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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境
219/226

219話「トレントは誰の眷属か」


 マングローブの種は海中でも枯れない進化を遂げ、海流に乗って拡散していくのは知っていたが、異世界のマングローブは空中も漂うらしい。浮遊植物というらしい。

 巨大なトレントの周りには浮遊した種子がいくつも飛び、近づく外敵から母樹を守っている。


「どうやって倒すんですか?」

 砦長はシンプルに尋ねてきた。

「観察していれば、見えてくるんじゃないか……」


 大きいので簡単には倒せないが、植物系の魔物なので弱点くらいはあるだろうと、この時は高をくくっていた。

 空中に浮かぶ種子を取ってきて、各種毒を試していく。掴まえた途端、根を出して魔力を吸収しようとしてくるが、それほど効果はない。通りかかった魔物や人間に寄生するのだろうか。母樹とは別の品種なのかもしれない。


 大量に種子を掴まえていたら、母樹が起きて、上から枝を落としてきた。枝を掴んで、魔力を流してみると、かなり伝導率はいい。


「素材としては悪くない。ちょっと脆いかもしれないけど」

「コタロー、魔力の目で見上げてみろ」

 ロサリオが言うので、魔力を見たら、落としたはずの枝が勢いよく伸びているところだった。


「ああ? 再生能力か……? いや……」


 根元には羽の印が描かれた魔石も埋まっているようだ。羽の生えたものの従者の印。11階層の階層主が天使だったことを考えると……。


「このトレントは、11階層の魔物かもしれない」

「「え!?」」

 僧侶と新人たちも驚いていた。

「ちょっと切ってみるか。アラクネさん、糸玉ある?」

「はい」

 ロサリオがアラクネさんから糸玉を受け取り、大きな枝に向かって投げつけ、糸の端を持って飛び上がった。


 ザンッ。


 枝があっさり切られ、ザブンと水面に落ちた。直後、切断面から芽が生えて枝が見る間に伸びていく。


「へぇえっ!!?」

 恐れおののく衛兵たちとは裏腹に、タバサたちは……。

「あ、やったー」

「ラッキーですね」

「挿し木したら、その植物も再生しませんかね?」

「実をつけるのかな。種子があるくらいだから、もっと調べてみますか」

 僧侶も新人たちもすっかりアラクネ商会だ。


「このトレントは倒さずに、できるだけ長く素材を集めさせてもらいましょう。たぶん、薪や建材を買う必要もなくなります……」


 グゥオオオオ……!


 衛兵たちに説明している最中にトレントが口を開いて威嚇してきたが、幹が痛むのですぐにセシリアに鎮静魔法で大人しくさせられていた。


「身体は大きいけど、レベルはそれほど高くないみたいです。鎮静魔法が効くので」

「そうみたいだな。スシャも鎮静系の毒を試していってくれ」

「了解です」

 うちの会社は戦闘系の役職はいないが、バフやデバフを使う社員が多い。


「トリデ町が一番近いですよね? 道を整備して、職人を雇ったほうがいいです」

 俺は砦長へ再び説明し始めた。

「どういうことですか? 討伐しなくていいということですか?」

「ええ。あの太い枝で、冬場の燃料には困らなくなるし、建物、調理道具、杖など、木材加工全般が賄えてしまいませんか。しかも取り放題だ。ちなみに戦闘不能にさえしてしまえば経験値はもらえるはずなので、訓練するのも可能です。最高ですね!」

「最高なんですか……?」

 砦長も含めて、衛兵たちはまだわかっていないらしい。


「とりあえず、幹を棒で殴っているといいよ。アラクネさん、紐はある? バネッサ、タバサ、ノコギリを送ってもらうからどんどん切って運べるようにしてくれ」

「あるよ」

「了解です」

「エルフの使い方が荒いんだから」

 普通はエルフに力仕事などさせないらしい。


 衛兵たちは枝を拾って、ひたすらトレントの幹を殴り続けた。おそらくダメージも再生するのでトレントが倒れるようなことはないが、スシャとセシリアは再生能力を止める幻覚魔法やポーションがないか探ってもらう。


「魔力吸収系の毒は効きそうです!」

「そのへんに浮かんでいる種子を根っこでも幹でもいいので貼り付けてください! 魔力を吸収してくれますから。種子から出た根を切れば、時間制限のある魔石代わりにもなります」

 スシャとセシリアが、衛兵に説明しながら、トレントの倒し方をレクチャーしていた。


 俺たち再生し続ける枝を払い、適当な長さに切って紐でまとめていく。無限木材生成所だ。流通もスライムがいるので、問題ない。後は加工する工場があれば……。

 そこまで考えて、俺はなにか裏があるんじゃないかと思い始めた。

 上手くいきすぎている。こんなトレントがあれば、歴史上他にも使っていた者がいるだろう。天使は無限の素材を提供し、何を得ているんだ? 天使だけに慈愛の心だろうか。

 天使は悪魔と巨人を奈落へと追いやった。

『天使によって別の魔法とスキルが人間に与えられて第二帝国を……』

 巨人が身体を、悪魔がスキルを、天使は何を?


「別の魔法とスキルか……」

「どうしたの? 手が止まってるよ!」

「ああ、ごめん」


 俺は紐を結び直して、均等に切られた枝を辺境へと送った。あとはトリデ町に持っていこう。


「なぁ、天使がもたらした魔法とスキルってなんだかわかるか?」

 俺は僧侶のバネッサに聞いてみた。

「空飛ぶ魔法とかのことですか? それとも浄化スキルの話のことですか?」

「あ、教会は天使を信仰しているのか」

「ええ。空飛ぶ魔法は教会でも使える者はそれほどいませんが、浄化スキルはだいたい使えますよ」

 おそらく教会は浄化スキルが重要なスキルであることを知っていたのだろう。荒廃していた地上を浄化するということは、再生スキルも天使のスキルか。羽が生えているくらいだから遺伝子操作系のスキルももしかしたら天使のスキルかもしれない。でも、奈落の遺跡の11階層ごと環境を変える能力ってなんだ?


「環境か!」

 思わず大きな声を出してしまった。


「ごめん。気にせず作業を続けてくれ」

「それは無理だろ。なにに気づいた?」

 高い枝の上からロサリオが降ってきた。アラクネさんも飛ぶように迫ってきた。


「これは俺の仮説だ。巨人は身体系のスキル、つまり五感や魔力を向上させるスキルを司り、悪魔は技術系のスキルの権化だって俺たちは考えていただろ? だとしたら天使はなにを人間に与えたのかという疑問は自然に湧いてくるよな?」

「まぁ、そうだな」

「なに? 天使はなにを与えたの?」

「たぶん、環境そのものを変えるようなスキルだ。11階層は環境そのものに再生を与えている。人間の能力に影響を与えるんじゃなくて、環境に影響を与える能力なんじゃないかな」

 二人とも、「ああ……」と言ったまま、空を見上げていた。


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