220話「トリデ町の栄華はこれから」
栄枯盛衰、盛者必衰、栄えたものは衰退し、滅びるのが自然の理で、再生するのも自然の力だ。そんな事はわかっているが、天使のスキルはこの理から反発しているような能力を授けたのではないかと思った。むしろ悪魔のスキルは自然の理を加速させている。
天使と悪魔、この2つのスキルだけならわかりやすいのに、巨人という3つ目のスキルがあるから、複雑だ。組み合わせ次第で、チート級の能力が開花するかもしれない。
そもそも11階層の天使によって再生スキルを環境に使われたら、もう資源戦争をする必要がなくなる。確かに平和ではあるが、資本主義そのものが崩壊しかねないのではないか。
商売とは……?
俺の頭の中ではぐるぐるとどうしようもない考察が、浮かんでは消えていく。
「心此処にあらずといった感じね」
夜通し伐採したトレントの枝を背負っている俺に、アラクネさんが声をかけてきた。
「結構な衝撃を受けているからね。商会そのものが成り立つのかどうか……」
「そんなに!?」
「俺は蜘蛛の巣みたいに、魔物の国と人間の国にネットワークを広げていけば、いずれアラクネ商会は大きくなって、両国にとって、というか人間と魔物にとっても重要な企業になれるんじゃないかと思って発展させるつもりでいたんだ」
「そうじゃないのか!?」
ロサリオも聞いてきた。
「でも、それをやると誰かが管理者として働かないといけなくなる。その管理者を統括するような管理者も各地に置かないといけなくなるだろ? つまりはピラミッド状の支配構造が出来上がるんだ」
「あらゆる組織って、そういうものじゃないの?」
「そうなると、全体主義とか共産主義とかいう思想に傾倒することになる。それは、あんまりよくない。全体のために弱者が切り捨てられる構造が組み上がっちゃうんだ」
「でも、実力を考えれば、そうなるんじゃないのか?」
「管理者や統括者に有利な社会になると、次世代で出来レースや裏金が横行する。親族への愛を狙われるんだな」
「魔物だと種族間の結びつきも強いものね。それは大いに有り得るわ」
「それをやるとやっぱり内戦が始まる。平等って達成するには結構暴力的なんだよ」
前世の記憶を掘り返せば、数々の事件が出てくる。
「天使のスキルは確かに地上に平和をもたらしたんだと思う。でも、人間も魔物もそれがなんなのか理解できないでいるから、この状況になっているんだと思う。確かなのは俺たちが時代の境界にいるってことくらいで、システムの理解をしないといけないんだ」
「はぁ、そうなのか。『なるほど』とはわからないけど、自分たちが何も理解できていないことだけはわかった」
「そうね。でも、重要なことなんでしょ?」
「人間と魔物の生涯、生き方についてかなり重要なことだと思う。いろんな前提が崩れるんじゃないかな」
とりあえず、俺たちはトリデ町へ戻り、木材の置き場を確保した。当然、量が量だけに町の職人たちが集まってきてしまう。
「なんだ? こんなに木材を持ってきて!」
「屋敷でも建てるつもりか?」
「闘技場の優勝者賞金にでもするつもりか?」
「違う。毎日、この量の木材が採れると思ってくれ」
各職人たちに俺が説明を始めた。
「はぁ? 何を言ってやがる? そんなに採ったら、マングローブの森が禿げ上がっちまうよ」
「禿げ上がらないとしたら? これは一本の樹の魔物から採取した木材だ。明日には再生している」
「そんな、バカな……。木炭にしてもいいし、樽にしてもいいし、何でも作れるってことか?」
「その通り。今日がこの町の潮目だ。もちろん貴族に見つかれば制限されるかもしれない。その前に、技術も商売も流通も全部確保してしまえば、制限しにくくなる。職人のギルドで出来ないか?」
「本当か?」
「砦長の私が見てきた。アラクネ商会さんの実力は闘技場で見た通りだ」
砦長が前に出て、職人たちに説明し始めた。
「出ていた選手だけでなく、コタロー氏もロサリオ氏もとんでもない実力者だった。はっきり言えば、我々でどうにかなるレベルではない。強さとは町を守れるという信頼だろう? それで言えば、このアラクネ商会は圧倒的な強さを持っている。もちろん、今すぐ信じろとは言わないが、明日も同じ量の木材を持ってきたら信じてあげてくれないか。なにより、この町の未来がかかっているから」
「じゃあ、この木材を持っていっていいんだな?」
「ああ、持っていっていい。使ってくれ」
「無料で?」
「ああ、失敗してもいいけど、失敗しすぎるなよ。技術が磨かれないから」
「弟子を雇っていいんだな?」
「稼げるようにしてやれるならな」
「木材加工品の価格が暴落するぜ!?」
「このトリデ町だけだ。他の場所でバレないうちに交易してくれ。ここが木材加工の聖地にすればいい」
「ギルド長! 法案を作ってくれ!」
「資源は俺たちトリデ町の職人たちが独占していいんだな?」
「ああ。いいけど、俺たちは旅の行商人だ。数日でいなくなるから、その間に冒険者でも採取屋でもいいから、トレントを制圧して木材を採ってくる者を用意してくれ」
「衛兵たちは出来ないのか?」
「私たちは……」
衛兵たちは自信がなさそうだ。
「戦術さえ覚えれば、そんなに難しい相手じゃない。レベルも上がるさ」
「わかった」
散々、トレントを殴ったので経験値は入っているだろう。もしかしたら植物系への斬撃スキルが現れているかもしれない。
トリデ町ではアラクネ商会の名が広まり、宿代は無料になり、飲食店でも俺たちから金を取ろうとする商人はいなくなった。
一週間ほど滞在して、トレント討伐の戦術を確立して俺たちは再び西へと旅立った。
「また来る」
「ああ、来てもらわないと困る。たった、数日で町が変わっちまったよ」
船頭たちは笑って、俺たちを筏に乗せて見送ってくれた。
「さて、いい加減潰すか。海森商会」
「おそらく、この先にエルフの薬屋がガマの幻覚剤を売った町があるはずだ」
「教会もグルだということなんで私たちも許しませんよ」
新人たちも僧侶たちも、トレントの討伐でレベルが上がっている。力試しにはいいのかもしれないが、こちらとしては、どの程度スキルに関して体系化しているのか気になる。
教会も今まで見てきた僧侶たちはそれほど強いとは思えなかったが、天使のスキルを習得している者もいるかもしれない。
僅かな期待を手繰り寄せることができるか。
マングローブの森から、いつの間にか普通の森へと変わり、石畳の道が伸びていた。