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アラクネさん家のヒモ男  作者: 花黒子
変わりゆく辺境

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198/226

198話「海森商会の手広い事業」

 俺たちが追っている占い師と冒険者はギルドを出てそれぞれ別の方向から町の外で落ち合っていた。一応、尾行にも注意しているらしいが、俺もロサリオも足音と匂いを覚えてしまったので、どれだけ町の中で遠くにいてもだいたいどの辺りにいるかくらいの見当はつく。


「頭の中に地図を思い浮かべて、そこに印が付いている感じかな。走ったりすれば目立つから、緊張感が周囲に漂うんだよね」

「そこまで考えている魔物はいないわよ」

 アラクネさんは呆れていた。


「でも、たぶん魔王はできたんだと思うよ。じゃないと、あの中央にある石像の大きさでは収まらないはずだから」

 ロサリオもレベル上げで肉体を底上げしているが、なるべく五感を研ぎ澄ませるスキルを取得している。


「中央にそんな魔物はもういないでしょ?」

「軍でもリオだけじゃないか。また『奈落の遺跡』を見つけたなんて言ったら、飛んでくるかもしれないぞ」

「旅に出てから連絡を取っていないからな。そもそも軍は人間から侵略された時のために訓練しているのに、今は交流して平和な時代だからな」

「そのうち、リオも諦めて辺境に来ると思うよ」

「ツアーの参加者たちは?」

「リイサたちは伸びるよ。基本的に身体的な能力が高い上に、土台がしっかりしたから、後は伸びていくだけだよな?」

「アーリャもハピーもレベルを上げる方法はわかっただろうから、リオから吸収するだけだと思うね。しばらく町に住む魔物たちのために働いて、そのうち限界は来ると思う。俺がそうだったから」


 自嘲気味にロサリオが言った。軍の中で居場所を見つけられればいいが、今の魔物軍の中で評価できる者がいるかどうか、と心配していた。


 そんな会話をしているうちに、占い師と冒険者は合流して山道を登り始めた。

 すっかりマングローブの森ではなく普通のナラやケヤキ、カエデのような樹木が生えている。

 道は使わず、なるべく足跡が付かないように腐葉土を歩いた。山道の近くにいくつか小屋が建てられている。狩りのためなのか、それとも先に鉱山があるのか、はたまた川が氾濫したときのためなのか、用途はわからない。


