215話「旅の弓使い・タバサ」
サメの世話をしている船頭に、俺も使役スキル(中)まで持っていると言ったら、ちょっと手伝えと筏の船底にこびりついた貝を掃除することになった。
「見た目によらず力強いな!」
俺が筏を持ち上げて、整備用の壁に立てかけたら、船頭たちが驚いていた。
「辺境で鍛えてますからね」
日が落ちると川の交通量も減り、筏を整備所に運んでくる。人が乗る大きい筏なので、数人で運んでいるが、俺もロサリオも一人で持ち上げた。
「普段はなにを使役しているんだ?」
「基本的にはスライムだけです。掃除を手伝ってもらったり、荷物を運んでもらったりしていますね」
「そうか。だったら、そのままスライムだけ使役していたほうが、スキルは伸びるぞ。あんまり浮気すると、時間がかかるんだ。うちでもワイバーンとコロドンと分けてるだろ? あっち行ったりこっち行ったりしていると平気で齧られる。ほら」
船頭は太ももの齧られた痕を見せてくれた。サメの歯形がしっかりついている。
ヘラで貝を落とし、たわしで擦って船底をきれいにしていたら、「飯も食べていけ」と呼ばれた。ワニ肉の香草焼きで酒も勧められたが、俺たちは友だちが闘技会に出るから見に行かないといけないと断った。
「選手として出るのか?」
「うちの会社の新人なんですけどね。応援してあげてください」
「え? 冒険者じゃないのか?」
「冒険者で会社員なんです」
「ああ、そうなのか。わかった。おーい! 皆、この冒険者の仲間が闘技会に出るってよ」
ベテランが声を掛けると、他の船頭たちも集まってきて、「名前だけ教えろ」と言ってきた。
「タバサだ。女弓使いだけど、たぶんメイスをぶん回すと思います」
「大丈夫か?」
「たぶん、大丈夫だと思います」
「お前らより強いか?」
「どうでしょうね。ワイバーンよりは強いと思います」
「よっしゃ。酒代、稼ぎに行こう」
船頭たちは食事もそこそこに砦に向かっていた。俺たちも付いていく。
「賭けられるようになってるんですか?」
「もちろん。そうじゃなくちゃ、闘技者たちもやる気にならないだろ? トリデ町はエルフの領地の中でもレベルは高いんだぜ」
「そうでしょうね」
地下ではなく地上なら、砦を構えているような町はレベルが高いだろう。
砦にはすでに人が集まっていて、地下にある闘技場へと向かっていた。
「先に飲み物を買っておいたほうがいいぞ。あと、串焼きも何本か。賭けないなら席だけ取っておいてくれ。俺たちは賭けるからよ」
船頭たちは、本当にタバサに酒代を突っ込むようだ。負けると評判が悪くなるんで、勝ってほしい。
「お二人も来ましたか」
砦でスシャと合流した。
「アラクネさんたちは見た?」
「僧侶さんたちと出てますよ?」
「え? 闘技会に?」
「ええ。ほら」
闘技場の控室には、バネッサ、セシリア、アラクネの文字が掲げられている。
「なんか、夕方頃からずっと出続けているみたいです。杖の調子を見ているんでしょうね。観客にはどうして倒れているのか……」
遠くの観客席から「金返せ!」「なんの技だ!?」などと怒号が聞こえてくる。
「幻惑魔法や幻術で倒れると、本人以外はわけがわからないか」
「アラクネさんが大技を使う前に倒れてしまうので、盛り上げるのが難しいようです」
「普通に杖で倒せばいいんだろうけど、それもそれですぐ終わるのかな」
とりあえず観客席の端っこに席を確保し、船頭たちを待つ。船頭たちは酒も串焼きもたくさん買い込んで来てくれて、「食べろ」「勝つぞ」と前のめりで言っていた。
「うちの社員が、タバサ以外にも出ているみたいで」
「らしいな。アラクネだろ? 抜かりはねぇよ」
船頭たちは全員、しっかりアラクネさんにも賭けていた。魔物が僧侶といっしょに出てる事自体、この闘技会では初めてのことなので、注目を集めているようだ。
「さあ! ここから夜の部が始まります! 夕方の快進撃を見ていなかったお客さんにはわからないかもしれませんが、今宵は旅の武芸者が4人も出ていて大荒れとなっております!」
実況が声を張り上げていた。
「夜の部、初戦から大一番の予感! 熟練の門兵・ガリントン対旅の弓使い・タバサだ。トリデ町を守ってきた衛兵にどこまで旅人が迫れるか、乞うご期待! さあ、賭け札を握りしめろ!」
闘技場に、タバサと盾を持った大柄なエルフ・ガリントンが登場して、観客席に武器を掲げた。
「夜の部初戦……、はじめ!」
カーン!
鐘の音が響き渡り、試合が始まった。
ガリントンは盾をタバサに向けて、短剣を構えている。カウンター狙いだろうか。
タバサはゆっくりと距離を詰めていった。
ガリントンは盾をタバサに向けたまま突進。タバサはそれを壁際に逃げて躱した。
タバサが壁を背にしたため、「避けられなくなったぞ!」「あぁーあ、ここで快進撃も終わりか」などと観客席から声が漏れる。
ガリントンはタバサを磨り潰すように盾を前に突進を繰り返した。タバサは闘技場を広く使い、回るように突進を躱していく。
「ん? もしやガリントンの攻撃はあれだけですか?」
「あ? ああ、そう言えばそうだな。他の攻撃は見たことがないな」
酒を飲んでいる船頭が、そう言った直後、闘技場ではタバサが動いた。
迫りくる盾を躱し、ガリントンと入れ違いに中央に出た。その拍子にガリントンの膝の裏をメイスで叩いていたようだ。
「ぐうぁあああ!!」
膝を地面についてもんどりを打つガリントンを小さなタバサが見下ろしていた。
「まだやるかい?」
「なんのこれしき……!」
盾を持って立ち上がろうとするガリントンに向けて、タバサがメイスを振り下ろした。
ガキンッ!
盾が凹み、ガリントンの身体が壁に吹っ飛んだ。地下ではずっと荷物を持ち、足から全身を連動させる動きをひたすら繰り返した結果、攻撃力が増すのは当然。ただ、観客には小さな身体の女の子が大きな門兵をふっ飛ばしたようにしか見えない。
「まだやるかい?」
タバサは片手で大きな盾を拾い上げて、ガリントンに渡そうとした。
「……いや、降参だ」
カーン!
「ふざけんじゃねぇ!」
「技を見せてくれ!」
「弓使わねぇじゃねぇか!」
「よっしゃー!」
観客席から割れんばかりの声が響き渡る。




