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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境

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217/226

217話「衛兵の訓練は早朝から」


 朝起きると、闘技会に出た社員たちが「レベルが上がらなかった」とぼやいていた。


「弱い敵を倒しても、レベルが上がらない。せめて工夫しないとね」

「そうか。違う経験をしないといけないのか」

「レベルは上がってないけど、スキルは発生しましたよ」

 見ていたスシャは、武術系のスキルが発生したという。

「もちろん、取得はしませんけどね」

「スシャは試合を見ながら、自分だったらどうするかっていうシミュレーションをしていたんじゃないか?」

「ロサリオさん、よくわかりますね」

「ポーションづくりはイメージが大事だって聞いていたからな。おそらく、見ている最中はかなり精度を上げてシミュレーションしているんじゃないか?」

「ええ。使役スキルとか従属魔法とか、地下の遺跡で触れていたから、意識だけでも対象に転写できれば、経験値が増えるんじゃないかと思って。スキル屋さんにも聞いたら、『やってみろ』って背中を押されたんで試しているところです」

「ずっと黙っていたのはそういうことだったのか。面白いから続けてみてくれ。でも、痛みまで共有し始めたら、休めよ」

「わかりました」

「レベルが上がらなかったのはいいけど、杖の使い心地はどうなの?」

 ロサリオが僧侶二人に聞いていた。


「いいですよ。重いかと思ったんですけど、そんなこともなく武器としても十分威力があることがわかりましたし」

「武器に解呪を使えるのは知っていたんですけど、普通の付呪ではなく、彫られている付呪に関しては、時間経過で効果がもとに戻ることがわかりました」

「そうなんだ。それって、もしかして解呪の魔法陣を彫ったネックレスや指輪はずっと効果があるってことでしょ? あと、壊れた付呪具も直せるってことでもあるのかな?」

「ああ、ちょっとやってみます」

 バネッサは、メモ書きをしながら、自分のスキル向上を目指していた。

「バネッサはすっかり解呪の専門家ね」

「おそらく普通の教会にいる僧侶の何段階か上の除霊もできると思いますよ」

 アラクネさんとセシリアは仲間の成長を喜んでいた。


「お、砦長が呼びに来たぞ」

 窓の外を見て、ロサリオが言った。

「よし、行こう」


 俺が勝手に安請け合いをしてしまった衛兵の訓練だが、アラクネ商会の社員たちは闘技会だけでは足りないと一緒に参加してくれる。


「おはようございます」

「おはようございます」

「すごい人数ですね」

 砦長の後ろには衛兵たちが10人並んでいた。朝早いというのに、皆、あくびもせずに真面目な顔をしていた。

「非番の衛兵たちもいるのですが、よろしいですか?」

「別に構いませんよ」

「これ、昨日見つけた魔物討伐の依頼書です」

 俺は依頼書の束を受け取った。だいたい大きなカニや海竜亜種、マングローブのトレント、ゴブリンの群れなどだ。日に焼けている依頼書もある。


「どの依頼をやりますか?」

「全部やりますよ。大丈夫、日が暮れる前には終わるでしょう。準備はできてますか?」

「いや……、あの、はい。ちょっと買い出しに行っても構いませんか?」

「どうぞ。荷物を持ってきてください。軽装で戦えるわけでもないので。俺たちも朝飯と弁当を買っておこう」


 衛兵たちは革の鎧くらいしか身に着けていなかった。街の外に行くというのに、準備してなかったのだろうか。多人数だと、荷運び役がいて自分は戦闘しかしないとでも思っているのかもしれない。アラクネ商会は基本、準備、荷運びから戦闘まですべて自分でやる。むしろすべて経験して、スキル向上を目指す。


「町の入口で待っていますので」

「了解しました」


 俺たちは、広場の屋台で朝食のサンドイッチを買い込み、入口近くにある大きな鹿のマークが飾られている鍛冶屋の前で待機。鹿の鍛冶屋は昔の砦長の実家らしい。

 武器を取り揃えているが、鍛冶師が表のウッドデッキに出てタバコを吸っていた。


「お、なんだ? 魔物の討伐でも行くような格好をしているな」

「行きますよ。砥石あります?」

 あまりに流行っていないので、ナイフ用の砥石でも買っていってやろうと思っただけだ。


「いいよ。気を遣ってくれなくて。いやぁ、見ての通り全然客が来ない。朝から夕方まで、ここに座っていてもダメだ。鍋でも作るかな」

「闘技会もあるんだから売れるんじゃないですか?」

「いや、闘技会はあくまでも試合だ。人を殺すような武器は要らないらしい」

「それじゃいざというときに使えないじゃないですか」

「そうだろ? で、衛兵が弱くなってるって言うんだよ。当たり前じゃねぇかってな」

「ああ、なるほど。ありがとうございます。今から俺たち衛兵に訓練をつけるんですけど、魔物の倒し方じゃなくて野生に対する意識の持ち方を教えればいいんですね?」

「お、そうなのか。頼むよ。この町は攻められにくいところにあるけど、別にエルフの領地がずっと平和ってわけでもない。魔物の国とも交易が始まって、資源が見つかればあっさり乗っ取られる。そんな状況で闘技会をやって、自信を付けている。大丈夫かと思うよ」

「わかりました。夕方には帰ってくるので、武器を磨いて待っていてください。たぶん、衛兵たちが買いに来ると思うので」

「本当か。まぁ、期待しないで待っているよ」


 衛兵が集まってきたところで、俺たちは出発。マングローブの中を進むので、衛兵たちはちゃんと長靴を履いていた。俺たちも防水加工のまじないがかかった靴下を履いている。辺境にいるクイネさんがスライムで届けてくれたものだ。撥水性も高く重宝している。


「とりあえず、一番近場のゴブリンから行きますか」

「はい」

「場所はわかってるんですか?」

「北東ということ以外は、わからないですが……」

 アラクネ商会のメンバーは街道から外れることに躊躇はないが、衛兵たちはちょっと戸惑っていた。


「道なき道を行くので、枝は払ってくださいね。後ろを付いてきてもいいですから」

 大所帯でマングローブの森の中を移動するので、周辺から魔物たちの気配が消えた。ぬかるみしかないし、唐突に足が地面に埋まることもあるので注意を促しておいた。


 泥の香りの中に、ほのかに魔物の汗の臭いがまじり始めた。

「お、アラクネさん」

「うん。たぶん、ゴブリンだと思う」

「斥候かな?」

 俺たちはわかったが、衛兵たちは気づいていない。


「どうしてゴブリンが近くにいると思ったんです?」

「汗の匂いがするでしょ? いや、しないか。俺たちは五感の能力を上げるスキルを取得しているので、敏感なんですよ。特に森の中を歩くときは、そっちのほうが役に立つので」

「試合でも役に立つと思うよ。相手が怪我している箇所がわかるから」

「なるほど……」

 俺とロサリオの言葉に砦長は納得していた。


 臭いを辿っていくと、森の真ん中に、石造りの遺跡が現れた。どうやらその遺跡がゴブリンたちのねぐらになっているらしい。


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