200話「隠し砦の補給物資」
脇道を上っていくと、山には薬草畑や野菜畑がそこかしこにあり、害獣駆除用の罠がいくつも仕掛けられていた。
「ここまで管理されているということは大きめの集落があるな」
「別のルートから探してみるか。出会った瞬間に捕まるかもしれない」
「アラクネさん、行けそう?」
「私は大丈夫だけど、僧侶たちはどう?」
「大丈夫ですよ。姿くらましの幻術くらいなら全員にかけますから。ただ、あまり大きな音は出さないようにお願いします」
セシリアは幻術の腕を上げていた。
俺たちはセシリアに『姿くらまし』の幻術をかけてもらい、道なき草むらをかき分けて進んだ。アラクネさんが樹上から集落を探ってくれているので、そのうち見つけるだろう。
「大丈夫ですか?」
薬師のスシャがセシリアに聞いていた。
「気になるなら透明化のポーションを作って」
「あれは吸血鬼を殺さないと手に入らない素材が必要なんですよ。言い伝えですけどね」
「それなら、なんとでも言える。竜の糞は植物の成長剤になるとか、地下帝国には暗闇に順応したエルフがいるとか」
タバサは信じていないらしい。
「エルフの中でも考え方はそれぞれなんだな」
「だから、解呪が難しいんです。思考のルートが違うと途端に呪いが強くなったり、意味がなくなったりするので」
バネッサのいた環境は解呪に向いていなかったようだ。
「あ、あった」
樹上からアラクネさんの声がした。俺も同じように木に登って集落を見てみると、石造りのきれいな砦があった。砦の周囲に建物がいくつもあり、エルフたちが大勢働いている。
使役しているのかワイルドベアという熊の魔物が荷運びしている姿もあった。
「魔物もいるんじゃないか?」
「獣人奴隷ではなさそうね。もうすぐ日が落ちるから見えにくいわ」
「音を聞く限り、相当な数のエルフが中にいるぞ」
ロサリオが耳に手を当てて聞いていた。
日が落ちるのに合わせて、農作業をしていたエルフと魔物たちは砦の中に入り、大きな門は閉じてしまった。
「急いで中に入った方がよかったかしら?」
「いや、隠し砦の中で何が行われているかよりも、何を補給しているのか、かもしれないよ」
「どういうこと?」
「脇道は隠されていたし、この砦も隠れているわけでしょ? 商品を作って売るというよりも素材を畑で作って補給しているってことだ」
「商売はせず補給だけしているってことは、あの砦の中に『奈落の遺跡』があるってことか?」
「そうなんじゃないかな」
「でも、遺跡で見つけた宝はどうなる? そのまま遺跡の中で使っているということか?」
ロサリオは炎が付与された槍を掲げた。
「そう。もしくは俺みたいに召喚術で送ったり、転移魔法があったりするのかもしれないけどね」
「それって、コタローがやろうとしていることをすでにやっている人たちがいるってことよね?」
「その通り。周辺の畑には『奈落の遺跡』探索に、これから必要となる物資がたくさんあるってことだ」
「あの薬草畑の薬草で作れるポーションも必要ってことですか?」
「スシャは作れる?」
「もちろん、そんなに難しいポーションではないですから」
「農作業を魔物にも手伝わせていたよね?」
「そう。山の中で大きな畑というわけでもないのに、魔物を使っていたっていうことは別の目的があるのかな?」
「遺跡探索のお供とか?」
「それか、繁殖させてポーションで耐性つけたり成長させて、遺跡内に放っているのかもしれない」
「ああ、そうか。スシャが作った冷却ポーションが、ここで役に立ってくるわけか」
「レベルさえ上げれば、身体自体も変えられるだろ?」
「なるほどね。自分たちで探索せずに、従属魔法で魔物に探索させているということか」
「そんな……、そもそもそんなことができるの!?」
「群島にいた壺の魔物はやっていたね。畑で作業をしていたのは、従属魔法の練習かもしれない」
「確かに、それなら納得だ」
「バネッサ。魔法の解除もできる?」
「え? ああ、精神系の魔法なら出来ますよ」
「バネッサは海森商会の天敵なのかもしれないな」
「だから、辺境に……?」
教会と海森商会が繋がっていることを考えれば、あり得ない話でもない。
「魔物の国では封鎖されている『奈落の遺跡』が人間の国では隠れて運営されているってことよね?」
「そうだね。ただ、俺たちが支社を作ろうとしているところはできなかった……。どうしてなのかな?」
「掘りつくしたか、それとも経済的にうまみのある物資がなかったか」
「町に近すぎて、隠しきれないからかもしれないよ」
タバサの読みが正しいのかもしれない。
「コタロー。もしかして俺たちが戦うべきは、リヴァイアサンレースをしている西のエルフたちじゃないんじゃないか?」
「ロサリオもそう思うか。俺も今そう思っていたところだ。バネッサ、悪いんだけど、周辺に響くように解呪ってできる?」
「広範囲にってことですか? まぁ、音が聞こえる範囲なら出来ますよ」
「頼むわ」
バネッサが手を打ち、周辺に解呪を行ったところ、鳥や小型の魔物が草むらや空へと飛んでいった。すでに日は暮れている。
「使役された使い魔ってこと? 多くない?」
「ここら辺一帯は、管理されているから、自然と使役スキルを使うエルフも多いんだろ」
「私たちの話を聞かれていたってことですか?」
「聞かれたところで、向こうに打つ手はないさ。こちらは物資に目星がついただけ。アラクネさん、悪いんだけど、一旦倉庫建設予定地まで戻ろう。戦略的撤退だ」
「戦略を変えるのね?」
「うん、変える。見るべきはリヴァイアサンレースみたいな興行じゃない。海森商会の本業の方だ」
「コタロー、海竜を育てるのに、魔物の国のミミック島で召喚術を使っていたことを忘れるなよ」
「ああ、そうだな。どちらにせよ相手は100年以上続く商会だ。行き当たりばったりで喧嘩を売っても得しないよ」
「それはそうね」
俺たちは、販路を広げることよりも自分たちの補給基地を固めることに決めた。