205話「新人たちは順調に成長」
『奈落の遺跡』は10階層目でなにかがあるのかと思ったが、特に何もなく探索範囲が広がっただけだった。
「つまり、探索済みということでもあるわね」
「もしかして古い街道と同じような道が地下にもできてませんか?」
ポーション薬師のスシャが、骨董屋から買ったという古い地図を見せてきた。確かに、大きな通路と街道は同じようなところにできている気がする。
「じゃ、この地下街道を行けば、辺境にもたどり着くってこと?」
「そうなんじゃないですかね。海森商会の魔物が出てきていますし」
氷属性の魔物が多かった。動きが鈍いので、新人たちで倒してしまったが、もしかしたらエルフの従属魔法で操られていた魔物もいるかもしれない。
「倒す前に従属魔法を使っているのかどうか聞いたほうが良かったか?」
タバサはこの数日で筋肉のつき方が変わって魔法弓術の腕前が伸びていた。
「いや、聞かなくていいだろう。クレームを入れてきたら野生の魔物を見たら、こちらの魔物たちでも倒しますって言い訳しておいて。死なせたくなければ、服を着せたほうがいいって」
「確かに」
「タバサの成長が早いから、仕方ない。位置さえわかれば、見えなくてもほとんどの敵に当てられるだろ?」
ロサリオもタバサを褒めていた。
「倒せるかどうかまではわからないよ。分厚い皮の魔物もいるし。でも、耳と鼻の能力をスキルで上げたら結構位置はわかるようにはなった。それはスシャもそうじゃないか?」
「自分は、性質を見るようなスキルにしたからまた別ですよ。遺跡内は魔力が豊富なせいか、地上で見る植物よりも毒性が強いんですよね。耐毒、耐麻痺、耐眠りと各種スキルも取りましたし」
「耐性スキルは安心できるよな」
二人とも順調にレベルとスキルを上げている。
「いいんですか? 私達は補助に回って」
「呪文を跳ね返すだけしか最近していませんけど」
セシリアとバネッサの僧侶コンビは幻術と呪詛返しで魔物に対応してもらっている。バネッサは解呪を極めすぎて、呪術を使った相手に返す技まで身に着けていた。即効性のある魔法を跳ね返すのは無理らしいが、呪文を唱えているなら有効だった。
「実際、倒しているからなんの問題もないんじゃないか。補助というか、俺達がトドメしか刺していないだけだし」
「いや、ちょっと……。タバサ、おかしいよね?」
バネッサがタバサに聞いていた。
「3人の実力は、自分が強くなればなるほど、異常だと気づくよ」
「私はまだ普通でしょ?」
「アラクネさんは二人よりも研究の意欲が旺盛だから、何をしているのかわかるね。でも、それだけに魔物に飛びかかっていく姿は怖い」
「そんな……」
アラクネさんはちょっと落ち込んでいた。
「ロサリオとコタローは、見た瞬間に弱点がわかるんじゃないかと思ってるんだけど……?」
「ああ、その通りだね」
「量をこなすと、だいたい関節を狙って戦闘不能にしてから倒すタイプか、一撃で息の根を止められるタイプなのかがわかってくるんだよ。獣系とか機械系の魔物は結構得意だ。あと竜も別に遺跡の中だったら飛べないからね」
「スキルじゃないんですか?」
スシャも俺達の倒し方が気になっていたようだ。
「経験で身につけた知識かな」
「だとしたら、自分も見ただけで、対峙している魔物にどんな毒が効くのかわかるようになりますかね?」
「それはなると思うよ。はじめのうちはどうしても量にまみれないといけない時期があるんだ」
「いや、量というか、質が高いですよ。丁寧にやっていけば、お二人みたいに動けるという事がわかっているので希望がありますけどね」
セシリアが最も体術は伸びている。
「とりあえず今までがたぶん『奈落の遺跡』の練習だよ。ここからが本番だ。地下街道に沿って、砦の地下まで行ってみるか。何かあるかもしれない」
「あれ、ちょっと待って。もう見えているわ。起伏がないから……」
通路の奥、泥岩の広い洞窟部屋の先に明かりが見える。光る鉱物に照らされたアルラウネが木箱を運んでいた。
「魔物か?」
「アルラウネが歩いて移動しているんだから、あれは従属魔法で操られているんじゃないか?」
アルラウネは浮遊して移動する事が多いが、木箱を運んでいるアルラウネは地面に足をつけて人間と変わらない動きをしていた。
「見て! 天井に蝙蝠熊が並んでるわ」
アラクネさんに言われて、洞窟の天井を見れば、蝙蝠熊の群れが並んで木箱を受け取っていた。罠の多い地面ではなく、天井を移動しているのか。
「あれを追えば、地下の住人に会えるのか?」
「行ってみるしかない」
地下街道の西へ向けて、十分に距離を取って蝙蝠熊を追跡した。広い部屋から狭い石造りの通路を抜けて、罠だらけの空間に出た。
「気をつけろ。ワープ罠だ」
床にはワープ罠の他に火炎魔法の罠や氷結魔法の罠などが連なるように仕掛けられていた。
「どれか一つでも踏めば、全部起動するのかな?」
「蝙蝠熊を全員、落としてみるか?」
ロサリオがひどい提案をしていた。
「セシリアができるならな」
「やるんですか?」
「あの蝙蝠熊も従属魔法にかかっていると思うぞ。いけるのか?」
「むしろ、幻惑魔法は対集団の中で発展していった魔法ですから」
俺達は耳栓をして、セシリアから離れた。アラクネさんは天井に張り付いたまま様子を見ている。
セシリアは部屋全体に呪文が反響するように幻惑魔法を放った。
蝙蝠熊は仲間割れをはじめた。止まった蝙蝠熊の尻に思い切りぶつかったり、横入りしたり、無茶苦茶だ。そのうちにヒートアップしていって乱闘に発展。その時点で、木箱が地面に投げ捨てられそうになっている。
アラクネさんが糸玉の用意をしたのを見て、俺達も慌てて糸玉を取り出した。
「狙いは木箱よ」
「了解」
交易の物資まで燃やしては、地下で何が必要になるのかわからない。
蝙蝠熊が一頭、天井から落ちた。同時に木箱が放り投げられる。
アラクネさんは糸玉を投げて、木箱を自分に引き寄せた。糸玉ってそんなことまでできるのか。
「いてて……」
蝙蝠熊が喋った。
ボカンッ!
火炎魔法の罠が起動。蝙蝠熊は炎に包まれた。
アラクネさんを見て、蝙蝠熊の群れが俺達に気づき、襲いかかってこようと手を伸ばした。
天井から手を離した蝙蝠熊は、次々と地面に落下。凍ったり、どこかへ消えたり、燃えたりしている。悲惨だ。
俺達は空中に投げ出された木箱だけを回収していった。
「ああ、よかった。私の幻惑魔法が効いていないのかと思いましたよ」
セシリアの魔法はちゃんと効いていた。
ただでさえ、天井を歩くという人間ではできない行動をしていたので、襲われた蝙蝠熊の群れはあっさり足を天井から離してしまったらしい。
「交易相手は人間みたいだな」
「喋ってましたもんね」
「とりあえず、木箱を背負って蝙蝠熊の上を歩いて行こう」
まだ地下には先がある。