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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境
216/226

216話「鐘の音が鳴ったときには終わっていた」


 タバサの試合のあとは、しばらくスキルを使った試合が多かった。魔法も使うし、集団対魔物の戦いもある。

 ポイズンアナコンダと呼ばれる大きなヘビも出ていたが、普通に対戦相手の衛兵が絞め落とされていた。係の者たちが慌てているので、俺とロサリオは前のめりで助けるかどうか迷っていたら、セシリアが出てきて大蛇を恐怖に陥れて引き剥がしていた。


「セシリア選手、ありがとうございました!」

 実況も一瞬で大蛇を制圧したセシリアに感謝している。大型の魔物は数が少ないので、殺処分にするより、ちゃんと使役して長く闘技会に出したほうがいい。砦の運営からしてもセシリアが適任だろう。


「それでは、次戦は僧侶と魔物のチームアラクネが登場だ! 闘技場を片付けますので、少々お待ちください」


 休憩が入り、観客も酒や食べ物を買いに向かった。俺たちはずっとその状況を観察。人の導線もそうだけど、何が売れて、何が売れないのか、実は席が決まっているのか、辺境との違いはなにか、つぶさに見て考える。長年やり続けているからこそトリデ町の闘技会のシステムは確立されていた。


 串焼きを売りに来る商人や酒やジュースを売り歩く女性たち、賭けの代行業者、衛兵が運営しているから、不審者はすぐに連れて行かれている。相手選手に幻術を使うサポーターもいるらしい。


「観客になると、使いやすいよな」

「選手を応援しやすい環境が整っている。ほら、あれはアラクネさんたちと戦う相手選手の応援団だろ?」

 バスタオルに選手の名前を刺繍して掲げたり、手をたたきながら応援歌を歌ったりしている。

「俺たちもやるか?」

 ロサリオは笛を取り出した。


 ヒューピピピピ……。


 ロサリオの笛の音が闘技場に響き渡ると、徐々に周囲が静かになっていった。

 高音も低音も自由自在なロサリオの調べに、闘技場全体が酔いしれているのか、ドリンクを売り歩いていた女性たちが仕事を放棄し始めていた。

 笛の音が終わる頃には、闘技場全体が静寂に包まれ、相手側の応援団までうっとり聞き惚れていた。音楽の力だ。


「がんばれー、チームアラクネー……」


 先程までの笛の音とは打って変わって、気の抜けた声で応援するロサリオに観客席から笑いが漏れた。


「さあ、両者の応援が終わったところで、選手たちの入場です!」

 実況が声で、選手たちが闘技場に入ってきた。

 

 セシリアとバネッサは、新品の杖を持っているが、アラクネさんは武器を持っていない。俺たちが手を振ると、アラクネさんが気づいて手を上げていた。随分、余裕そうだ。ただ、膨らんだスカートの中に、糸玉をたくさん隠しているようなので、スピードの戦いになれば早く終わるだろう。


 相手側の選手たちは剣や槍を持っている。後方に魔法使いもいるがローブだけ着ている。攻撃は当たらないと思っているのか鎧ではなく、革の胸当てだけ。全員女性の剣闘士たちだ。

 


「どちらも昼試合、夕試合で男たちを葬ってきた女戦士たち、実力はこの砦が保証する! 今宵、最も熱い戦いの火蓋が切って落とされる!」


 カーンッ!


 鐘の音が鳴り響いた。

 セシリアの幻術が光輝く、バネッサの解呪で相手の武器から付呪が消えた。

 相手の戦士が驚いている間に、アラクネさんは地面に向けて糸玉を張り巡らせる。

 この時点で、俺もロサリオも勝負が決まったと思った。


「目眩ましなど通用しない! 二連撃!」

「雷鳴落とし!」


 剣を素早く二度振る戦士と飛び上がってやりを突き刺そうとする戦士はスキルを使っているようだが、誰もいない場所で戦っている。魔法使いたちの火球が飛んでいるものの、仲間の背中を焼いていた。


「なぜだ!? 付呪が発動しない!?」

「何をした?」

 戦いの最中に喋るタイプの戦士たちだ。ずっと闘技場で戦ってきたのだろう。

 

「足が……!?」

 魔法使いがようやくアラクネの糸が張り巡らされていることに気づいた。逃げられない事に気づいて、いろんなスキルを叫び発動させていたが、足が動かずにその場で剣の風圧が回転していた。

 セシリアとバネッサは、大きな杖をゴルフクラブのように持って、戦士たちの顎に向けて振り上げていた。


 カンッ!


