。
トリオン浜場は大きな谷の中にある入江にあった。地形的に岩場ではなく森が多い場所で、海竜を隠れて飼うには適しているのかもしれない。木製の建物がいくつも建っていたが、焼けている建物もある。リオのブレスがここまで届いたことを考えると感慨深い。
「ここで間違いなさそうだな」
「ああ、どうする?」
「とりあえず魔物を代表して、今後の海竜の大発生を止めないとな」
ロサリオは魔物の国の代表になった。
「召喚術師の捕縛と技術の奪取。それと賠償金でも貰うか?」
「なんか、でも金持ってなさそうだな」
人の気配が少ない。建物内に入っても受付には誰もいなかった。
勝手に水の音がする方へ向かう。
建物の反対側は桟橋があり、海へと続く入江があった。樹木が多く、静かではある。
海竜が数頭、泳いでいて、森に続く木道に数人の魔物使いが見える。
「誰だい!? あんたたち! 部外者は立入禁止だよ」
魔物使いのひとりが叫んだ。
「俺たちは被害者だ。魔物の国に海竜を送っていた召喚術師は誰だ?」
ロサリオが人化の魔法を解いて槍を構えた。
「魔物の国からわざわざ復讐をしにやってきたのか?」
「群島では海竜の被害が広がっていた。ここで育てていた海竜なら、被害総額を全額払ってくれるか?」
「いや、それは……」
「とりあえず召喚術師を出してくれ。話はそれからだ」
その場にいた魔物使いの視線が、あるローブを着たエルフに注がれている。背の高い痩せた女で、エルフには珍しく額にはいくつも皺が入っている。つまり高齢のエルフだ。
両手を上げて戦う意思はないと、俺たちに近づいてきた。
「召喚術師は私だ。間違いない。魔物の国に送っていたのは知っていたが、まさか魔物の経済圏を襲っているとは思わなかった。我々もリヴァイアサンを多く失った。許してもらえないか?」
「ああ、許す気はない」
ロサリオはきっぱりそう言った。
「わかった。話し合いがしたい」
ローブのエルフは建物内に俺たちを案内した。
「見ての通り、この浜場には金になるようなものはない。リヴァイアサンが毎レース優勝でもしない限り、半年後には潰れることが決定している。欲しいものがあれば持っていってくれ」
「じゃあ、あんたを持っていく」
「ん? 私を?」
「ああ、俺は召喚術師でね。どうやってあんな図体の大きな海竜を、遥か遠くの魔物の国まで送ったんだ? その魔力があればもっと稼げるだろ?」
「ああ、それは魔力じゃない。ポータルの技術だ」
「あの柱か?」
「そうだ。召喚術師なら、魔道具のスキルも取ったほうがいいぞ」
「そうなのか……」
「ああ、なるほど、そういう運命の流れなのか。わかった。私の力を貸すよ。名前は?」
「コタローだ」
「俺はロサリオ」
「ララノアだ。この浜場の社長に辞めると言ってくるから、ちょっと待っていてくれ。荷物もまとめないとな」
ララノアはあっさりと俺たちに付いてくる運命を受け入れていた。
「社員になるつもりかな?」
「いや、奴隷じゃないか」
エルフの老婆の背中を見ながら、そんな会話をしていた。