197話「ポーションショップの冷却剤」
お土産を探していたら、裏路地にポーションを売っている薬屋を見つけた。まったく流行っていないが、火傷直しや寒さに強い飲み薬を売っている。
「何かお探しですか?」
若いエルフの薬師が声をかけてきた。
「いや、辺境から来た者なんですが、こんなに多くのポーションを売っている店を見たことがなくて」
「ああ、確かに。ここにはポーションしか売っていないですからね。ゆっくり見て言ってください。一応、値札の下に効果効能が書いてありますから」
親切だが辺境から来たという時点で、田舎者と思ったのかカウンターの脇で薬研を使い、乾燥した葉をすりつぶしていた。
効果の欄に害獣駆除を目的にした毒というポーションもあった。
「毒も売ってるんですね?」
「ええ。農家用と冒険者用とあります。毒草よりもポーションの方が即効性は高いですよ。ダンジョン探索では、うちの毒ポーションが役に立つとか。僕はダンジョンに入ったことがないので本当に効果があるところは見たことないのですが……」
「薬学スキルは学校に行ったり、師匠に教えてもらったりしたんですか?」
「いや、実家が古い薬屋で……、勇者にも売ったことがあるとか親父が言ってました。信憑性は薄いんですけどね」
そう言って、薬師は笑っていた。あまり人を信じていないのかな。
「エルフの寿命は長いので、案外本当かもしれませんよ」
「勇者もいろいろいますからね」
「この店は代々受け継いできたんですか?」
「いや、親父は俺が小さい頃に亡くなって、親戚に乗っ取られてしまいました。だから、逸話とか昔話しか親父からは受け継げなくて、結局薬学は独学ですよ」
「冒険者にはならなかったんですか」
「僕は講習会で脱落した口です。よく皆、あんな重い物を振り回せるなぁ、と思います」
ようやく薬研から目を離し、俺を見た。
「失礼。いろいろ込み入ったことを聞き過ぎましたか?」
「いや、冒険者なんですか?」
「一応、そうですけど、本業は辺境で倉庫業をやっている者です。隣町にも支店を持つことになりました。もし、薬草や毒草の保管に困ったら必要であればアラクネ商会を尋ねて来てください」
名刺を作った方がいいだろうか。
「へぇ、手広くやってるんですね。羨ましい。隣町と言えば、遺跡がありますよね?」
「ええ。そこで開業する予定ですよ」
「ああ! それなら場所がわかる。覚えておきますよ。アラクネ商会」
「ありがとうございます。あ、これ買います」
俺は冷却毒という害獣を冷やして動きを鈍くするポーションを買った。
「まいどあり」
薬屋ことポーションショップを出て、路地裏を散策するふりをしながら、一応、店主の動向に聞き耳を立てた。冷却ポーションによる氷魔法に耐性のある魔物を育てることができるかもしれない。辺境でも隣町の『奈落の遺跡』でも、氷系の魔物に遭遇している。遠隔操作による従属魔法を使うような奴らだ。
それに開発されもせず、アルラウネだらけで価値のない土地だったはずなのに、店主はどうして場所を知っているのか。可能性だけでも潰しておきたかった。
悪い予感ほど当たるもので、店主はすぐに店を閉めて、中から書き物をする音が聞こえてきた。
ほどなく店主はポーションショップから出てきて、裏路地を抜けて広場へと向かった。
広場の隅で、お守りや占いをやっているローブを着た占い師に何か挨拶をして、お守りを買っていた。金を渡すときに、メモ書きのような物を渡していたようだ。ポーションショップの店主はそのまま店へと帰っていく。
俺のミッションは、店主の尾行からメモ書きがどこへ辿り着くのかに切り替わる。
ローブを着た占い師はそそくさと店じまいをして、冒険者ギルドへと向かった。
「あれ? 帰ってきたのか?」
ロサリオたちが宿の方からやってきた。
「お、タバサへの説明終わった?」
「だいたいな……」
ロサリオは、俺が魔物の国の中央でやらかしたことを話していた。
タバサだけでなく、セシリアやバネッサも俺を見る目が変わった気がする。
「ロサリオ、ちょっと追跡を手伝ってくれ。セシリアは戦闘用の補助道具をタバサの分まで買ってきてもらっていい? 使わないかもしれないから、保存の利くやつをお願い。あとは食料も」
俺は財布袋ごとセシリアに渡しておいた。
「了解です」
セシリアたちは冒険者ギルドから出ていった。
「あんなに渡していいの?」
アラクネさんから注意された。
「大丈夫。財産はツボッカに管理してもらっているよ」
「コタローだけズルくない? 銀行代わりってこと? それも便利よね?」
基本的に持ち歩くお金は、少しだけだ。倉庫業をやっているくらいだから自分の倉庫の保管には自信を持っている。もともとキャッシュをそんなに持ちたくないと思っているので、なるべく値が上がりそうな商品を買っておくようには、ツボッカだけでなく温泉の運営を任せているエキドナにも言ってある。
「そう。金貨だけでも手数料を取ればいいし、要は決済のサービスができれば、信用もされやすい」
「滞りなく仕事をすることで払う側も、支払われる側からも信用を得られるということね」
「そういうこと。お金は信用でしょ?」
「本当にそうね。でも、もしその召喚術を横取りできるスキルがあったらどうする?」
「それは面白いよね。術理を見破って中抜きされたら、そのスキルの方が知りたいな」
俺は視線だけ、占い師を追っていた。ローブの占い師は、中堅の魔法使いらしき冒険者と会話をしながら、メモ書きを渡していた。
ロサリオはすでに同じ方を向いて、耳をぴくぴくと動かしている。五感のスキルを上げているので、他人の会話もよく聞こえる。
「おっ、遺跡って言ってるぞ」
「そうらしいんだ。アラクネさん、ここじゃなくていいから人化の魔法を隠れたところで使ってくれる」
「そういう仕事なの?」
「支店を持っても、誰かが管理しているわけじゃないからね」
「確かに……。周辺の魔物を倒したしね。でも、こんなに早く狙われるの?」
「山賊、野盗、闇取引業者、エルフの中にもいろいろいるさ。アラクネさん、俺たちは部屋に戻って人化の魔法を使おう」
ロサリオがアラクネさんと一緒に部屋へと戻る。
占い師と冒険者は「鉱山酒場」という単語を使っていた。アジトのことだろうか。
「サブ武器だけ準備しておいてくれ」
ロサリオの背中に声をかけた。
「了解」
外は日が暮れ始めていた。