196話「東の町と交易ルート」
東に大きな山脈が見えてきた。山脈の向こう側は獣人の領地だが、山を通した交流はないという。険しい山と巨大な川があり、保護公園と称した未開の地になっているとか。
「保護公園内で闇取引はないのかな?」
「あるよ。私はそこで売られたから」
タバサはあっけらかんと話した。
「すまん。思い出したくない過去だったか?」
「いや。自分の人生を始めた土地だ。いい印象はないけれど、思い出したくもないと思えるほど恨みを持っているわけでもない。山脈からの雪解け水がきれいだから、毒草も薬草もきれいに花を咲かせているはずだ」
「じゃあ、薬屋も多い?」
「多いよ」
「海森商会って知らない?」
タバサは途端に嫌な顔をした。
「あんな商会とは関わらない方がいいぞ」
「西にある商会と聞いたんだけど?」
「ああ、大きな商会だけどいい噂は聞かない。教会ともグズグズの関係で、ケガ人を治療するととんでもない治療費と薬代を請求するってさ。薬の研究はエルフの中でも結構進んでいる方だ。リヴァイアサンって竜を使役してよからぬ実験をしているらしい。今から行く町では名前は出さない方がいいかもしれない。ものすごく嫌われているから」
ガマの幻覚剤を売る薬屋を探してみるか。同じ敵を持つ者同士、合う話もあるだろう。
北東の町は、毎年夏を過ぎた頃に大きな川の氾濫によって肥沃な土が流れてきて、冬野菜や春野菜、ドライフルーツが名産になっていた。さらには教育にも力を入れているようで、魔法や剣術指南などの塾や道場まであった。
闘技会も定期的に開かれているのだそうだ。獣人の奴隷たちが出るのはこの闘技会だろうか。
アラクネさんは大きなスカートに足を出しているので、結構目立つ。ロサリオも帽子を脱いで角を出していた。
俺は大きな声を張り上げて、町を練り歩く。
「辺境は、人間と魔物の町からやってまいりました! アラクネ商会と申します! 魔物由来の薬や毒も取り扱っておりますので、どうぞお見知りおきを!」
その足で、広場や商店街、商人ギルドまで回り、この町での商売の許可証を申請した。
「魔物の国との間にある辺境とは、ずいぶん遠くからやってきたね」
「ええ、長旅でしたが、僧侶様たちの力もあって安全な旅でしたよ」
「そりゃそうだ。魔物とわかって襲い掛かる者は冒険者でも上位の者たちだろう。しかも服を着て人間も側にいるなら、それなりの準備が必要だ」
「辺境からだって!? 人間と魔物の町ができたことはエルフたちにも伝わっている。まさか商会を作るとは思わなかったが、こちらにはどうして?」
エルフの職員たちが集まってきてしまった。情報に飢えているのだろう。
「辺境の薬屋が海森商会というエルフの商会に騙されましてね。商品は受け取ったのに代金を支払ってもらえてないんです」
「あんなところに卸しちゃいけないよ!」
「商品はなんだったんだい?」
「ガマの幻覚剤です。幻覚剤と言っていますが、副作用はなく、魔物たちが自分たち用に作っているので中毒にもならない。気分転換にはもってこいの薬なんですけどね」
「確かに、長寿のエルフには、売れそうな薬だね。安らぎを求めるエルフは多い。商品は持ってきたのかい?」
「いえ。でも、すぐに取り寄せられますよ」
「辺境だと、輸送に一週間ぐらいか。ゆっくり滞在して、いろいろ見て回るといい。薬屋にも広めておくよ」
「ありがとうございます」
許可証を受け取り、長期滞在用の宿の割引券までくれた。商人ギルドとしてのシステムがよくできている。
せっかくなので宿を取り、辺境からスライムでガマの幻覚剤の樽を送ってもらった。
「空き瓶だけ買ってこよう」
「売るの?」
「販売ルートを作るのもこの旅の目的だよ」
空き瓶を買い、ガマの幻覚剤を入れて薬屋を回った。
「アラクネ商会!?」
「なるほど、自分たちも使えるってことは、中毒性はないわけだ」
「悪くないね」
薬屋たちの反応はいい。薬箱を背負った行商人にも声をかけた。
「薄めて使っても効果はあるので」
「わかった。ちょっと店頭に出してみるよ。買うときは商人ギルドを通せばいいのかい?」
「そうです。一応、隣町に倉庫を立てている最中でして」
「ああ、なるほど、そこから買えばいいんだな」
「そうです」
「覚えておくよ」
「ありがとうございます」
自分たちでもある程度、広場の隅を借りて売ってみると、初めは遠目から見ていたエルフたちもロサリオが音楽を奏で、辺境の様子を話しているうちに、徐々に近づいて来てくれてガマの幻覚剤は空になった。
「魔物にも効果がありますから、一度濃度を薄めて使ってみてください」
「意外と魔物も受け入れてくれるのね?」
「ああ、それはアラクネさんもロサリオも品がいいからじゃないか。かなり観察されたよね? あと、僧侶たちがいてくれたから」
「旅の間は、アラクネ商会さんに協力しますよ」
「エルフのバネッサがいてくれたからよかった」
「それを言ったら、タバサもいますよ」
「私はずっと混乱していただけだ。レベルが高いのに、商売もちゃんとしているのか?」
「こっちが本業だよ。冒険者は副業さ」
「とんでもないところに雇われたようだ。それで、そろそろどうやって樽を運んだのか聞いてもいいか?」
タバサはまだ召喚術による流通革命については知らなかった。そもそもどうやって教えればいいのかもわからない。
「よし、とりあえず宿の食堂で夕食を食べよう」
夕食を食べつつ、説明したがよくわかっていないようだった。僧侶たちも実はそれほど理解していないという。
部屋に戻り、空になった樽を見せながら、スライムを召喚。部屋を掃除してもらった。
「スライムってかなり便利で、掃除もできるけど、毒や薬の容器にもなる。スライムに吸収される前の商品も召喚できてしまうだろ? つまり流通が一瞬だ。行商人も荷馬車も、すべてスライムを召喚し続ければ要らなくなってしまうんだ」
「待ってくれ。頭が追い付いていない。それって、つまり商売の形を変えてしまうんじゃないか?」
「その通り!」
「いや……、え?」
タバサは頭が悪いわけではない。理解したうえで、アラクネさんとロサリオを交互に見ていた。
「大丈夫。俺たちも頭がおかしいと思ってる」
「こんなことを考えるのは、コタローだけだから。魔物にもこんなことを考える者はいないわ」
「魔物の国にも中央という大きな町があるんだけど、そこでコタローが考えた商売を教えようか……」
ロサリオが学生時代の話を始めたので、俺は夜の町に繰り出し、市場調査を始めた。酒はどこでも売れるし、腐らない。エルフの領地のお土産は何がいいだろうか。