221話「ある街の僧侶の罪」
石畳の街道を進み、森にいるゴブリンを横目に街を目指す。ゴブリンたちも様子を見にきてはアラクネさんを見て逃げ出していた。
「青鬼族は本来あの程度と考えると、故郷の青鬼は随分優秀なのよね」
「辺境にいる青鬼族は優秀だよ」
「中央にいるのは欲深いけどね」
「身につけている物が違うというのは、いい判断材料になるな」
タバサは魔物たちとの会話に入ってきて、自分の服の汚れを気にしていた。
「森や旅の間は、潜伏しないといけないこともあるだろうから、その場に馴染んだほうがいいけど、確かに野生の魔物とちゃんと意思疎通ができる魔物の違いは衣服に現れるのかもしれないな」
「それは人間も変わらないかもしれません。服の素材や装備で、だいたい強さがわかりませんか?」
バネッサは意外と目がいいのか。
「服の素材を見分けられるの?」
「布の種類が違うし、強い人はちゃんと洗濯していますよ。もしかしたら、汚さずに敵を倒しているのかもしれませんが」
「コタローさんも比較的きれいですよね?」
スシャが聞いてきた。
「俺は敵が来たら投げナイフで対応するし、スライムを飼っているとちゃんと汚れを落としてくれるからな。あと衛生管理は結構大事だから、皆やったほうがいいよ。病気とか呪いとか目に見えないものでかかるから予防にもなるからね」
「なるほど。洗剤のポーションとかもあるんですけど、作ったほうがいいですか?」
「作ったほうがいいね! 時々、旅をしていると未だにおしっこで洗濯している田舎もあるんだけど、成分として間違ってはいないけど、ちゃんとした洗剤を使ったほうがいいからな。解呪系のスキルでもそういうのがあるでしょ?」
バネッサに聞いてみた。
「ありますよ。私のスキルは洗濯ばかりさせられていたから発生したものです。手が荒れて酷かったですけど、辺境に行ってからは全然荒れなくなりましたけど」
「辺境の教会は別の所が荒れていたからな」
「確かに……」
ロサリオの一言に、僧侶二人は苦笑していた。旅の間に成長してしまって教会に頼る必要がなくなったからだろうか。
「お、見えてきたな」
森の木々の向こうに建物が並んでいた。馬車や行商人の姿も見える。
エルフの領地の奥だからか、外から見ている分にはエルフしかいない。荷運びとして獣人の奴隷を連れているということもない。
「他の種族はどこに行ったんだろうな」
「奥地ですからね。どこにいるのか……。でも、たぶん、海竜のいるような場所だったら獣人がいるはずなんですよね。使役スキル持ちはエルフの中でも重宝されているので」
確かにトリデ町でもコロドンを使役している船頭やワイバーンを飼っているライダーたちもちゃんと仕事をしていた。
「どこから来た? 魔物使いか?」
入口で門兵に聞かれた。
「辺境からです。商人ですよ」
「お! 魔物と暮らしているというのは本当なのだな」
「ええ。意思疎通ができますし、正直人間よりも話が通じることもありますから」
「獣の頭でどれほど理解できているかわからんぞ」
「頭で考えすぎて動けなくなっている人間もいますから」
「……違いないな」
門兵も動けないでいるエルフのひとりのようだ。
街の中に入って、すぐに檻に入れられた獣人たちの姿が見えた。別に奴隷商というわけでもないのに、酒場の軒先で鎖に繋がれた獣人もいる。
「どこから連れてこられたんだ? 街の外にいなかったのに……」
ロサリオが呟いた。
改築を繰り返したような建物ばかりなので、かなり古いのもあるだろう。
「街の何処かに遺跡に繋がる道があるのかもな。獣人の領地から連れてこられたと考えると、とんでもない人数が移動しているかもしれない」
「そうか! 政変があったから」
アラクネさんは驚いていたが、個人的にはその様子を見に来たようなものだから、ようやく見つけた気がしていた。
「これはまた、酷い街があったもんだ」
「東部よりもいるとは……」
新人エルフたちは、この街の奴隷事情を引いた目で見ていた。
