199話「豊かな森の薬草」
翌日、ポーションショップの店主が出勤してくる時間を狙っていってみると、ちょうどよく鉢合わせた。
「おはようございます」
「ああっ! おはようございます。昨日はどうも」
「また冷却毒のポーションを売ってもらいたくて」
「わざわざ待っていてくれたんですか?」
「それと海森商会について知っていることを教えてもらえると助かります」
「それは……!」
ポーションショップの店主は明らかに動揺していた。
「リヴァイアサンとは別部署に送っていたとか? 予測でいいので、どこに送っていたのか知りませんか?」
「わかりません。ただ、樽で買ってくれるので、大量に作りはしましたが……」
「素材はこの辺で採れるもので作ったんですか?」
「ええ。吉草根や紫苑、それから芥子、毒矯み、ここら辺は薬草が多いですから。他では見ない高山由来の薬草も多く、冷却効果が高いものを混ぜて作っています」
「やけに素直に喋るね」
人化の魔法を使っているロサリオが尋ねた。
「海森商会と関わると、どこでも商売がやりづらくなる。だから出来れば関わりたくはなかったんですけど、彼らがいないと生活は成り立たなくて……」
「冒険者はポーションを買わないんですか?」
「立地でしょうか。なかなか来てくれませんね」
「もし、誰かに遺跡について聞かれたら、広場の占い師に教える手筈になっていたんですか?」
「そ、そうです! 申し訳ありません! あいつらに襲われましたか?」
「いや、襲っておきました」
「は……!? 逆に?」
「ええ。『鉱山酒場』という海森商会の支部のような場所で、ちょっと……」
「人は見かけによらないとはよく言いますが……」
同じエルフのバネッサとタバサは笑いながら「若いな」と言っていた。
「もっと外に出て知識を使うといい。経験の知恵は本で読む知識よりも広い時がある」
タバサはポーションショップの店長にアドバイスを送っていた。
「そうですか……。あ! 冷却毒のポーションでしたね。ちょっとお待ちください」
ポーションショップの店主は急いで店を開けてくれた。
「お代は要りません。もし、隣町の倉庫が開業したら、雇ってもらえませんか? たぶん、このまま、ここで店をやっていても海森商会に責任を取らされるような気がして」
「だったら、今からうちに入りますか? どちらにせよレベルは上げないといけませんし」
「え!? 今から? レベル? 急ですね……」
「いや、無理にとは言いません。薬草採取の依頼を請けてから、西へ向けて発つので、午後までに決めておいてください。これ、支度金として受け取っておいてください。では」
俺はポーションショップの店主に財布袋に入っていた金の半分を渡し、冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドは朝でもそれなりに混んでいて、掲示板にも依頼書が隙間なく貼られている。俺達は薬草採取の依頼書を見た。
「こんなにあるのか? 手分けしてやろうか」
「ポーションショップの彼を待つ口実だろ? まじめにやる必要が……。ああ、そうか。海森商会と同じように作らせるつもりか」
ロサリオは相変わらず勘がいい。
「海森商会の奈落支部に卸していたということは彼のポーションは『奈落の遺跡』で通用するということだ。海森商会から離れたいなら、冷却毒に対抗できるポーションを作ってもらえたら、後で楽できるんじゃないかと思って」
「コタローは先読みし過ぎよ。そんな上手くいくとは限らないわ」
「確かに、浮かれ過ぎか。いや、彼が来てくれると、エルフの領地への進出がものすごく楽になるからさ。薬屋を一人、スカウトしたかったんだ」
ガマの幻覚剤を販売するにも、効果がわからない者が売るよりも、ちゃんと効果効能を説明できる者の方が、客も安心する。
俺たちは、できるだけ珍しい薬草の依頼を請けた。僧侶たちは、普通の薬草以外はあまり見たことがないらしく、探し方もわからないという。
「匂いだよ。嗅覚のスキルを取っておくと、結構簡単に見つかる時がある」
「意外と魔力を含んだ植物も多いから、魔力探知のスキルを持っておくと、珍しい植物の群生地を見つけることができるよ。あとは、魔物の足跡を見つけておくと、棘がある植物なんかは、その通り道に生えていることがあるね」
俺もロサリオも散々採取依頼はやっているので、それなりに得意だ。朝から周辺の森に入って探索を開始。水辺も多く湿地帯もあるので、植物は各所で群生していた。
「なるべく取りつくさないように。少し残しておくと、また採取できるから」
「了解です」
麻痺草から睡眠薬になる花、薬草、解熱効果のある草花、下剤になる草、幻惑草などの他、火付けに使う草、患部に貼っておくと打ち身に効く草まで何でもあった。
「いやぁ、豊かな森だな。魔法系の草花もあるみたいだけど、魔力回復系の依頼しかなかったぞ。どうする?」
「全部採っておこう。あとであのポーション屋に仕分けしてもらえばいい」
「よくそんなに薬草の知識がありますね」
セシリアに驚かれた。
「ああ、旅の間のトラブルはつきものだからさ。いつの間にか知識がついてくるんだよ」
「味覚のスキルって、口に入れて鑑定するようなものが多いから、結構失敗するんだよな。顔の下半分がパンパンに腫れることもあるから気をつけてね。男同士で森の中を進むならいいけど、女性は止めておいた方がいい」
中央の学生時代の苦い思い出は本当に苦い草を食べていた。
日が傾き始めた頃に町へと戻り、依頼に書かれていた分だけ買い取ってもらい、後は保存しておく。辺境に送ってもいいが、とりあえずポーションショップの店主を、街外れで待つことにした。
「本当に来るんですかね?」
「来なければ、別のエルフを探そう」
「あ、来ましたよ」
セシリアが指した方を見ると、大きなリュックを背負った。ポーションショップの店主がいた。
「店を閉めてきました。薬師のスシャと申します。よろしくお願いします」
「よろしく。アラクネ商会社長のコタローだ」
「役職はないけど、ロサリオだ。こう見えて、サテュロスでね」
「副社長のアラクネよ。今は魔法で人の姿をしているけれど、アラクネなの。よろしくね」
「辺境の見習い僧侶、セシリアです」
「同じく、バネッサです」
「私は、最近入社したタバサだ。この会社のレベル上げはちょっとおかしいから、心した方がいいぞ」
「わかりました」
新人が加入してすぐに西へと旅立つ。
街道を北西へ向けて歩いていると、すぐに日が落ちて暗くなった。
「野営はしますか?」
「いや、大丈夫だろう。山賊はだいたい対処できるし、人通りが少ない今のうちに先へ進んだ方がいい」
「脇道は無視でいいんですね?」
セシリアが聞いてきた。
「脇道なんてあった?」
「ええ。あ、やっぱり、幻術のまじないがかかっていたので見えていませんでしたか?」
幻術を使うセシリアしか気づかなかっただろう。町を出てすぐに、隠れた道があるなんて思わなかったが、魔物が冷却ポーションを運ぶなら街道をわざわざ使わないだろう。
「バネッサ、解呪できる?」
「もちろん」
パンッ!
バネッサが手を叩くと、見えていた景色の中に唐突に道が現れた。
見えてはいたのに意識ができないということがあるが、その脇道はまさにそれだった。