210話「あえて使命を考えるとするなら…」
誰もが自由な商売をする環境作りを調べながら行き詰まりを感じていた。
いい加減、ちゃんと商売に向き合う時期なのかもしれない。幸い考える時間は多くある。
11階層は驚くほど広く、隠し通路だらけで、ロサリオやセシリアがどんどん探索範囲を広げてくれた。見つけた素材を辺境に送っていくだけでも仕事をしている気分にはなれる。
「どうした?」
考え事をしていると、ロサリオが魔物を解体しながら、声をかけてきた。
「いや、ある程度正しいと思って進んでいるんだけど、なかなか成果が見えてこないからさ」
「ああ、成長の限界ってことかしら?」
アラクネさんが聞いてきた。
「レベルにもやっぱり限界があるのかな。あ、ミドルエイジ・クライシスか」
「なにそれ?」
「ある程度成長すると、初心者の頃にあった一気に成長するような感覚がなくなって、自分は成長していないんじゃないかと感じるだろ? その名前が中年の危機ってやつ」
「ここまで強いのに、成長してないと思うのか?」
タバサは引き気味に俺を見た。
「しかも、コタローがこの世界に来て1年も経ってないからね。焦り過ぎじゃないかしら?」
「ああ、そうかも知れない」
仲間にはそう言いながらも、地下の市場を調べれば調べるほど、前の世界を思い出していた。
単純に個人事業主が多いというのもあるだろうが、挑戦に対する価値が高い。歴史屋という、要は考古学者や歴史学者が胸を張って生計を立てているのも、地図屋という地下の位置情報を調べ、探索専門の職業が成り立つのも、情報そのものに価値があるからだろう。
情報化社会からやってきた俺には、とても馴染みやすい。つまり、地下はかなり自由だった。
10階層に住む街のエルフたちも商人ギルドに張り出される掲示板をよく見ている。情報に対する感度が高い。俺たちアラクネ商会は辺境から来た珍しい会社で、毎日のように11階層から物資を運んでくるので、毎日掲示板には名前が張り出されている。
二週間ほどの間に、アラクネ商会の名前を知らないエルフたちがいなくなった。
宿にエルフの商人ギルドの職員が来て、どうやっているのかと聞いてきたので、惜しみなく全て説明した。もちろん、レベル上げツアーの話もした。
「レベル上げはそれほど難しいことじゃないように聞こえますが……?」
職員のエルフは驚きを隠せないように聞いてきた。
「30くらいまでなら、それほど難しくはないと思います。もちろん、本人の適性もあると思いますが、50近くまではツアーで上げられました」
「実績が、あると?」
「ええ。自分たちもそうですが、人間も魔物もそれほど変わらないと思いますよ。でも、それは地上での話であって、10階層以下の地下だと魔物も復活するのでボス級の魔物さえ見つけてしまえば、あとは……。という気がします」
職員はちょっと笑いながら、メモを書いていた。どうやらこの会話が掲示板に掲載されるらしい。記者みたいなものか。
「これだけの成果を上げておきながら、成長していないと考えられていると聞きましたが本当ですか?」
「えーっと、本当です。地上と地下の市場が噛み合っていないと言うか……。地下はすごく自由だし、価値観も地上とは違うので面白いんですけど、それはやはり領主の目がないからですか?」
逆に質問してみた。
「ああ、たぶん、そうです。というか、むしろここは第二帝国の気質が強いですよね」
記者職員は地下とは言わなかった。そこでようやく気づいた。
「もしかして、こういう地下の街っていくつかあるんですか?」
「もちろん、あると思いますよ。繋がりは途絶えてしまっていますが、遠く60階層にもあったとされています」
「60階層……。ちなみに、今は転移杖でどの階層まで行けるんですか?」
「34階層が今のところ地図屋の限界ですね」
「そうですか……」
「どうかされました?」
「いや……。目標が見つかりました。感謝します」
「え? 行くんですか? 60階層まで?」
「ああ、いずれ」
「書いてもいいですか?」
「ええ。どうぞ」
俺は、またしても変なことを思いついてしまったようだ。
記者を見送り、食堂でエルフ野菜料理を食べながら、ツボッカからの収支報告書を読んでいた。
「食べるときくらい仕事から離れたら?」
「そうだよね。異世界に来て、初めてまともに話したのがアラクネさんで良かったよ」
「なに? どうしたの? 急に」
「自由に商売をする環境を作りたいって、この前言ってたでしょ?」
「ああ、うん。もしかして、どうやるのかわかったの?」
「道筋が見えてきたかな。確認しておくけれど、辺境って人間と魔物の自由自治領だよね?」
「そうよ」
「じゃあ、やっぱりアラクネ商会の本部は辺境になると思う」
「そうね。え? なに? 移転しようと思っていたの?」
「いや、領主や役所にルールを決められると面倒だと思ってさ。今だって、別に問題なく交流しているけど、唐突に教会が攻めてくることもあるでしょ?」
「確かに」
「あれは、地方の神父の勝手な判断ですよ」
セシリアが言い訳していた。
「でも、教会はそうやって、第二帝国とは別の国を地上に広げていったわけだよね。国王がいるのだろうけど。魔王もバラバラだった魔物の種族を統一したんだよね?」
「そうね」
「俺は、自由な商売ができるこういう街を繋げていってネットワークを作るのが、この世界にやってきた理由なんじゃないかと思う」
「え!? そうなの? ネットワーク?」
「蜘蛛の巣みたいな繋がりさ。まぁ、神のいたずらだとは思うけど、あえて使命を考えるとするならって感じかな」
「ん? ちょっと待て。コタロー、もしかしてこういう街を辺境の遺跡にも作ろうとしているのか?」
「ああ、辺境の遺跡になるかはわからないけど、そうだね。たぶん、第二帝国とか、悪魔と巨人が地下に向かったときには、いくつか地下に街があったと思うんだ。その繋がりがもうなくなっているらしいから、崩壊しているのかもしれない。その街跡を復活させるだけでも、地上とは別の市場ができると思うんだよね」
「それがなにか重要なことなんですか?」
ポーション屋のスシャが聞いてきた。
「まず地下だと、魔物と戦わないといけないけれど、悪意ある攻撃は少ないから、市場は守られるだろ? それに誰かに支配されているわけでもないから、自由な価値観を持てるよね? 王都や中央みたいに権力が集まることもなく、知識や情報をいつでも誰かに規制されることもなく知ることができる。今の人間や魔物の生活自体が単純に便利になっていくだろうし、関わり方も変わってくるんじゃないかな。人種で分けられたりするのも意味がないし、差別なんて知的生産性のないことはなくなるんじゃない?」
「コタロー、ずっとそんな事を考えていたの?」
「そう。これミドルエイジ・クライシスではないかな?」
「違うよ! 違うけど、何をどうすればいいのよ」
「私たちは何をすればいいんですか?」
「そうだ! え? エルフの領地に支店を作るというのはどうなるんだ?」
やっぱり混乱させてしまったか。
「ごめん。混乱するよね。全部やるよ。もうちょっとレベルを上げたら、一旦地上に出よう」
「いよいよ海森商会なんてかまってる場合じゃなくなってないか?」
ロサリオはちゃんと旅に出た理由を覚えていてくれた。
「ガマの幻覚剤の代金は回収しよう。リバイアサンレースは面白そうだったら、買収してもいいけど……」
「レースごと買うの?」
「レースの仕組みにもよるか。まぁ、海竜の大量発生は止めさせようか」
「何を考えて、何を言っているのかわからなくなってきましたよ」
バネッサは俺の頭に解呪をしようとしている。
俺の頭は呪われているのかもしれない。