209話「欲望のデザインは誰がするのか」
「転移魔法というのは確かにある。まともに下の階層に行っていたら帰ってこられないだろ? 皆、この転移の杖を使って、魔物の少ない場所へ行く。ところが……」
スキル屋の親父が、硬そうな木材の杖を見せながら俺たちに説明し始めた。
11階層に行き始めてから3日ほど過ぎた頃だ。僧侶とエルフたちが取得するスキルに悩んでいるので、スキル屋を訪れているところ。
俺は、10階層の冒険者たちがダンジョンへ入ってすぐどこかへ消えてしまう理由について「もしかして転移魔法を使っているのか」と聞いてみたら、前のめりで座り語り始めた。
「……ところが、普通に11階層を攻略し始めた冒険者たちが現れた。しかも、それほどレベルが高くない者までいるようだ。なぜ? どうして? どうやったら、そんな事ができる? しかも、何をどうやっているのか、物資まで何処かから調達しているだろ? それはダンジョンで見つけたものなのか? いや、言わなくてもいい。特別なスキルを持っているわけでもないのは、このスキル屋の親父にもわかる。スキルを取る順番が重要なのかどうかだけでも教えてくれ」
スキル屋の親父はまくしたてるように聞いてきた。
「別に隠してはいないんですけどね。というか、親父さんは俺たちの持っているスキルは見えているんじゃないですか?」
「見えている。見えているがわからない。はっきり言えば、ここ近年で言えば、お前たちの採取量は異常だぞ。何やってんだ? 根こそぎ採取しているのか?」
「根こそぎ採取している」
ロサリオが答えた。
「え? やっぱりそうなのか?」
「うちのリーダーは変なんだ。価値のあるものは採取しないと気が済まないみたいでね」
「毎日、11階層に行って採取しているのに魔物も植物もほとんど元に戻っているなんておかしいじゃないか。仕組みがわからないのに、先へ進みたくないだけだ。しかも、皆のレベル上げにもなっているんだから」
「何かを調べているんでしょ? 何をやっているのかくらい教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
アラクネさんまで問い詰めてきた。
「調べているし教えているよ。別に隠してないんだって!」
「仕方ない。スキル屋の親父さん、これは俺たちだけの秘密と思って聞いてほしいんだけど、いいですか?」
ロサリオが何故か口封じをしていた。
「ああ、わかった。他言はしない」
「俺にはこの地下の状況と地上の経済状況が結びついていないんだよ。どうせ親父さんは見てわかっているようだから言うけれど、転移魔法は使えなくても召喚術で物は運べるんです」
「そうなのか……」
「スライムに食べさせて、消化する前に転移させればいいだけだから、そんなに難しいことじゃないです。そんなことよりもこの3日間、かなりの魔物の肉、皮、武器、魔石、毒草、糞を採取したけれど、一向に11階層から減る様子がありません。この状況が長年続いているはずなのに、どうして地上の経済がぶっ壊れていないんですか?」
「経済? 商売のことか? 壊したいのか?」
「壊したいわけじゃないんです。市場にある商品が増えれば、価値は相対的に下がるじゃないですか」
「いや、そんな価値のあるお宝は見つけてないんじゃないのか……」
「レアリティが高い物は確かに見つけていませんけど」
「なら、いいじゃないか」
「いや、よくはありません。秋にしか採れない作物を、毎日収穫できたらおかしくなるじゃないですか」
「でも、別に価値はないのだろう? ゴミがいくらあってもゴミはゴミだ」
「じゃあ、いいんですね? 俺たちアラクネ商会がこのまま儲け続けても?」
「そりゃ、いいだろう。冒険者として当然の権利だ。探索して見つけたものを持ち帰り、金持ちになるのは遺跡ができた頃からあたり前のことだろ」
俺は、ここまで話してようやく気がついた。
この『奈落の遺跡』は悪魔が作った遺跡だ。自分だけが儲けようとすれば、いくらでも儲けられる仕組みを思いつくようにできている。欲望を勝手にデザインされているような気分だ。
「……そうか。これが『奈落の遺跡』のルールですもんね。わかりました」
実体がない商品の話をしても絵に描いた餅だ。
ここより先へ行きたければ、実証してから進めということだろうか。
