20話「特訓? 訓練? 修行?」
「俺がどうにかできるなら、どうにかするけど……」
「んん、え? 他に無理じゃない?」
エキドナに案を聞くと、一つずつ可能性を潰していった。
「金銭的に冒険者を雇って討伐するのは無理でしょ。で、アラクネはポイズンスパイダーに対処したら同胞殺しの汚名を被ることになる」
「私はそれでもかまわないけれど」
「そう言ってるけど、実家が同じ種族たちから疎まれると考えるとやめておいた方がいい。そもそもコタローが対処するしかない。冒険者を集めるのか、それともコタロー自ら技術を手に入れるしかない。魔物の冒険者を集められても高が知れてる。わざわざリッチに立ち向かう魔物はいないし、人間だったら違うのかしら?」
「いや、アンデッドの親玉みたいな奴と戦うなら、人間の冒険者を仲間にするなんて途方もない時間がかかりそうだ」
そんなことをやっていないで別の倉庫を借りた方がいい。
「だったら、簡単だよ。コタローが技術や能力を手に入れればいいんだ。幸い、うちの温泉にはケガをしてはいるけど凄腕と呼ばれる人間や魔物の冒険者がたくさん入ってくれている。声をかければ、教官として訓練してくれるんじゃないかな」
「俺にそんなことできるの?」
「コタローの成長力に、廃坑道の環境が嵌れば……」
アラクネさんも考え始めてしまった。
「廃坑道内だけでなら強くなれるかもしれないよ。どうせ倉庫内の管理をしないといけないんでしょ?」
「確かに、そうなんだけど……」
「大丈夫、サポートはするよ」
「私も、安く教官を揃える」
「じゃ、後は俺のやる気次第じゃ……」
即決だった。
「やるよ。えぇ、でも俺、前の世界でもフィジカルは得意じゃなかったんだけど」
まるで自信はない。
「大丈夫よ。ブラックハウンドは倒せたじゃない?」
「それは装備を整えたからであって……」
「装備を整えればいいのよ」
その日の午後には、冒険者ギルドの訓練場にいた。
エキドナが連れてきたのは、全国のダンジョンや遺跡を探索しまくったという人の冒険者ロベルトさんと、青鬼族と呼ばれる魔物の中でも魔王直属の諜報員を務めていた種族のセイキさんが教えに来てくれた。
「あなた方が倉庫の奥に行けばいいのでは?」
「ワシは膝が悪くなってしもうてダメだ」
「俺も目が悪くなってしまって、暗闇じゃ役に立たない」
そう言っているが、二人とも見た目は老人なのに足音が一切しない。おかしい。
「状況は聞いた。別に時間制限があるわけじゃなかろう?」
「はい」
「それなら、一体ずつ数を減らしていけばよかろう」
「罠がある方は、どちらにせよバレる。罠抜けを使って、相手を罠に嵌めよう。なぁに、失敗しても、全員、復活するくらいだ。自分の倉庫なら何度でも失敗出来るさ」
二人とも戦い方を教えるつもりはないらしく、使えるものは何でも使えと言う。ただし、すり足や罠抜けなどは基本らしく、何時間も立っているだけの訓練というのがあった。
とにかく楽に立ち、楽に歩くことを考えろと、二人とも同じことを言っていた。無理して筋肉を付けると動きにくくなるらしく、その意見は人間も魔物も共通のものだった。
「ポイズンスパイダーと対象がわかっているなら対処法はそれほど難しくない。要は奴らの使う麻痺毒を食らっても倒れなければいいのだろう?」
その日から、弱い毒を飲んでから食事をすることになった。
「毒が効かなければ、ただの大きな蜘蛛だ。糸は燃やしてしまえばいい。後ろに回れば柔らかい腹部だ。ハンマーでも斧でもなんでもいい。致命傷を与えて帰ってこい。大事なことは死なないことだ」
ロベルトさんはナイフで襲われてもほとんど無傷だと実践で見せてくれた。
実際、訓練を見ていたラミアが剣で襲い掛かっても傷一つ付けることができなかった。
「本物のシーフというのは防御力を上げてるんじゃなくて回避率を上げてるんだ。だから広域魔法なんか使う魔物は苦手でね。魔法を放たれる喉を潰して、手首を斬り落とすんだ」
ナイフはなくても、串さえあれば、骨の間に刺して骨を外すのだという。
