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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
アラクネさん家

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22/226

22話「単独ヒモ男の倉庫奥戦記」


 ここからは一人で行くしかない。訓練したことをやるだけとはいえ、心臓の音がやけに大きく聞こえた。


「いってらっしゃい」

「いってきます」

 

 焚火の火を熾しているアラクネさんに松明を貰って、倉庫の奥へと向かう。

 普段は魔石ランプだが、ポイズンスパイダーの糸を焼くため松明だ。中には十分空気があることもわかっているので、初めは松明での火付けになる。


 アラクネさんの糸を焼き、板を取り外して、鉄格子の奥へと入っていく。


 通路の先には広い部屋があり、通路が東西にのびている。埃と獣の臭いが充満していて、早くも想定外だった。西側の通路は蜘蛛の巣だらけ。こちらがポイズンスパイダーの棲み処のようだ。


 蜘蛛の巣を焼き払いながら、奥へと進む。真っ暗な通路なのに、先に白い部屋が見える。

 松明を投げ込み、一旦広い部屋まで退いた。


 ガサガサという大きな蜘蛛が蠢く音が聞こえる。牛サイズの蜘蛛が襲ってくると思うと、身の毛がよだつが、この世界ではこれが現実だ。受け入れるしかない。


 ビシャッ!


 毒液を吐き出して、部屋に飛び散る。この毒の臭いは毎日嗅いでいた臭いだ。

 壁を登る音や地面を足で踏む音が近づいてくる。

 不思議なことに攻撃してくれたり、ポイズンスパイダーが予想通りの動きをしてくれると徐々に落ち着いてきた。


 蜘蛛が振動を感知することも教わっていたので、地面すれすれにアラクネの糸を撚って作った紐を這わせて、鳴子を取り付ける。


 こういう罠は用意してきたものだ。東側通路に向けて鳴子を取り付け、上手くいけば骸骨たちの罠に嵌ってくれるかもしれない。


 そう思って待機していたら、天井付近から一斉にポイズンスパイダーの群れが降りてきた。


 カラカラカラン!


 鳴子は部屋中に響き、ポイズンスパイダーたちがそこかしこで威嚇を始めた。

 どうにもならないので、すぐさま部屋から逃げた。幸い、足音だけは消せるのでこちらに気づくポイズンスパイダーはいなかった。



「……無理だ」

「なによ。商売以外のことは全然自信がないの?」


 逃げ帰ってきた俺に、アラクネさんは厳しかった。


「いや確かにそうなんだけど……。燻煙式の殺虫剤ってなかった?」

「使う? もうそんなにポイズンスパイダーが集まってきたの?」

「うん。初めから群れで来た」

「まぁ、落ち着け。焦ってあわてても意味はない」

 ロベルトさんは茶を飲みながら、俺の様子を見てくれている。

「頭だけ気をつけろ」

 セイキさんは俺がケガをしても、頭以外なら助かると言ってくれた。本当かな。


 ひとまず、燻煙式の殺虫剤を倉庫の奥へ投げ込み、様子を見る。煙が広い部屋に充満して、なるこの音が聞こえなくなったのを確認してから、再び中に入っていった。


 広い部屋にいるポイズンスパイダーは全員眠っているらしい。一頭ずつ腹を潰して、首をねじ切っていった。目には目を、毒蜘蛛には毒をだ。


 ペンライトのような小さな魔石ランプを灯し、西側の通路を進んでいくと、白かった部屋が黒く焦げていた。部屋は毒の臭いが強い。罠はないが誰かに見張られているような気がする。


 ふと殺気を感じて、通路に退いた。

 仄かな明りを感じ取ったのか、大きなポイズンスパイダーが天井から糸を垂らして床に降りてくる。ヒットアンドアウェイというよりも、とにかくアウェイ。空気の微細な流れも足にある感覚器官で感じ取るため、息を殺して魔石ランプも黒装束の中に隠した。


