204話「あるエルフの家系の話」
鉄鎚を叩く音とノコギリを引く音が聞こえてくる。エルフの領地にある倉庫は土台作りを終えて、上物が建てられ始めていた。
俺たちは遺跡内に樽や木箱を持ち込んで、遺跡で採取した植物、キノコ、魔物の皮を辺境へ送っていた。俺の召喚術で送るので、時間はかからない。
「魔力の消費はどうなの?」
アラクネさんは疲れている俺を見て聞いてきた。
「俺は全然、大丈夫だけど、たぶんスライムたちには限界があると思う。保存液と粘液を吐き出しているから、少し休ませないといけない」
今はスライム8頭で運用しているが、そのうち足りなくなるだろう。
「それにしても、水源やあの発光鉱物資源が見つかったのは大きいわね」
アラクネさんは辺境に送ったリストを見ながら、こちらに送ってもらった食料の在庫を数えていた。
「俺たちは本当に運がいい」
「いや、海森商会が探索にそこまで力を入れていないからだろ? 従属魔法で魔物を操る方法だと、結局道具を使えないから壁を壊すことができないんだろう。罠もかかり続けているみたいだし」
俺たちはいくつも魔物の死体を見つけた。毒矢に刺さったり、落とし穴に落ちたり、炭になっていたりと死に方は様々だ。通常の魔物であれば、危険な場所に飛び込むような真似はしない。例え従属魔法でも、感覚器官が違うから上手く探索できていないのだろう、というのが海森商会への評価だった。
アラクネ商会としては、むしろ見えない場所、見つかりにくい隠し扉などを中心に探索を続けていた。とにかく量が多い。
「スイッチを押せない。レバーを引けない魔物に向けて、古代の遺跡製作者たちも作ってはいないからな」
「たぶん、海森商会としては、なんてリスクを取って探索しているんだと思っているよ」
海森商会の地下の縄張りは隠し部屋だらけだ。植物が生えている部屋も多く、大型の魔物がいないのに素材も豊富だ。水源も多く、僧侶二人は「聖水よりもきれいな水です」と言っていた。
エルフの二人はレベルが上がり、植物、鉱物の採取から鑑定までやっていた。
「自分たちが望んだ仕事でもないのに、よく働いてくれるよな」
「そうじゃない。レベルって言うのは、もっとじっくり上がっていくものだと思っていたのに、こんな早く上がったらスキルの発生が追い付かないだろ? だから、私たちは急いで経験をしている最中なんだよ」
「そうです。もう少し、ゆっくり魔物と戦いませんか。スキルの選択肢があり過ぎて、人生設計ができません」
「そういうことがあるのか……」
長寿のエルフにとっては、今後100年は生計を立てられるスキルを取りたいと思っている。時代が変われば技術も変わるから、そんなに汎用性のないスキルは取りたくないということだ。
弓術と風魔法を伸ばしていこうとしていたタバサは早々にスキル取得に迷いが出たらしい。スシャも薬学スキルは実際に素材の採取からやった方が、いずれは幅広いポーションを作れるようになると思い至ったという。
「アラクネ商会は別にスキルで雇っていないから、自分のスキルは自分で責任を持って取得するようにね」
「討伐と探索以外の仕事もあるからね」
今日は探索で見つけた呪具をエルフに返しに行くつもりだ。バネッサの解呪スキルでも呪いが解けない呪具は保存しておいて、なるべく持ち主に返すことにした。辺境だと持ち主は死んでいることもあるが、エルフは長寿なので生きていることが多い。
いつものように『もの探し』のスキルで光る紐を辿れば、あっさりと見つけてくれる。
「あら? どこにあったの?」
遺跡で見つけた羽の形をしたペンダントを町の食堂に持って行くと、調理場にいたエルフのお婆さんが驚いていた。
「遺跡にあったんで、スキルで持ち主を探していたんです。あなたので間違いありませんか?」
「間違いないよ。そうかい。もう270年くらい前になるかな。まだ、海森商会もこの地方にはなかった頃さ。冒険者として仲間と一緒に遺跡に入って、機械の魔物に囲まれてね。這う這うの体で逃げ出したことがあった。ほとんど仲間は死んでしまって、思い出の品も売り払ってしまったんだけどね」
機械の魔物もいるのか。
「なにか強い呪いのようなものがかかっていて、僧侶でも解呪できなかったんですよ」
「ああ、それはうちの家系のものだ。呪いというか、まじないだね」
「そうなんですか。羽のマークが家紋なんですか?」
「ああ、えーっと、御先祖が羽の生えた者の従者だったんだよ」
「え? 天使かなにかですか?」
「空に島があった頃に、羽有族という人たちがいたみたいだよ。まだ、悪魔や巨人が地上を闊歩していた頃だというから、まぁ、御伽話みたいなものさ。本当かどうかはわからない。でも、羽の印が描かれた物は実家にたくさんあってね。便利だから使っているんだ」
「空を飛べたりは、さすがにしませんよね?」
「いや、うちの親は二人とも空を飛べたね。箒とか絨毯とか、靴も作っていたかな。今じゃほとんど使われなくなった技術さ」
「どうしてです? 山に登るのも速いし、郵便物を届けたりするには空を飛ぶ方が便利な気がしますけど」
「目立つからね。魔物に食べられちゃう。竜に目を付けられたら終わりだし、魔王との戦いで、随分技術者はいなくなってしまったんだよ」
争いは何か技術を生むと聞いていたが、失う技術の方が多いのかもしれない。
「そうですか……」
「そう残念がらなくてもいい。スキル自体はきっと残っているから、すぐまた技術者が出てくるよ」
「それならいいんですけど」
「とこしえに空との縁を繋ぎますように……」
お婆さんが呪文を唱えると、羽型のペンダントがふわりと浮いた。
「浮遊魔法だ。あまり役には立たないけれど、荷物を運ぶときなんかは役に立つかな。ポイントが余っていたら、初級でいいからスキルを取ってみるといい。100年は使っていなかったスキルだけど、一度覚えたスキルはできるもんだね。ありがとう。思い出がいくつか蘇ったよ」
俺はペンダントを渡し、串焼きサンドを夕飯に買って、宿へと戻った。
奈落の底では巨人と悪魔が戦っていると聞いたけれど、地上にいたのかもしれない。しかも当時は天使もいたのか。
「どうだった?」
新人をマッサージした後のアラクネさんに声をかけられた。
「ああ、持ち主に返せたよ」
「報酬は?」
「伝説の御伽話と浮遊魔法を見せてもらった」
「なぁんだ……」
「アラクネさん。俺、この世界のことを知りたいから時間がある時に、ひも仕事をやってもいい?」
「なに、それ? 『ひも仕事』?」
「光の紐を辿る仕事さ。『もの探し』で縁を辿った方が、この世界の歴史や風土を一方方向だけでなく見れる気がするんだ」
「うん。まぁ、いいよ。面白そうだし。でも時間がある時にね」
「うん」
俺の副業が決まった。ひも辿り、だ。