 相手方全員を気絶させたところで、鐘の音が鳴る。


「一方的! あまりに一方的な展開となりましたが、これが辺境の実力だ!」

「何をやってんだ!?」

「金返せ!」

「おかしいだろ! どういう戦いなんだ!」

「よっしゃー!」

 船頭たちは全員今月分の酒代を稼ぎ、俺たちと喜びを分かち合っていた。


 今日はこれで試合はないらしく、タバサが観客席まで俺たちを呼びに来てくれた。


「ほとんど、何が起こったかわかってなかったよ」

「でも、始まりの鐘が鳴ったときには終わってたよな」

「普通、あんなに油断するか? セシリアは幻惑魔法を使うって、大蛇の試合で見ていただろうに」

「ロサリオはそう言うけど、普通はスキルを習得したらそれを使いたいと思うのが人情じゃない? でも、あの三人は基本的な魔法だけ。アラクネさんに至っては、糸玉ばら撒いただけだよ。あれも技術なんだけど、わかるエルフは少ない」

 タバサは「これでまた私のスキル習得が遅れる」とぼやいていた。戦闘系のスキルを取りたいが、アラクネ商会にいると基礎的なスキルを向上させたり、五感や魔力そのものの能力を上げるスキルしか取れなくなってしまっているという。


「見ればわかるけど、必要のないスキルは多いだろ?」

「そうなんだよね」

「おう、姉ちゃん。ありがとな。稼がせてもらったぞ」

「ナイスファイトだ。また、出るなら応援するから、渡し船の事務所に連絡してくれよ!」

 船頭たちがホクホクで帰っていった。タバサは適当にあしらっているが、ファンは付いたらしい。

「スシャ、ポーションの使い所がなかったよ」

「まぁ、仕方ないですよ。長期戦にはなりにくいようですから」

 ポーション屋のスシャも即効性の毒を渡していたようだが、あまり意味はなかったらしい。

「野生の魔物に使おう。地上じゃ使いにくいさ」


 闘技場から出て、選手たちの出口でアラクネさんたちと合流した。


「タバサは本当に弓を使わなかったのね」

「うん。距離を取ってくるような相手がいなかったんだよ。私だって、用意はしていたんだけどね」

 タバサの小さな背中にはちゃんと弓が装備されている。


「すみません! ちょっとよろしいですか?」

 選手たちの出口から、大柄な女戦士が出てきた。筋肉もムキムキだが、メガネを掛けている。


「はい? なにか?」

「アラクネ商会の方々ですよね?」

「そうです」

「トリデ町の砦長をしております。オリビアと申します」

 女砦長だったのか。


「よろしければ、少し衛兵たちに稽古をつけてもらえませんか? もちろん無料とは言いませんから」

「構いませんけど、野生の魔物がいないと俺たちの戦い方は身につかないと思いますよ」

「ああ、なるほど! わかりました。明日までに、冒険者ギルドで依頼を探しておきます」


 女砦長は、そのまま冒険者ギルドの方へ向かった。


「安請け合いをしたな」

「まぁね。でも、アラクネさんたちと戦った戦士たちがこのトリデ町の精鋭だったら、どうする?」

「まぁ……、うん」

「袖振り合うのもなにかの縁か。それも人情。難しいね」

 タバサはメイスで自分の肩をたたきながら言っていた。待機中が一番疲れるそうだ。

 とりあえず、賞金で夕飯を大量に買い込み、宿へと戻った。


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