 じっとしていると、暗闇の中に蠢くポイズンスパイダーたちの姿が見えてくる。どこか空気穴から日の明りが漏れていた。


 こちらを警戒していたポイズンスパイダーが誰もいないと思ったのか、別の通路を見ている。ポイズンスパイダーの腹部が目の前にあった。


 迷わず金槌を振り下ろし、柔らかい腹部に穴をあけて、音も立てずに通路を戻って身を隠す。致命傷を与えれば逃げ出していい。そもそも戦ってはいけない。


 時間はゆっくりとしか進まないが、ずっと訓練していた通りのことがやれているので、どんどん気持ち的には落ち着いていく。

 再び先ほどの部屋に戻ると、茶色の体液を流してポイズンスパイダーが倒れていた。しっかり胸部も潰しておいた。


 あとは、これを繰り返すだけ。一度やり方が嵌れば、あとは何で誘うのかを考えればいい。

 蜘蛛の目玉は8つもあり、ポイズンスパイダーのものはそれなりに硬く、床を転がる。


 俺は通路に蜘蛛の目玉を投げ込んで、ポイズンスパイダーをおびき寄せることにした。

 ころころと転がる音と振動を聞きつけて、ポイズンスパイダーを一頭、また一頭と潰していった。


 ただ、この方法は3回も通じない。蜘蛛の目玉を転がしても確認しに来なくなった。

 明確に攻撃されて仲間が死んでいることに気が付いたのだろう。


 別の方法は考えてある。


 部屋に残っているポイズンスパイダーの糸をかき集めてボール状にしていく。通路を支える坑木をナイフで削り割りばしサイズの木片を丸めた糸に刺していった。


 それに火をつけて、先の部屋に投げ込んだ。パチパチと音を立てて木片が燃えていた。

 それをいくつも投げ込めば、煙が立ち上っていく。別に殺虫剤の成分がなくても、肺がなく気管で呼吸している魔物からすれば煙は嫌なものだ。


 火を消すために下りてくるポイズンスパイダーもいる。竹筒で作った水鉄砲で油を身体中にかけてやれば、盛大に燃えた。

 燃えすぎて、煙がこちらにまでやってきた。


 俺は一旦、廃坑道の外まで退いて、しばし燃え尽きるのを待つ。


「だいぶ倒せました」

「何頭?」

 アラクネさんが水が入ったコップを渡して聞いてきた。

「11頭くらいかな」

「そう。たぶん奥に小さいのが大量にいるはずだから、殺虫剤をもっと使っていいよ」

「わかった。ありがとう」

「向こうも攻撃されているのには気づいているだろう。ここから持久戦になるから、ゆっくり潰していけばいい」

「隠れている魔物もいるはずだ。『もの探し』もどんどん使って行けよ」


 皆アドバイスをくれる。干し肉とクッキーを補給して、殺虫剤を鞄に補充。再び倉庫の奥へと向かった。


 俺がやるのは油断をさせて隙を見て倒すだけ。わかってはいるが、このタイミングが難しい。ポイズンスパイダーの臭いには慣れたが、今だに柔らかい腹を潰すときの感触には慣れない。


 西の通路の先にある部屋の真ん中にはポイズンスパイダーの焼死体がある。それを天井付近まで吊り上げようと、ポイズンスパイダーたちが姿を見せていた。仲間の死体はすでに食料という認識なのだろう。


 部屋の端をゆっくりすり足で歩いていると、こちらには気づかないらしい。蜘蛛の巣が燃えて、かつてのつるはしなど道具が出てきている。


 俺は武器を錆びたつるはしに持ち替えた。


アラクネさんが毎朝糸を吐き出すのに苦労しているので、大型の蜘蛛の魔物が糸を吐き出している最中は、それほど動けないとわかっていた。

 ポイズンスパイダーたちが腹から糸を吐き出すタイミングを見計らい、つるはしを振り下ろし致命傷を与えた。


つるはしなのでサクッという小さな音しか出ないし、一瞬で絶命してしまうため、周りのポイズンスパイダーに気づかれなかった。 声も出せないというのは、危険が迫っていることを周囲に知らせることができない。


 死んだポイズンスパイダーの脇にもう一頭死体があれば、他のポイズンスパイダーは、再び死体を糸を巻いて吊るす作業に入る。

 俺は一頭ずつ、大きなポイズンスパイダーに致命傷を与えていった。冒険者が見たら怒るような方法でしか討伐はできない。


 すべてのポイズンスパイダーを倒し、『もの探し』スキルで他に仲間がいないか探してみると、さらに奥にはいくつもの通路が伸びていて、その先には大量のポイズンスパイダーがいるらしい。ポイズンスパイダーの子だろうか。『もの探し』の意外な解釈を発見した。


「親の死体は子のものか」


 仲間の死体も天井からぶら下げるくらいだから、食料の少ない廃坑道では乾燥させて食べるのかもしれない。天井からネズミやイタチの死体もぶら下がっているが、大きな死体はすべてポイズンスパイダーのものだ。


 殺虫剤をそれぞれの通路の地面に振りかけ、燻煙式の防虫剤を一番近くの通路に投げ込んだ。

 先で繋がっているのか煙が、いろんな通路から出てくる。


 ついでに小さなポイズンスパイダーが出てきた。「ポイズンスパイダーの子どもは、足が鋭いから、獲物を突き刺して殺すの。気をつけてね」とアラクネさんのアドバイスを思い出した。


 実際、黒い毛を持つ親と違い、真っ赤でつるりとしたボディの子どものポイズンスパイダーは、サーベルのような鋭い足を持っている。


 ただ親と違い、身体は小さい。落ちていた石を振り下ろせば、枯れ葉のようにクシャッと潰れた。


 逃げ惑い通路から出てくるポイズンスパイダーの子に石を落とすだけの作業になった。

 冒険者からすれば、たったそれだけと思われるようなことなのに、俺にとってはものすごく疲労感があった。単純に、作業が全身運動というのもあるが、飛び散る体液には毒があるので精神的な消耗があったのだろう。


 それでも『もの探し』で生き残りを見つけて、徹底的にこの廃坑道からポイズンスパイダーを殲滅していった。


 一旦、外まで出て、休憩することにした。


「どうだ?」

 ロベルトさんは進捗を聞いてきた。


「とりあえず『もの探し』で探せるポイズンスパイダーは倒しました。ただ、なぜかすごい脱力感というか、疲労感がありますね」


 身体や服に付着した体液を濡れた布で拭った。


「ああ。そりゃ、そうだ。レベルが上がったんだろう。一度仮眠した方がいい」


 そう言えば、この世界にはレベルがあったんだな。


「はい、これマント。私に寄りかかっていいよ」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 アラクネさんに寄りかかりながら俺は眠った。街道近くに差し込む木漏れ日を受けて、午後の空気は暖かい。


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[一言] 働き者のヒモ。。。
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