21話「山の隠遁者、倉庫奥へ」
ここ何日か森で訓練していたため町に行ってなかったが、急激に移民が増えている気がする。
「吸血鬼が入り込んでいて、エルフも増えたんだ。互いに『アラクネ商会』の薬を求めている」
「ガマの幻覚剤ですね。確かに医療用としてエルフの薬屋で販売していますけど、別に魔物の領地ではそれほど珍しいものではないはずなんですけど……」
「他の地域だと違法になるが、この町では医療用として認可されているらしいが、本当か?」
「それは、知りませんでした」
衛兵の詰め所で、アラクネさんとはバラバラに尋問を受けている。
「薬屋さんが町に認可するように求めていたんじゃないですかね。交易品としてはかなり優秀です」
「だろうな。本来は薄めたり他の薬と混ぜたりして使用するらしいが、これについても知らないか? 別の薬を混ぜて中毒性を増したりしていないか?」
「知りませんでした。フロッグマンから仕入れた幻覚剤には、なんにも混ぜてませんよ。倉庫に保管してあるので、調べてみてください」
「今、部下が向かっている。となると、誰が吸血鬼を動かしたか……」
誰かが吸血鬼に、『アラクネ商会』の名を騙り、ガマの幻覚剤とは別の中毒性のある違法幻覚剤を売ったらしい。中毒を起こした仲間を不憫に思って、吸血鬼の軍団が町に乗り込んできたのだとか。
その薬は吸血鬼だけでなく、エルフにも広まっていて、薬を求めて駅馬車でこちらまでやってきたと衛兵が説明した。
「薬屋に卸しているのが『アラクネ商会』と聞いていたんだが」
「そもそも俺たちが頼まれて、フロッグマンの集落から運んできただけです。多めに取引で来たんで、倉庫に保管しているだけで」
「薬屋の婆さんと同じ証言だなぁ……。また捜査が暗礁に乗り上げた」
衛兵はここ7日間、調べまわっていたのに、と愚痴を言っていた。
「初めは観光客かと思って歓迎していたんだが、どうやらエルフと吸血鬼が揉めていてなぁ。争いをそのまま町に持ち込まれた気分さ」
「そうなんですか。俺も気づければよかったんですけどね。その違法な幻覚剤の瓶かなにかありますか?」
「なにかわかるのか。事件の物的証拠だから、持ち出せないぞ」
「持ち出さなくてもいいんで『もの探し』のスキルを使わせちゃくれませんかね。元の持ち主まで辿れます」
「ああ、そうか! お前さん山賊のアジトを見つけた人だったか……。わかった。捜査に協力してくれ」
なんでも依頼は請けておくものだ。以前協力していたから、衛兵たちもあっさり違法幻覚剤の空き瓶を持ってきてくれた。
「やります」
「頼む」
空き瓶から黄色い光が放たれ、目の前で止まった。光の高さが距離を示すので、犯人はかなり近い。
光はそのまま2階の窓を通り過ぎて、隣の建物に向かっていった。
「犯人はものすごく近くにいますよ。隣の建物です」
「隣って……、商人ギルドじゃねぇか!」
「衛兵長、どうしますか? ギルド職員全員捕まえてきますか?」
「牢屋が足りねぇよ。アラクネ商会の……えっと」
「あ、コタローです」
「コタローさん、あんた、商人ギルドの組織犯罪だと思うか?」
「わかりませんが、商人ギルド全員でやっていたのだとしたら、ギルドの信用に関わりますよ。商売人からすれば一撃廃業です」
商人ギルドが封鎖したら、この町の物流自体が滞るだろう。
ガシャンッ!
