206話「地下に広がる草原の中心に商店街」
掴みやすそうな岩が出っ張った天井を辿っていくと、再び広い空間に出た。いや、草原と言っていいだろう。
「外? ……じゃないな」
天井の発光鉱石を見ながらロサリオが呟いた。
「草の中は罠だらけだ。一本道だから、そこを踏んでいけばいい」
「見えるんですか?」
「魔力を辿れ。見ようと思えば見えるはずだ」
草原の中に一本だけ魔力の線が長く伸びていた。草原の中には魔力が立ち上っているような場所もある。おそらくそれが罠だ。
「草原の真ん中にあるのは町か?」
「明るすぎないかしら?」
「商店街かもね」
建物がいくつか並んでいて、「いらっしゃい!」「まいどあり!」と商売をする声が聞こえてくる。
やっぱり地下でも経済が回っている。隠し街道があるくらいだ。ないわけがないと思っていたが、こうも簡単に見つかるとは思っていなかった。
「言い訳を考えておかないとな」
「海森商会を狩ってしまいましたってか? 向こうはすでに知っているかもしれないんだぜ」
「そうだな。じゃあ、正直に言うか」
「いや、正直はマズいんじゃない?」
「でも、信用されないよ。あの程度の蝙蝠熊を倒せないのに、地下で生活しているとは思えないし」
「交渉をするつもりか。俺たちには、木箱の中身があるけれど、何を目的に交渉する?」
「要はあそこは地下の物資だけでなく、地上の物資も集まる市場だろ? 市場なら、何に価値があるのかを見ておきたい」
「市場調査ね。頭の中は商売のことしか考えていないの?」
「そうかもね。リスクとリターンだよ。こんな地下10階まで来ているのに、大した品物がなかったら、『奈落の遺跡』そのものに入る必要がない。違う?」
「いや、そうなんだけど……」
「エルフたちを雇ってるんだから、100年続く商売を考えようよ」
「コタローは、意外と私たちのことを考えているんだな」
タバサが褒めた。
「皆、無理せず人生を謳歌してくれ」
俺は商店街と思しき、草原の中心へと歩いていった。
近づくと建物の周りにはテントが張られ、剣呑な雰囲気の冒険者たちがいるのが見えた。ただ、どの冒険者もそれほど強そうには見えない。そもそも遺跡内の隠し部屋を見逃すような冒険者だから、実力のほどは知れている。
「おい。兄ちゃんたち、黙ってここを通らせるわけには……、いてぇえっ!!!」
絡んできた冒険者にロサリオがノータイムでアイアンクローをしていた。先手必勝。冒険者は舐められたら終わりだ。
「どうだ? もうちょっと叫んだ方がいいのか? 悪いな。ここのルールを知らないもので」
「やめてくれ。通っていい! 通っていいから手を放してくれ!」
「いや、実際、どうなんだ? どのくらい叫ばせればいい?」
ロサリオは周囲にいる冒険者たちに確認を取りながら、掴んでいる冒険者の身体をそのまま持ち上げていた。
「いてぇえっ!!」
「お前の声帯はそんなものか? どうなんだ? こんなんでいいのか?」
ロサリオは煽りながら、周囲に聞いている。俺たちは黙ってその様子を見ていた。
「放してやってくれ。そんな馬鹿でも、冒険者なんだ。冒険の中で死なせてやってほしい」
エルフの年老いた冒険者が声をかけてきた。
「そうか。ほらよ」
絡んできた冒険者は尻もちをついて、草原へ逃げ出していった。草むらの中で凍ってなきゃいいけど。
「海森商会って知っています?」
俺はエルフの冒険者に聞いてみた。話を聞けるかもしれない。
「ああ、そこの端っこの店だ。遺跡で見つけた物を売るつもりなら、もう少し中心地に行くといい。海森商会の鑑定士はスキルのレベルが低いから。中心地の古い店ならいろいろ買い取ってもらえるはずだ」
「ありがとうございます」
「なんだ? 海森商会に絡まれたのか?」
「ええ。全然、送った幻覚剤の代金を支払ってくれなくて。それから、ここに来る途中、魔物が並んでたんで、倒したら海森商会の木箱を持っていましてね」
「熊みたいな蝙蝠の魔物だろう? 見た目以上にあんたたち強いんだな」
「強さを隠すのも技術が要りますから」
どう見えているかは知らないが、いちいち自分の武器を見せながら歩いても対策を立てられてしまうだけだ。
俺たちは言われた通りに、海森商会には行かずに中心部まで行ってみた。
やはり商店が並んでいて、大きな魔物の死体を担いだ冒険者や指輪やネックレスを身につけた商人が歩いている。
「あの冒険者、レベルが高いぜ」
「商人が身につけているのって呪具じゃないの? 呪われても気にしないのかしら」
ロサリオもアラクネさんも小声で話していた。
外のテントにいる者たちとは明らかにランクが違う。
「あんた、見ない顔だな。ここは初めてか?」
中心部の広場にある噴水まで来たら、白い顎ひげの生えたエルフが話しかけてきた。
「ええ。右も左も分からず、地上の物資を運んできたんですけど、どこかで買い取ってもらえませんか?」
「何が入っている?」
「さあ?」
「中身も知らずに運んできたのかい?」
エルフの老人は笑っていた。
「海森商会の魔物を倒してしまって、物資なんか運んでいるとは思わなかったんですけど……」
「それなら、食料品だろう。保存屋に行くといい」
ここには保存屋と呼ばれる肉を燻製にしたり、野菜を乾燥させたりする店があるらしい。料理を丸ごと冷凍する場合もあるというから驚きだ。この世界にも冷凍食品があった。
「あなたは何を売ってるんです?」
「あくび、かな」
「あくび指南ですか。それはいい」
「あそこの巻物がたくさん置いてある店が見えるか?」
老人が指した店は縦に長い店で、窓の奥には巻物が大量に積まれていた。
「ええ。あそこであくびを?」
「本当はスキル屋さ。ほしいスキルがあったら、うちに来な。兄さん、後生大事にしているその『もの探し』ってスキルは、ワシが最初に見つけたんだ」
「ええ!? そうなんですか?」
「すまん。懐かしいスキルを見て、つい声をかけちまった。またな」
スキルって売り買いできるものなのか。地下の商店街は珍しいものを売っている。
俺たちはとりあえず、保存屋に行って木箱をすべて売り払った。保存屋は紙幣で買い取ってくれた。
「え!? 紙幣なんですか?」
「ああ? あんたたち地下で取引するのは初めてかい? 金貨や銀貨なんていちいち持ち歩けないだろ? ここでは紙のお金が流通しているんだよ。大丈夫。燃えないし破れないから。地上の銀行で換金すれば、金貨くらいにはなるはずだ」
「へぇー、ありがとうございます」
「……あんたたち、強いね?」
「どうしてです?」
「わけのわからない紙幣を渡されたら、怒る冒険者が多いんだ。別に偽の紙幣を渡されてもどうにかなると思ってるんだろう? それは正真正銘、第二帝国時代から続く本物の紙幣だから信じておくれ」
「第二帝国?」
「あら? なんにも知らないのかい? その昔、世界の半分を支配したっていう魔法の国だよ。学がないから、私も詳しくはないけどね。知りたければ、歴史屋の娘がその辺を歩いているから聞いてみな。私たちは皆、強い冒険者は大好きだよ。例え、中身が魔物でもね」
ロサリオもアラクネさんも人化の魔法を使っていることがバレていたようだ。
地下の商店街は、独自の市場価値でできている。