「武器の特性を考えて使うといい。刃がついている武器は血管を斬るための道具だ。斧は重さで切断する道具。もっと自分に合った道具を探す方がいいぞ」
ここではロベルトさんとセイキさんの意見は違う。
「いや、条件が違うのさ。骸骨に血管はないからな。あいつらに合った戦い方というのがある。呪いさえ解ければ、骸骨はただの骨になる。まぁ、カルシウムだな。逆に考えれば、カルシウムさえ溶かせれば、石化して動けなくなる。そうだろ?」
「そうですけど……」
「スライムでもラフレシアでも、何でもいい。とにかく溶解液を熱して酸性を強くしてぶっかければ、関節が溶けてどれだけ操られていようと動く体にはならない」
戦いというには元も子もないようなことを言う。
「問題はリッチの魔法防御さ。あいつの魔法を破れなければ、溶解液すら当たらないからどうしようもない。人間の冒険者ならどうする?」
セイキさんがロベルトさんに尋ねていた。
「砂漠の吸魔草を使うさ。物理攻撃を防ぐってことは魔法を物理で殴れるってことだからな」
「正攻法で行けばそうなるよな」
ただし砂漠から距離があり、輸送にも金が要る。
「もしくは魔力を使わせまくって枯渇させるか」
「まぁ、どうするかは少し自分で考えてみろ」
「とにかくすり足と罠抜けを徹底的にやるしかない」
「そのうち、解決法は見つかるさ」
俺は、どうやってリッチの魔力を枯渇させるか考えながら、シーフとしての基礎訓練をひたすら続けた。何度も繰り返し音がしなくなるまで歩き続け、訓練場を飛び出して森に仕掛けられた罠を解除する毎日。不器用な俺はコツを掴むのに、4週かかった。
「まぁ、上出来なんじゃないか」
「後は実践を繰り返すだけだ」
教官たちは暇なのか、毎日温泉に入ってから、訓練に付き合ってくれた。意味があるのかないのかわからない歩行術の訓練までした。訓練をしないと1日が終わらないから、メンタルも相当鍛えられた実感がある。
「ひたむきに頑張るのもいいけど、相手は人の道理が通じないポイズンスパイダーに、性格のねじくれ曲がったアンデッドだろ?」
「想定外のことをしてくるなら、失敗を繰り返してパターンを読み取った方が早い」
訓練を始めて4週後、俺はようやく教官たちから倉庫の奥に足を踏み入れる許可を得た。
ここまで来るのに、アラクネさんには食事面でも睡眠でも随分付き合わせてしまった。
「人間って、4週あれば変わるのね」
「そんなに変わった?」
「うん。なんか隙がない気がする」
「今だに戦い方はわからないんだけど……」
結局、俺の武器と言えるものは普通の釘を打つ金槌だ。ポイズンスパイダーにも骸骨にも対応できるのは刃物ではなく、衝撃で潰すタイプの武器だった。罠抜けでも使えるし、とても重宝している。
「リッチ対策はしたの?」
「ゴーレム族に相談したからね」
あれから、何度かゴーレム族のキャラバンがやってきて、魔石ランプを売っている。シーフの訓練をする俺を面白がって、よく遊びに来てくれた。ボディランゲージも徐々にわかるようになってコミュニケーションもスムーズだった。
どうすれば魔力を使い果たせるかを一緒に考えているうちに、自然と思いついた。俺がアラクネさんと一緒に暮らしているから、思いついたとも言える。
「アラクネさんの糸で作ったこの紐でどうにかするよ」
糸玉ならぬ紐玉を見せて言った。
すべての準備をして、いざ明日、倉庫の奥へ向かおうとしていた日の夜、ドアをノックする音が聞こえた。
「エキドナなら入ってきていいよ」
アラクネさんがそう言ったが、ノックの主は入ってこない。
「鍵なら開いてるって……」
ドアを開けると、目の前には町の衛兵が立っていた。
「アラクネ商会だな?」
「そうです」
「吸血鬼の軍団を町に呼び込んだのは貴様らか?」
「いえ」
「しかし、持ち込んだのは『アラクネ商会』だと言っているぞ。ちょっと詰所まで来てもらおうか」
なにがどうしてそうなったのか俺たちは町へ連行されることになった。
 