 小屋の間を縫うように占い師と冒険者を追っていくと、すぐに灯りの付いた洞窟の中へと入っていった。


「隠れ家は町から近い方がいいのか」

「隠れ家じゃなくて鉱山酒場だろ。一応看板まで出てるぞ」

 洞窟の前には『鉱山酒場』という文字が書かれた看板が外に出ていた。


「一般の者でも入れるのかな?」

「ただの酒場の可能性はない?」

「それが一番楽ではあるね」

「悪い予感は十中八九当たりだろ?」

「そうだな。さてと、俺が囮になるか、3人で行く?」

「「3人」」

「罠だけ仕掛けとくから、ちょっと待ってね」

「了解」


 入口付近に足を引っかける罠と大岩の罠を仕掛けておく。転ばすか、閉じ込めるかしておけば、誰かが助けに来るんじゃないかという算段だ。


「コタローの『罠設置』スキルって、ちょっと異常だよね?」

「魔物の国でいろいろ見てきているから。あと、力は随分ついたからさ」

「これ以上思った通りにやらせておくと、ダンジョンを作りかねないぞ」

「ああ、それいいな」

「ほら……」

 俺たちは駄弁りながら、『鉱山酒場』へと侵入した。


 中には階段があり、下へと向かっていた。下りていくと、元鉱山を普通の酒場に改造したような造りになっていて、占い師と冒険者が酒場のマスターに話しかけていた。


「隣町の遺跡が解禁になった」

「嘘だろ? あそこは随分前に封鎖されただろ? アルラウネのマザーが出たって言ってなかったか? あんなところが開いたら魔物が出てきちまうよ」

「いや、封鎖はされているはずだ。あそこが開いたなら、わざわざ西部まで行く必要もなくなる。奈落との交易も楽になるぞ」

「とにかく奈落の連中に連絡を取ってくれよ」


 やはり『奈落の遺跡』で遠隔従属スキルを使っていた者の仲間だったか。

 俺は隣にいる二人を見ると、すでに人化の魔法は解いていた。アラクネさんは壁伝いに天井へ。ロサリオは屈伸していつでも飛び出せるようにしている。

 準備は万端だ。


「どうやって連絡を取るのか、俺たちにも教えてくれないか?」


 俺が酒場のマスターに話しかけた。


「なんだ!? てめぇら!」

「隣町の遺跡を開けた辺境の商会の者だ。冷却ポーションを使って魔物を育てていないか? 辺境の『奈落の遺跡』で俺たちの縄張りに侵入してきた奴らがいたんだけど、知らないか?」

「お前らに答える筋合いはない!」


 占い師と冒険者がナイフと杖を引き抜いた瞬間、天井へ向かって引き上げられていた。

 酒場のマスターが驚いている瞬間に、ロサリオが一足飛びで距離を詰めた。


「苦しんで答えるか、素直に答えるかの二択になった。だいたい他人の縄張りを荒らしていたのはそちらだ。注意深く答えてくれ。使役されてない、野生でもない魔物の相手をしたことはあるか?」

「ない」

「よかったな。彼らは強さにシビアだよ」


 ロサリオが、カウンターの下から護身用のナイフを取り出してマスターに突き付けた。

 天井から吊り下げられた占い師と冒険者は最初暴れていたものの天井を見上げた先にいたアラクネさんを見て動くのを止めていた。


「一つの質問に指が一本助かると思ってくれるか? 足りなくなったら腕と足も貰う」

「言う! 全部言う! 知ってることは全部言うから命だけは助けてくれ!」


 酒場のマスターはあっさり白状した。

 彼らは海森商会の裏方だそうだ。


「海森商会は『奈落の遺跡』にも入り込んでいるのか?」

「当り前だ。勇者誕生以前から『奈落の遺跡』発掘・探索事業はある。魔王が奈落の底まで行って帰ってきたと噂があるが本当か?」

「本当だ。嘘だったら国が成り立たなくなる」

 ロサリオが答えていた。


「もしかして西側でリヴァイアサンレースをしているのは、海竜を『奈落の遺跡』で使ってるからか?」

「あ? リヴァイアサンは地上の商売だろ? 奈落の連中は興味がないはずだ。使役スキルを上げるためじゃないか。あまり西側のことは知らん。というか、こんな僻地じゃ教えてもらえない」

 海森商会にも部署があるらしい。


「魔物を育てるために冷却ポーションを使ったか?」

「わからん。とにかく量が欲しいというので、ポーション屋に言って作らせただけだ」

「どうやって連絡を取る?」

「……どうやってと言われても」

「連絡は取れるんだろ?」

「魔物がやってくるんだ。アルラウネの時もあれば、ドルイドの時もある。とにかく魔物をここに寄こす。こちらから連絡するときは、筒に連絡事項を書いた紙を入れて穴に落とすだけだ。二、三日すると魔物がやってきて、物資を運んでいく。魔物についていった奴は消えちまう。餌になってるんだろ?」

「つまり必要物資を『奈落の遺跡』に供給しているってことだな?」

「そうだ。俺たちは海森商会の探索部の物資担当だ。レベルもスキルも足りてないから、地上でしか仕事はない。金払いはいいから、楽だけどな」

「なるほど、わかった」


 末端に聞いても、大したことはわからないと思ったが、だいたいわかった。

 海森商会もアラクネ商会と似たようなことを、数百年前からやっていたということだろう。『奈落の遺跡』で出てくる魔物の素材は質がいいから、商人であれば狙うのは当たり前だ。


「最後にもう一個だけ。西側にも『奈落の遺跡』の入り口が開いているのか?」

「ああ、開いている。ここ数十年くらいの間に、わけのわからないスキルを発見したと聞いている。だからリヴァイアサンなんて竜まで育ててるんだ。お陰でこっちは放っておかれているよ」

「一応、忠告しておく。隣町の遺跡には近づくな」

「わかった」


 俺たちはマスター、占い師、冒険者をアラクネの糸で壁に張り付けにしたまま、表に出た。


「これ、どうやったら剥がれるんだよ!」

「助けを呼べ……」


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