「とりあえず用を済ませよう。教会にガマの幻覚剤があれば、代金の回収。それから奈落の遺跡の入口がどこかにあるかもしれないから探してほしい」
「了解」
タバサとスシャはそのまま街の散策へ向かった。
僧侶と俺たちは街の中心地にあるという教会へ向かう。通りにはエルフたちしかいないので、目立って仕方がない。流石にロサリオとアラクネさんは人化の魔法で人型になっていたが、視覚のスキルを持つエルフがいるのか注目を集めている。
「あんたら何者だ?」
背の高いエルフが話しかけてきた。
「辺境から来た商人だよ。お前さんは?」
「俺も商人さ。海森商会って知っているか?」
海森商会の下っ端商人が、俺たちを知らずに声をかけてきたらしい。
「随分手広くやっているみたいだな。リヴァイアサンレースだったっけ?」
「ああ、知っているのなら話が早い。どうだい? 一口乗らないか? 若いリヴァイアサンがいるんだけど、なかなかいい飼料をあげられなくてね」
「そうなんだ。全面的に断る。がんばってくれ」
俺ははっきり突き放して、先へ進んだ。
「後悔するなよ!」
「お前さんも人生を無駄にするなよ」
人混みに消えていく海森商会の下っ端を見送って、広場へと出た。教会は広場にあり、鐘がカラーンと鳴っている。
人がいるなら、話は聞けるか。
セシリアとバネッサが教会の扉を叩いて、中に入れてもらった。
「こちらでガマの幻覚剤という薬を辺境から買いませんでした?」
「はい。ええ、大量に牧師が購入しました。ついに取り立てに来ましたか?」
年老いたエルフの僧侶は、見る間に顔面蒼白になっていった。
「料金を支払っていないようなんですけど、どうなっていますかね?」
「商品は使用していない分がありますのでお返しします。使用分はできる限り払うつもりですが、提供できるものは奴隷ぐらいしかありません……」
「いや、奴隷は要りません。お金でお支払いください。どれくらい買ったのかだけ見せてもらっていいですか?」
「はい。どうぞ。こちらに」
僧侶は地下にある倉庫に案内してくれた。
倉庫には樽が積み重なっていて、すべてガマの幻覚剤だと言うが、そもそもこんなにエルフの薬屋に卸していない。
「偽物がかなり混じっています」
「やはりそうですか。使ったエルフの牧師は、今でも……」
牧師、僧侶たちは酩酊状態のまま、目も虚ろになってしまっているという。
バネッサが診断したところによると、毒素を出さないといけないとのことだった。
「誰から買ったんですか?」
「はじめは辺境のエルフから買った記録が残っているのですが、次からは海森商会さんが代行で購入したものを安く売ってくれたようなんです。私のような年老いたエルフは、薬は使わずに見守っていたのですが……」
「辺境の薬屋は海森商会には売っていないはずです」
「やはり、そうですか……」
エルフの僧侶は落胆しているようだった。
「奴隷はどうやって、やってきたんですか?」
「獣人の領地からです」
「いや、樽の後ろに通路がありませんか?」
ガマの幻覚剤ではなく汗の匂いを辿れば、遺跡の入口は見つかる。遺跡由来の素材で『もの探し』をすれば証明できてしまうが、この僧侶はどこまで白を切るつもりだろうか。
「私は知りません」
「本当に? 知らないフリをしていませんか?」
「私は僧侶です。やましいことなどしていません」
「奴隷を賄賂として受け取っているのでは? 樽を動かしてみても? 獣人の足跡と教会が所有している獣人奴隷の足の形と照合しても構いませんか?」
「……どうすればよかったのでしょうか?」
自白してしまっている。この僧侶を責めても仕方がないが、この街の闇を見ないように過ごしてきたのだろう。
「純粋でいることはなんの救いにもなりません。自らの罪と向き合う時が来ました」
「あなたの心に潜む呪いまでは解呪できません。自らを守りたいのはわかりますが、目を背け続けているとその罪は肥大化していきますよ」
セシリアとバネッサが僧侶に宣告して、俺たちは一旦外に出た。