207話「地上の歴史と地下の歴史屋」
かつて悪魔が作った国があった。悪魔は人間に魔法を教え、世界を牛耳ろうと画策したが、巨人によって止められた。悪魔と巨人の戦いは終わらず地上が耐えられなくなったところに、天界から天使が現れ、地中の奥底へと戦いの場が移された。それが奈落の底で今なお行われている戦い。
天使によって別の魔法とスキルが人間に与えられ、ボロボロになった悪魔の帝国を作り変えるために第二帝国ができたという。スキルによる階級社会が出来上がり、帝国は広がっていった。ついに世界の半分まで広がったところで、地下から現れた魔物の軍団によって崩壊する。
人間と魔物の戦いがあったが、天使は手を出さずにいたらしい。時々、自然精霊が勇者を生み出し、魔物の軍団と戦った歴史が続き、300年前に統一勇者が現れ、同じく魔物の国に魔王が出現した。同時期に、人間と魔物からそれぞれの支配者が生まれることは稀だが、同じように奈落の底へ行き帰ってきたという。この大陸で勇者と魔王が地位協定を結び、長い戦いが終結した。
「これが地上でも言われている歴史だ」
歴史屋と呼ばれるメガネを掛けたお嬢さんが広場の隅で俺達に説明してくれている。
「地下では違う歴史があるんですか?」
「もちろん、ある。そもそも天使だの悪魔だの巨人は人間が作り出したものだ」
「悪魔を作れる? 巨人も?」
ロサリオが驚いて声を上げていた。
歴史屋の娘は「うん、うん」と頷いていた。
「特定のスキルを極めて行くと死ななくなるらしい。いや、死という概念で語れなくなるという方が正しいかな。とにかく、それが悪魔になる方法で、身体改造を極めていくと巨人になっていくと言われているが、もしかしたら身体改造に魔物のほうが詳しいのではないかな」
「300年前にいた魔王は、奈落の底から帰ってきたときに体つきが大きくなり尻尾が生えていた、というのが魔物の国で語り継がれている歴史です」
アラクネさんが答えた。
「やっぱり、そうか! 魔王のパーティーメンバーの中に勇者がいたというのは聞いていないか?」
「いえ!? 協定を結んだ二人が、実は仲間だったということですか!? 歴史が変わっちゃいますよ!」
「そうだよね。これは私達、人間の歴史屋の妄想だと思って聞いてほしいんだけれど、明らかに勇者と魔王が、出会って協定を結ぶまでの期間が短いんだ。あまりにお互いを信用しすぎている。どこかで……、例えば奈落の底への旅路で出会っているんじゃないかというのが、歴史屋界隈の予想だ」
「天使も人間に作られたんですか?」
セシリアが前のめりで聞いた。教会にも天使が飾られているので気になるのだろう。
「悪魔と巨人が地上で戦っている時代に、空に島ができたらしい。これは古い文献だから空島を作った技術者がいるとしか書かれていないのだけれど。空の島という狭い範囲で生活を維持しないといけないから、空に住む者たちは多くの規制があるんだよ。だからこそ、質素倹約になるし、当然、争いなんてしたら、空から落ちてしまうだろ? だから神聖な魔法しか発達しなかったし、回復系の魔法も研究されていたようだ」
天使の概念には裏付けがあったのか。
「天使によって、悪魔と巨人の戦いの場を奈落の底に移されたというのも、実はなにかのメタファーなんですか?」
「私もそう思いたいんだけど、実際に何かしらの出来事があって移送されたんだと思うというのが地下歴史屋の結論だ。一応、歴史屋たちも考えていてさ、空島に住んでいた回復術師たちの影響だという者もいるんだ。つまり再生ができるなら、悪魔にならずに生き返りたいと願う者もいただろうし、身体をもとに戻そうとする者もいたんじゃないかという予想もあった。だから、地上には悪魔や巨人がいた形跡はあっても、本人たちの証言が伝えられていないってね」
「でも、今、その説はあまり信用されていない?」
「うん。10階層まで来るくらいだから、いろんな予想を立てていると思うけれど……。奈落の遺跡って世界各地に入口があるのね。これだけ大きな遺跡を作ること自体が、ちょっと意味がわからないというか、悪魔や巨人でなければ不可能ではないかってこと。で、歴史上でも底を見てきたという人物はごく少数で、しかも悪魔と巨人の影響を受けてきたと証言している。とにかく悪魔と巨人はある日を境に地下へと向かったんだよね。それが天使と直接関係があるのかは、今のところ謎だし、どうして今遺跡になっているのかも謎なんだ。もちろん、地下1階層から9階層くらいまでの遺跡は、歴史上何度も補修作業を繰り返しているんだけどね。それは多くの地上にある商会や国、魔物も多分関わっていると思うよ」
「その縄張り争いをしているんですか?」
「縄張り!?」
「いや、海森商会が辺境の『奈落の遺跡』に侵攻してきていたんです」
「海森商会なんて、エルフの領地にある小さい商会じゃないの?」
「結構、大きくて歴史もあるようですよ」
「そうなんだ。地上ではって話ね。ということは、君たちは辺境から?」
「そうです。辺境の人間と魔物の街から来ました。アラクネ商会です」
「ふーん。わかった。覚えておくよ」
「こちらこそ歴史を教えてもらってありがとうございます。おいくらになりますか?」
代金を支払おうとしたら、断られた。
「これが私の仕事だから気にしないで。それよりも遺跡で、悪魔か巨人の痕跡を見つけてきてね!」
歴史屋のお嬢さんは本当に何も受け取らずに、お茶屋へと入っていった。
「あの人、本当はものすごい強い人なんじゃないかしら?」
アラクネさんが聞いてきた。
「いや、たぶん、いろんな人から話を聞いて歴史をあれだけ学んでいるってことはスキルがたくさん発生しているんでしょ。それを売っているんだと思う。スキル屋だってあるくらいだから」
「なるほどね」
「わかったことは、スキルだけでは世界の半分しか支配できないってことだ。失敗から学ぶべきことは多い。そもそも支配なんてせずに、自由に商売をして生涯を謳歌したほうがいい」
俺は、もしこの商店街で店を持つことができたら、何を売るだろうかと考え続けていた。
11階層への階段は広場から続く通りにあった。その通りは荷物屋通りと言われ、パッキングされたリュックがずらりと並んでいた。魔物討伐がメインか、遺跡探索がメインか、で持って行く物が違うらしい。
本来の冒険者ギルドとは、こういうものなのかもしれない。