「皆、自分がこの先ずっと使い続けると思ってスキルを選んでくれ。アラクネ商会では責任は持てないから。親父さん、すみませんけど、汎用性の効くスキルを教えてあげてください」
「ああ、わかった……。どうしちゃったんだ? 大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっと悪魔のデザインに気後れしただけですから」
「そうか……。何を考えているのかはわからないが、やれるもんならやってみな。人生は長いようで短い」
「確かに、計画通りに行くわけでもないですよね」
俺は計画表を作るために宿へと戻ることにした。ロサリオは僧侶とエルフたちへアドバイスするために残り、アラクネさんだけ一緒についてきてくれた。
「何をそんなに怒っているの?」
「怒ってる? ああ、俺は怒ってるのか……」
「自分の感情に気づいてなかったの!?」
「うん。ちょっと混乱しているんだ。商売をする場所が変わっちゃったから」
「地上から地下になったってこと?」
「ん~っと、そうじゃない。紙とペンを買いに行こう」
「いいの? 高いよ」
「高くてもいい。たぶん、今は理解することのほうが大事だ」
俺はアラクネさんと一緒にペンとインク、大量の紙を買い込んで宿へと戻った。
宿のテーブルを借りて、部屋に持ち込み、アラクネさんに説明を始める。
「商売って、物を作って商品にして売り、欲しい人が買うことで成り立っているよね?」
「ええ、そんなことはわかってるわ」
「今の状況だと、物自体がなくならないんだよ。加工して商品にもしている。毛皮は鞣して、肉は燻製にしてスライムの餌にしている。毒草は毒ポーションに、糞は肥料に、すでに辺境で作ってもらっているでしょ?」
「そうね。手紙で言ってたわね」
「俺たちは素材がいくらでもあるから、いくらでも作れるし、売れるから、その商品をいくらでも値下げすることができるよね?」
「え? どうして? 工賃があるんじゃない?」
「あるけど大量に作ったら商品があり余るから、倉庫にも置いておけなくなって、古い物はほとんどタダ同然でもって行ってもらったほうがよくなる」
「ああ、そうか……」
「しかも、その商品を取り扱っているのが俺たちだけじゃないとしたらどうなる? 俺達の商品のほうが安く買えるから、他でお客が買わなくなるだろ?」
「確かに。商店が一つ潰れるんじゃないかしら。価格の調整が必要になってくるわね」
「つまり俺たちの仕事は、物を売ることから、価格の調整になってくる。もしくは、他の商人たちを買収するとか、契約して商品を独占することもできるかもしれない」
前の世界で独占禁止法があった理由だ。
「俺たちは幸い倉庫業が本業だから、どれくらい流通させるかも決められるでしょ? だから、価格を下げることもできれば、上げることだってできる。特に、吸血鬼やエルフみたいに長寿の種族に対して重要な薬なら、なおさら価格を上げることなんて簡単だ」
ガマの幻覚剤が売れるのには理由がある。必需品になれば、利権に変わる。魔石はエネルギー利権そのものだ。
「無限に素材が湧いてくる場合、自分がどれだけ欲望があるのか、欲望の大きさを測られているような気がして、気味が悪いんだよ」
「ああ。だから悪魔のデザインって言っていたのね。まぁ、でも、それは強さと商売の両方を知っているコタローじゃないと、出てこない発想なんじゃないかしら?」
「そうかなぁ。とりあえず、加工できる商品の一覧を作っていこう。それから、市場の価格を辺境のツボッカから聞いて、作業の手間を考えて利益率を洗い出していく。加工職人が最も作業をしやすい環境を整えていこうね」
「あ、前に言っていた保険とか、信用通貨とかの話ね」
「そうそう」
「働く者たちに還元していけば、そんなに儲からないんじゃない?」
「でも、大きくなったら商人ギルドに目をつけられるよ。税金だって、今はいいけど、後でたくさん取られる」
「仕方ないわ。権力者と話をつけないといけなくなるだろうし、やることは山積みよ」
「そうだね。今さらだけど俺は自分だけが儲かればいいやって思っていたんだけど、誰もが自由に商売をすることができる環境を作るほうが大事だなって思うようになったよ」
「すごいこと言うね」
「そうかな」
いろんな障害があることはわかるし、どうやるのかもわからないが、思い込んでいた自分とは違う自分を見つけたような気がした。