窓ガラスが割れた音がした。
「アラクネ商会! 出てこい!」
「詐欺師たちに鉄槌を!」
吸血鬼やエルフたちが騒いでいる。
どうやら移民は俺たちが犯人だと思っているらしい。エスカレートすると出ていけなくなるなぁ。
「どうすりゃいい?」
疲れた表情の衛兵がこちらを見た。
「偽りなく売るしかないです。倉庫にガマの幻覚剤が樽で2つあります。役所で買い取ってもらえませんか。町の治安維持のためです」
「そりゃ、その方がいいだろうけど……」
「どうなるにせよ使用するには、医療の心得がある者が売るべきだと思います。健康な一般人や普通の魔物には必要ない薬ですから」
「となると」
「教会に卸して正規品として売るべきです」
「いや、まったくその通りだが、アラクネ商会はそれでいいのか? ただでくれてやるようなものじゃないか。商売にならんぞ」
「輸送のマージンだけください。倉庫に保管しておくなら、保管料も取りますけど」
「ああ、そっちが本業だったか。わかった。とりあえず上に提案しておく。ちなみに『もの探し』の光はどこに行ったかな?」
「二階の西端の部屋です」
「ギルドでも一部の犯行にするかもしれん。悪いが、アラクネ商会はしばらく潜伏しておいてくれ」
「わかりました」
「すまんな」
衛兵長の顔は暗かった。この人もまだまだ仕事が山積みだ。
俺はアラクネさんと詰所の裏口で落ち合った。
「話は後で。とりあえず……」
「強行突破する?」
「しない。隠れながら、帰ろう」
「私たち何も悪くないのに」
「それが移民たちに伝わるまでは、詐欺師のレッテルを張られてる。面倒なことだよ」
俺たち隠れながら、その場から逃げるように歩き始めた。まだ詰所の周りには杖を持って暴れるエルフたちがいる。
壁に瓶をぶつけて割れるような音がしていた。その音に紛れて、俺たちはとっとと退散。まさかすり足をこんなところで使うとは思わなかった。アラクネさんは建物の壁伝いに音もなく移動している。
どうしてこうなっちまったのか。
「なんだったのよ……」
町から出て、ようやくアラクネさんと一息ついた。
「コタロー、何したの? 私は尋問されて、ずっと否定していたのに、突然部屋に衛兵が入ってきて釈放されたんだけど……」
「ガマの幻覚剤を正規に売る方法を提案したんだ。治安維持のためなら衛兵も動くでしょ。俺の提案が通ると、アラクネ商会に定期収入が入ってくるかもしれない」
「はあ? 捕まって尋問してきた相手に営業をかけたっていうわけ?」
「そうだね。でも、偽の幻覚剤の犯人は『もの探し』のスキルですぐ見つかっちゃったからさ」
「誰?」
「商人ギルドの一部じゃないかって」
「営業妨害じゃない?」
「その通り。でも、商売人ならピンチはチャンスに変えてなんぼでしょ」
俺がそう言うと、アラクネさんは呆れたように額に手を当てていた。
「でも、しばらく町には入れなくなったよ」
「じゃあ、もう倉庫の奥を掃除するしかないね」
家に帰り、スープを飲んで眠った。
翌朝、なぜか教官たちが家にやってきた。
「おいっすー!」
「おざーっす!」
ロベルトさんとセイキさんは、にこやかに扉を開けていた。
「おはようございます。何を笑ってるんですか?」
「コタロー、あんまり面白いことやるなよな」
「町を騒がしているみたいじゃないか。アラクネ商会を出せって言われてるぞ」
「こっちはなんにも面白くないですよ!」
アラクネさんは朝から怒っていた。
「夜中に衛兵に連行されて、尋問されて、気が気じゃなかったんですから!」
「でも、今は家にいるじゃないか」
「衛兵が困っていたみたいなんで、倉庫のプレゼンして役所の仕事を取ってきましたー。定期収入ゲットだぜ!」
俺が真顔でこぶしを握りガッツポーズをすると、ロベルトさんもセイキさんも爆笑していた。
「今日からだろ。倉庫の奥を攻略するの」
ひとしきり笑い終えると、ロベルトさんがナイフを渡してきた。持ってみると、ものすごく軽い。
「ミスリルだ。鉄より固いって言われているが、本当かどうかわからん。ただ、何かと使えるから」
「俺からも、これ闇に紛れる黒装束と足袋だ。まぁ、向こうに気づかれたら逃げろ。命さえあれば何度でも失敗できるから」
教官たちは優しかった。
「ありがとうございます。やっぱりやらないといけないのかぁ」
軽めの朝食を食べて、俺は倉庫へと向かった。
空は曇天。隠遁生活するにはちょうどいい。




